58 現実世界の私
ぴ、ぴと規則正しい電子音が聞こえる。
やたらと明るくて真っ白な空間の中で私は横たわっていた。
あれ、私どうして此処にいるんだったっけ。わけもわからないままぼうっと消毒液くさい部屋の中で四肢を投げ出している。
痛いのか痛くないのかもよくわからないけれど私の身体には無数のチューブが絡みついていて、それらがかろうじて私を生き永らえさせているのだと薄々察しがついた。
あれ、わたしだいぶ死にそうになってるじゃん。超ウケるんだが。
まあビルの底が抜けて落下したんだからふつうは死ぬよな……うん?
此処は、どこだ――。
ぱちぱちと瞬きをすると、ひとの声が聞こえてきた。ソウビ? それとも、治癒魔法担当教師のエレナ先生かな。としたら保健室、だったりして。
「あ、すみませーん佐藤先輩」
ふやけた頭を抉るような気の抜けた声に、頭蓋骨にびしっとひびが走った気がした。
「そういえば供花とかってどうします? うちから何本出すんですか? 通夜だけ? それとも葬式も? 私出席しないと駄目ですか? 日曜、予定あるんですけど」
「ちょっと坂野さん! 不謹慎すぎるわよ⁉」
坂野。坂野坂野坂野。そう、このふざけた物言いは坂野で間違いがない。どうやらここは現実世界らしい。異世界で死にそうになったことにより、私は戻って来たようだった。
さいっあくのタイミングだな、しかし。
「ああ、でも私部署の出納係だし。職場で誰か亡くなるの初めてだから確認したくて」
そのとき、頭の血管がぶちっと切れた。たぶんまじで。だから私の死因はほぼ間違いなく坂野と言っていいだろう。
「うるせぇなあ! 死にそうな私の前でそんな相談すんなっ、ぶっころすよ⁉」
「
「
見舞に来ていたらしい同僚らの声が病室に響いた。何やねん、何びびってんねん。死にそうな私がいきなりぶち切れたからか? ふだんは温厚な方(時々いらっと来ることはあるけど)だったこの私でもさすがに黙っていられないでしょ。
もうどういう理屈で死にかけてるのかとかもうどうでもいいよ。トラックに突っ込まれたのか高所から落下したのか過労死レベルで頑張りすぎたせいなのか、もういいや。それよりもっと大事なことがある。
私のゲームは勝手に書き換えられた――そして放置された。ディレクターで、製作チーフだった私が死にかけてるせいで。
「坂野ぉ!」
びくっとしたようすで坂野が私を見た。
もしかしてよほど大変な状態になっているのかもしれない。全身に火傷を負っているとか。骨がバキバキに折れちゃったとか。
「ゲームシステム変えたんでしょ……だったら、私からの、せめてものお願い聞いてよね。
くらっと眩暈がした。
あ。
なんかこれで幕切れみたいだ――あーあ、やんなっちゃうな。まだやりたいことたっくさんあったんだよ。地図アプリで見つけた映えるカフェでパフェ活してないし。最近疎遠になった友達に電話しようと思ってたのに出来てないし。
他社の新作乙女ゲームは山のように積まれているし。
スマートフォンのアプリゲームの最新章、まだクリア出来てなかったんだよなあ。
でも未練がそれくらいでよかった。
お父さんお母さん、先立つ不孝をお許しください。さっさと結婚しちゃった弟がたぶん初孫を見せてくれるだろうしさ、ごめんね。心配かけて。もしかして必死に田舎からこっちの病院に向かって来てたりする?
最後の挨拶するまで待っていてあげられなくて申し訳ない。
でもさ私、大好きな乙女ゲームの業界でそれなりに、いやめっちゃくちゃ頑張ったし。
あっちの世界ではソウビと、玲奈の学生時代には出来なかった青春みたいなことを目いっぱいやったりしてさ。
結構幸せだったな、って思うんだ――。
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