38 密室 × 暗闇、イコール?

「ひぃ……はむぅ」


 悲鳴を上げようとした途端手のひらで口をふさがれた。

 やばい、これはさすがに看過することなどできません。正直いままでで一番、身の危険を感じています。

 ごめんなさい男子寮に侵入したのは悪かったです、認めます。

 でもこんなのあんまりです、女性向けの乙女ゲームでは絶対にやっちゃいけないイベントですよ!


「……静かにして。同室のやつが起きるじゃん」


 そのとき馴染み深い声がすぐそばから聞こえて、ようやく私は息を吐くことができた。吐息が当たったせいか、慌てたように口元を押さえていた手がはがれる。


「ソウビじゃん、驚かせないでよね……」


 どうやら他の男子生徒に見つかりそうになったところを、ソウビが自分の寮室に入れてくれたみたいだった――これで一安心、ではない。

 基本的に学生寮は二人部屋だ。カデンツァはルームメイトに拒否られたために勝手に部屋を改造(散らか)して悠々ひとり部屋を満喫しているだけ。

 ちら、と振り帰ればぐうぐうと幸せそうないびきをかいて眠っているソウビのルームメイトの姿が見えた。


「ど、どーしよ……」

「どうしよう、ったってどうしようもないでしょ……まったく手がかかるなぁ。大体さあ、あんた、まだカデンツァの部屋に通ってるんだね」


 じろ、と咎めるような視線を向けられたのだけれどやましいところなんて何もないんです、本当に。信じてね。一部の週刊誌報道は事実無根です。交際はしていません、仲の良いお友達?です。


「そ、そうなの。寮の門限や消灯時間もあるし、勉強するのにまとまった時間取れるのって先輩の部屋しかないんだよね」


 言い訳っぽく聞こえるかもしれないけど、というか実質言い訳です、はい。ソウビからも気をつけろ、って口を酸っぱくして言われ続けていたのにこんなピンチに陥り、ご迷惑をおかけしてしまうこの体たらく。切腹してお詫びするしか!


「しぃ……ルームメイト、起きちゃうってば」


 耳朶に吐息がかかって思わず震えてしまった。

 あ、あの、この距離なら耳元で囁かなくても聞こえるのでそういったサービスは不要なのでございますけれども……!くそう、ツッコミが追い付かねえ。焦るんじゃない、私はただこのドキドキを実況したいだけなんだ。声出し禁止の応援上映みたいな心境で、虚無っていたときだった。


「む……ソウビ、こんな時間に何してるんだぁ?」


 やべ。

 私が騒いでいたせいで(オフボーカル心がけてたのに!)ルームメイトが起きてしまったらしい。さすがのソウビも顔が青ざめている


「あー、ちょっと、トイレ……行ってきたとこ」

「そっかあ……ふあ、僕も行って来よ~」


 ソウビが不自然な姿勢で私を隠しながら、自分のベッドの方へと私を誘導した。背中に回した手で、そこ、入って、隠れろ、と指示を出す。見えはしないだろうけど、うんうんと必死で頷いてベッドにそっと乗り上げておふとんを頭までかぶった。

 ぎい、ばたんとドアが開いて閉まる音を聞いてから恐る恐るふとんから顔を出すと、うんざりした表情のソウビに見下ろされていた。


「まっっっったく、ド迷惑かけやがってこの馬鹿女は……!」

「ひぃ、すみませんっ」

「だから静かにしろっ!」


 ソウビも負けず劣らずの大声なのだけれど、熱くなっているせいで気づいていないみたいだった。


「くそ、ここから共同トイレ近いんだよな……いま出したら出くわす可能性が高いし。変身呪文コードで男に変える? そうすると女子寮に戻るときに面倒だし……っ、やば、帰って来る!」

「ど、どうしよっか……⁉」

「っ!」


 派手に舌打ちすると、ベッドにいた私を巻き込むようにしてソウビはふとんをかぶった。

 う、うひゃあ……。思わず悲鳴を上げそうになった口を今度は自力で押さえる。


「たっだいま~、あれぇ、ソウビ寝たのか……?」


 ソウビは返事をしなかった――私を抱きしめたまま、壁の方を向いて身じろぎをしないでいる。やけに体積が多いことも壁際にむかって寝ているせいで気づかれにくい! 賢い、策士! 褒めたたえたいところだが自分の心臓がばっくばくに鳴り響いていて、それどころじゃなかった。

 ひいぇ……だ、抱きしめられ……ここベッドだよ⁉ 年齢指定はなしのはずでしょうが。背後に感じるソウビの体温にさらに緊張感が増した。

 あ……――でもソウビもどきどきしているんだ、私の心臓の音じゃない鼓動が背中越しに伝わってくる。恥ずかしいけど、なんか、ちょっと、こう……胸がきゅうっとする。


 そのあとルームメイトの就寝を確認した後、私とソウビはそっとベッドから抜け出した。


「……念のため、寮の入り口まで送ってく」

「あ、ありがと……」


 うわ、まともに顔が見られない。いやまさか私にこんな主人公らしいイベントが発生するとは思ってもいなかったから覚悟してなかった。

 不意打ちすぎるよ。

 足音を消して歩いた廊下では、運よく誰とも行き会うことはなく――何事もなかったように、別れた。


 自室に戻った私は、ベッドに入り目を閉じた。

 が、当然のように一睡もできなかったのでお手製、活力増進剤エナドリのお世話になったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る