36 専属家庭教師による愛情たっぷり特別レッスン

『キミ、意外と地頭は悪くなさソウなんダよネ』


 カデンツァはしげしげ私を眺めながら言った。

 ここは、カデンツァの有する私設実験室だ。研究棟にある遊戯室だけではなくて、校舎のいたるところにカデンツァ専用の研究部屋が存在していた。

 最優秀生徒――【輝ける恒星リュケーレ】の特別待遇さまさまである。


 学院側から危険人物として要注意扱いマークされているのにもかかわらず、この才能を伸ばすべく助力を惜しまないこの姿勢。私も学期末競技会で優勝すればこんな恩恵が――⁉ と夢が膨らむのも無理はなかった。


 昨年度末の競技会覇者である「ハイドランジア、ウィステリア組」は支援役がカデンツァ、攻撃役がリューガの見た目どおりの役割分担だ。

 そこで、私達はそれぞれ分かれて個別指導レッスンを受けることになった。


 必然的に、ソウビと指導役のリューガ、私と指導役のカデンツァのペアである。


 意義あり、と声高に叫んだが聞いてもらえるはずもなく私はカデンツァの実験動物オモチャとして日々、師匠カデンツァに鍛錬と提供(血液やため息や髪の毛など)をしていた。

 頼りにはなるけれどあまりお近づきにはなりたくないタイプ筆頭と密室で個別指導を受けることになるとは……上の空だった私の額をカデンツァの長い指が、ぴん、と弾いた。

 悶絶する私を放置して、カデンツァは話を続ける。


『ローゼル、キミノ魔法戦闘での瞬発力、応用力はそれなりダ。けれド支援役に必要なのは結局ココなんだヨ』


 自分のこめかみをとんとん、と叩いて示してみせる。


『……なんテいうカ、君ノ支援呪文には美学ヲ感じなイ』

『美学……』

『端的ニ言うと、雑、ってこトだネ』


 耐熱ビーカーに注いだ真っ黒な液体、特製ブレンド珈琲をカデンツァはすすった。


『え……終わりですか』

『ソウだよ。なあにィ、まさか一瞬で強くなるデタラメな必勝法ヲボクが教えてアゲルと思っタ? ハッキリ言おう、そンなものはナイよ』


 ないんかい! 此処は少年漫画的な奥義継承の儀が行われるはず、と信じていた私の純粋ピュアな気持ちを弄びやがって。誤解しているようダけド、とカデンツァは言った。


『魔法ハね、所詮積み重ねナンだよ』

『ごもっともすぎてぐうの音も出ないです』


 特に賢い方から言われると落第ほぼ確定、劣等生の自分が恥ずかしくなる。見えないけど私パラメーターの中でも特に学力全然伸びてない……体力とか攻撃力(物理)は高くなったような気がするけども。


『ねえキミ、学院の……特に第一学年の授業はナンノためにアルと思ウ?』

『それは……知ってて当然の基礎中の基礎を、憶えてもらうため、ですか?』


 はあ、とカデンツァはため息を吐いた。


『わかっテいるじゃないカ。魔法は積み重ね、一年で必須の教養科目ヲ獲得マスターしてこソ、第二学年以降の専門的ナ魔法研究ニ繋がル。そのタメにひよっこ期間だいいちがくねんガあるンだヨ』

『た、ためになるなぁ……』


 いやほんとに。開発者のくせに各学年の持つ意味とか考えてなかったです。

 四年制で、大学みたいな感じで……ってふわっふわのコンセプトからスタートしたことを思い出し、自分で作ったキャラクターに解説されて恥ずかしいことこのうえない。


『魔法ハ芸術なんダ……』

『は、はい』


 恍惚とした表情で始まった奇人変人の語りに若干怯えながらも相槌を打った。


『既に魔法式の理論体系は大昔に組み立てラレテいる。過去の便利で美しイ呪文コードを使イこなせるようニする。それだけでイイ、と考える魔法学校は多イ』


 カデンツァは声を落とした。


『そンなやつラは所詮、三流以下ダね……唾棄すべキ俗物ダ』


 眼鏡の奥の眸がぎらりと激しい怒りの炎を宿した。

 こ、怖いよぉ。助けてソウビくん、カデンツァとふたりきりは緊張感が半端なさすぎィ。デートイベント♡とか言って喜べる雰囲気じゃないよぉ……。


『魔法式の理論を学ビ、新たな魔法を創造スル――魔法使いはアる意味で芸術家によく似テイる。過去の偉大な作品カら学び、より新シく、洗練さレタ呪文を編み出すコトがエリュシオン魔法学院の存在意義ダ。効果の高い魔法薬を精製スルニも、呪文研究は欠カセなイ』

『ほへ……』

『おバカなキミのためニ要約するト――勝つタメには一見、何の役ニモ立たナイように思えル学問も必死に勉強しロってコトだヨ』


 わ、わっかりやすい! なめられている感は否めないけどカデンツァからすれば人類みんな愚か者なので、私だけじゃない……はず、だよね?


『というワケで』


 どん、と教科書及び参考書、そのほかにも個人的に作成したと思しきノートが目の前に置かれた。

 山である。標高が高すぎて実験室の天井まで届きそうだ――積み上げられた教科書がぐらぐら揺れているが絶妙なバランスを保っており、崩れない。


『こレかラ一か月デ、キミは第一学年の首席にナル』

『……いや、いやいやいや、さすがにそれは無理で、は』


 眼鏡をくい、と押し上げながらカデンツァは微笑んだ。


『聞こえなかったカナ。スル、じゃなくてナルんダ。これは決定事項ダヨ♡ どんな手を使ってでモ、キミにハ猛勉強してモラうヨ……』


 そ、ソウビ――! お願い助けて、私……無理やり勉強させられちゃう!

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