19 悪役令嬢、ルイーザ・プリムローズ
悪役令嬢とは。
財力、権力に群がる取り巻きたちを活用して時には犯罪行為にも手を染めるため、最終的には断罪され追放されたり斬首されたり、と何気なく悲惨な目に遭うキャラクター。
近頃はそんな悪役令嬢が主役となる作品が台頭し、人気を博した。「悪役令嬢」の名を聞かない日はないほどに、アニメ、ライトノベル、ゲームなど、あらゆるコンテンツビジネス業界を席巻している。
悪役令嬢の視点では、正義と悪が裏返る。
正規ヒロインが、悪役令嬢を卑劣な罠に陥れて婚約者を奪い、心の中で高笑いしながら断罪を求める。
巧妙に仕組まれた罠と裏切りからどう立ち直るか、それをどう回避するのかが世に五万といる悪役令嬢たちの腕の見せ所。そしてその悪役令嬢が在住する世界というのが「乙女ゲーム」であることがしばしばなのだが――。
「――乙女ゲームには、悪役令嬢はいないのよね」
「は? 乙女、何……?」
「ごめん。いないは言いすぎた。でもうちのメーカー『スカーレット・ブルーム』の作品ではほとんど出てこない。初期の乙女ゲームでライバルキャラ、的な立ち位置で登場したことはあるけどギロチン、絞首刑、国外追放なんて目には遭わないし、なんなら
そもそもこのヨーロッパ風世界観で「令嬢」が出てくる機会だって極めて限定的なのだ。
幕末だの戦国だの源平だのを舞台に、鬼や物の怪との恋を楽しむ和風世界観のゲームもあれば、現代で殺人鬼(※攻略対象)と戦いながら愛を育むゲームもあるし、三国志がモチーフで歴史上の偉人と史実変えちゃう作品だってある。
少女漫画の亜種みたいな、超能力とかずば抜けた音楽の才能とか、アイドルとか――非日常要素をちょい足しした学園ものだって数多くあるのだし。
「こう……乙女ゲームイコール悪役令嬢、みたいなのに反発するユーザーも結構多いってこと、私は知っていてほしいわけ」
「だからさっきからあんたは何の話をしてるんだよ」
ソウビが薄気味悪そうに私を見ていた。オタク早口はキモイか、そうか。まだいくらでも出てきそうだが、このくらいでやめておこう。ダチにまで見捨てられたら困ってしまう。
「で、いまの状況を整理すると……」
私、
魔薬精製し私に飲ませた犯人は
クソダサ二つ名「
「はああ⁉ こっちがおとなしくしてるってのにふざんけんなよあの女ぁ!」
「……だから言ったろ、あいつはクソビッチだって」
近くにいた生徒が、ばんっとカフェテリアのテーブルを激しく叩いた私こと
ネットいじめですよそれは! それより先に肖像権の侵害で訴えてやるっ!
「あんたの言い分はわかったし、信じるけど……証拠がないんだよ」
「うっうっ、だよねえ……」
ふわふわぷるぷるのパンケーキをフォークでつついて弄びながら、私は出てもいない涙をぬぐった。
今回の一件も重なって、ルイーザはただの第一学年のアイドルにとどまらず学院中の同情と関心を集めた。結果、知らない者などいないほどの人気者であり実力者として認知されている。いっぽうで、正ヒロインの私が根性悪で頭のイカれた女扱いされている。
格差社会は広がるばかりなので、ここから入れる保険なんて……ありませんよね。
「方法ねえ……ないわけじゃない、けど」
もしゃもしゃと意識の高いソウビくんが野菜たっぷりサラダ、味付けは塩コショウのみを食べながらつぶやいた一言に私は反応した。
「ええっ、そんな保険があるんですか⁉」
「ないってば。ていうか保険とかそういう話じゃなくて……」
「ンフフフ、キミは単位を取る方法なラ、他にアル、って言いたいンだよネエ?」
にゅっと現れた緑髪長髪眼鏡が、私と、隣り合わせに座っていたソウビの肩を掴んだ。色気のある声が耳元近くで聞こえてぞくぞくっと背中がしなる。
「ぎゃぁっ、カデンツァ先輩っ!」
「悲鳴もいいねェ、乙女の叫び声ハ、魔法薬の貴重ナ材料になルんだァ。トりあえず
いそいそと小瓶の中に私の「声」と思しき桃色の
「……何の用ですか、センパイ」
ソウビが肩に置かれた手を振り払い、カデンツァを睨みつけた。
「おォ、怖イ。可愛イ可愛ィお姫サマを守ってルつもりナノかな? ボクにはキミだっテおなじくらイ可愛イんダけどネぇ」
「え……いま、カデンツァ先輩私のこと可愛いって言った……?」
初! 乙女ゲームヒロイン、攻略対象から褒められる! おめでとうローゼル・ベネット。ようやくときめきドキドキが私にも来るのか……⁉
「いいから阿呆はおとなしくパンケーキでも食って黙ってな」
ソウビは勝手にフォークを掴むと、程よい大きさに切り分けたパンケーキを口に押し込んできた。
え、ちょ待って、スチルじゃん。これスチル級のイベント起きてるじゃん。恋愛イベント、あーん、が成功してるのでは。
私が口の中に広がるシロップの甘みに頬を緩めていると、ククとマッドサイエンティストにふさわしい笑顔を浮かべたカデンツァが「おやァ」とソウビを煽る態勢に入った。
「よっぽド、キミはコノ子に言いたくナいみたいだネぇ。まあイイさ。邪魔者ハ退散するとシよう」
カデンツァは今度は私の両肩をがしっと掴んだ。ソウビに聞こえないようなボリュームで耳元で囁いてくる。
「興味ガあるナラ、今晩、寮のボクの部屋においデ……待ってルから」
ぞわっとした。うわ油断してた、このタイミングでウィスパー来ちゃうか……って、待って。
部屋――部屋って言いましたか、いま。私の空耳じゃないよね?
ひらひら手を振って離れていったカデンツァを、私は茫然と見送った。
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