18 狂気の魔女

「見てあれ」

狂気の魔女クレイジー・ウィッチが来たぞ」


 廊下を歩くだけでなんだかものすごい注目される。教室にいても廊下から、じろじろのぞき見される。狂気の魔女クレイジー・ウィッチこと私に安息の地はなかった。


「だから狂気の魔女クレイジー・ウィッチはやめてっ!」


 聞いてるだけで恥ずかしくなるから。もうちょっとひねってくれよ。せめてもっと、いやどうせならいっそ単刀直入に罵倒してほしい。馬鹿でも阿呆でもなんでも、ってそれいつもソウビから愛をこめて頂戴してるファンサじゃん。


「ねえソウビ……私が何したって言うのよ……」

魔力増幅薬ブースターを授業中に使用して、実技科目「魔法戦闘」の授業を崩壊させた。第一学年の人気者ふたりを妬んだ犯行、だってさ」


 保健室をグリーヴによると、教師たちの会議によりその現行犯である私への正式なお達しが出たらしい。


 私、ローゼル・ベネットは使用が禁止されている薬品を精製し、無断で使用した。その使用による危険行為、またほかの生徒の学びの機会を著しく損なう自分本位の行動への罰として、今後一年「魔法戦闘」の授業の出席を禁止する、とのことだった。

 実技科目「魔法戦闘」は進級するために必要な、第一学年の必須単位だ。

 授業参加を禁じられたとなれば、単位の取得は出来ない。


 すなわち落第である。留年である。


「ぬ、濡れ衣じゃん……濡れ衣でヒロイン、進級できなくなってるじゃん!」


 どういうことなんだ、このクソゲー! 怒りのままにバンっと机を叩くと、ちらちら私のようすを窺っていたクラスメイト達が一斉にびくっと後退った。檻の中のゴリラ扱いである。

 というか言葉遣いがどんどん悪くなっている気がするがそこはもう気にしないでほしい。教室の机に突っ伏していても、視線がぐさぐさ突き刺さる。うう、みんなもそんなふうに思ってるんだろうな。


「エリアスくん、可哀想……あんな野蛮人と対戦したことで評価下がったらどうしてくれるのよ」

「ルイーザ様もお気の毒だわ。ズルしてまで勝とうとするからよ、ほんとに身の程知らずなんだから」


 予想どおりのひそひそ話でフルボッコだった。想定内でしたのでそこまで気にしてないです。でも、私はそんなやばい薬なんて使っていないんだよお。信じてもらえないからこんな空気になっているのだけれども。


「――飲まされたんじゃないの」


 誰も寄り付かなくなった教室後方の私の指定席――その隣で、頬杖をついていたソウビが言った。


「なんか心当たりない? まったく、あんたは不用心なんだよ。信用できないやつから餌をもらうなっていつも言ってるのに」

「餌なんかもらってませんー、汗かいたから水くらいは飲んだかもだけど自分のボトルからだもん」


 ただ、途中から私、記憶がぶっ飛んでいるんだよな。トーナメントの決勝戦、ルイーザとエリアスとの演習で、ハンマー振り回して、それから。それから……――白くて。白一色で。

 真っ白な闇が。雪が。

 闘技場を覆って、埋めて。指がちぎれてしまいそうなほどに雪風が冷たかった。

 唯一、温かったのは。

 むにゅ、と柔らかに唇に触れたあの熱だけで。


「あ、あああああああ!」

「うわッ……びっくりした。いきなりデカい声出さないでくれる?」

「チュウだよソウビくん!」

「ち……は、はあぁ? あんた何言ってるの?」


 顔をひきつらせてソウビは私を見た。椅子を限界まで引いて私から距離を取る。いやソウビたんマブダチが大好きなのはそのとおりなんですけど、いきなりキッスするほど破廉恥な真似はしないからね、私は。


 思い出した、あのときルイーザが私に謎の液体を飲ませた――そしてそれ以降はほとんど何も覚えていないのだ。丸一日眠っていたのと、この知らない間に進退が決定していた混乱で、重要すぎるイベントを見過ごしてしまっていた。


「キスだよ、接吻! もう、何度も言わせないで。恥ずかしいなぁ」

「恥ずかしいも何も俺にはあんたのことがまったくわからなくなった……」


 ソウビは寒気を堪えるように腕をさすっている。ねえ青少年、痴女を見るような視線を向けないで、お願いだから。

 だけどこれはもう決まりだ、はめられた。あの女に。


 教室の最前列で、取り巻きたちの慰めに応えている「悪役令嬢」――ルイーザ・プリムローズに。



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