37 男子寮でドキドキハプニングイベント発生!

 そんなこんなで私は「猛勉強」した。というよりカデンツァの監督のもと「猛勉強」させられた、と言った方が正しい。

 毎朝毎昼毎晩、つきっきりでマンツーマン指導である。


 あいつらが付き合い始めたのか、という噂も一時出たくらいだ。奇人と狂人でお似合いだ、とか言ったやつ校舎裏に来いよな。ぶっ飛ばしてやっからよ。

 個別指導は深夜まで及び、例のお薬(なんと自分でも精製できるようになった)で男子部屋の性別判定魔法を誤魔化し、カデンツァの部屋に通って勉強するのが習慣に……ってこれほんとにカデンツァのルートに入ってないよね? まだ純粋な師弟愛だよね?

 ただ、目標である月末考査で一位を取ることが出来たのだ。 


 てってれー♪

 ローゼル は 学力 が 跳ね上がった!

 レベルアップのSE効果音が脳内で響き渡る。


 くく、あのときのエリアスの悔しくて悔しくて抑えきれない怒りで真っ赤になった面ときたら……たまんねぇな。

 なるほどこれがざまぁというやつなのか……人もすなるざまぁといふものを、私もしてみむとてするなり。


 でもルイーザはエリアスとは違って結果発表の貼り紙さえ見に来ていなかった――興味がないのかな。ちなみにこの試験、二位はなんとソウビだ。私達ズッ友の大躍進である。そこにルイーザ、エリアスが続く。

 不正だ、と声高に訴えるエリアスは本当に無様だった。ん……ざまぁってざまあみろの意味だと思ってたけど無様とも語感が似ている。誰かさんにぴったりの言葉だね。


 でもみんな怪しいとは思っているのか、陰口は叩き続けている(そして二つ名も囁かれ続けている)ので、やはり私の名誉を回復してヒロインの座に返り咲くためにも学期末の魔法戦闘競技会は欠かすことの出来ない一大イベントなのだった。


 とはいえ、ゲームでは上げたパラメーターはそのままだが、これは半分現実みたいな環境ですので勉強をサボり始めたら当然のように学力は落ちる。頻度こそ減ったがカデンツァによる「密着!個別指導プライベート・レッスン」は現在も継続していた。


 でも、確かに理解し始めると学問として面白いんだよね。

 魔法は芸術、という発言の意味がようやくわかったような気がするのだ。


 攻撃、防御、治癒など大枠としてのジャンルこそあるけれど、すべて魔法を発動するための理論を理解することから始まる。

 基礎呪文を習い、構成されている要素を分解して組み立て方を知る――語学でいえば例文から品詞分解するみたいなものかな。そこから自分でどのような効果を付与するのかを考え、呪文コードを編む。


 より素早く発動させるには、より威力を増すには、他の要素をプラスするには――実戦でより使いやすく便利で効果的な呪文コードを発明する科学者のようでもある。そのためには基礎知識という【語彙】が必要なのだ。


 過去に魔法使いたちの間で起きた事件、呪文の類型、魔法薬のレシピと材料となるものの持つ固有の効果、古代魔法文字……知っていることが多ければ多いほど、使える語彙が多ければ多いほどに最適な呪文コードを思いつける。


 学力をつければそれは魔法戦闘でも有利に働く、そうカデンツァは言いたかったのだ――鬼コーチっぷりは怖かったけどね。


「おつかれさまでしたぁ……」


 首をこきっと鳴らしながら小声で挨拶をして、私はカデンツァの部屋を出た。

 すっかり真夜中である。もう第一学年で学ぶ範囲はすべて叩き込まれているのだが、復習とそのほかカデンツァのピックアップした役に立ちそうな分野を教えてもらっていた。

 ね、眠い……勉強ができる子になって活力増進剤エナドリを自分で作れるようになってしまってから、すっかりこれのお世話になってしまっている。

 えぇ~ん、こんなの社畜OLだった頃と変わらないよぉ。異世界ならもっとキラキラな恋愛に夢を見たっていいじゃない。


 なんて恨み言をいいながら男子寮の廊下を歩いていたとき、人影を見た。

 や、やばっ、どうしようトイレにでも起きたの? やめてよ間が悪いっ! 私はあくまで男子寮のドアをくぐりぬけるために性別偽装効果を得ているだけで、外見はいつもどおりのローゼルだ。

 

 見つかれば、よなよな男子寮に侵入した変質者になってしまう。

 これ以上余計な称号は不要! 逃げないと、でも隠れる? こういうときの呪文コードは、えーと、えーと。焦りすぎて咄嗟に思い浮かばないっ!


 完全にテンパっていた私は、背後から伸ばされた手に気付かなかった。


「え――」


 そのまま部屋の中に引きずり込まれ、ばたんと扉は閉められた。


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