54 バトルフィールド

 戦闘魔法協議会コロシアムの決勝戦は、一回戦から五回戦とは別日、つまりは翌日に開催された。

 開催場所としては、昨日と同じ観戦席を設けた屋外ステージなのだが――決勝はいままでの闘技場を模したバトルフィールドとは異なる形式で行われるらしい。


 そのための事前調査として、第五回戦終了後に競技会の担当者であるグリーヴ先生が決勝進出チームである私達と、当然のように勝ち残っていたルイーザ達のもとを訪ねてきた。


「これに手ぇかざせ」

「は、はぁ……」


 ずい、と差し出されたいかにもな水晶玉の上に手を(ちょっと浮かせて)置いた。

 ただし なにも おこらない ……。

 

「んじゃ終わりってことで」

「いやいやいやいや、待ってくださいよ。なんすかこれ」


 私が抗議の声を上げると、グリーヴはにやりと笑った。


「そいつは明日のお楽しみってことで……いやぁそれにしてもお前さん頑張ったなぁ、魔法戦闘の授業出てないのにこんなとこまで来ちゃって。教師不要じゃねえか」

「露骨に話変えたな……って待ってください、ということは単位……」


 期待に目を輝かせると、グリーヴは「あ」と咄嗟に申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「そいつは、やれねえなあ……。優勝でもしないと学長が許してくれねえんだわ、すまん。自力でなんとかしろ。ベネットなら出来る!」


 もらえなかった――ちっ。まあもとより優勝するつもりでしたのでいいんですけど。


「グリーヴ先生。この魔法道具って……」

「お、さすが有馬。おもしれーからベネットには内緒な、ほれ。お前も手ぇかざせ?」


 どうやらソウビはこれの使い方を知っているらしい。さすがもとから優等生、偉いっ。なーんてことを考えたのだが、翌日の決勝戦でその魔法道具の使途つかいみちが判明した。


「あ、これ私の……」

『おおっと、これはどうしたことでしょうか!』


 私の声に重なるようにしてマイクオンした女性の声が会場に響き渡った。

 足を踏み入れ、ウォームアップもかねてラジオ体操をしていると、ぱっと会場の風景が切り替わったのである。


『ええ、会場の皆さんに向けまして私共、実況担当のエリュシオン放送部がご説明いたします。決勝戦は毎度おなじみの、特別ステージでの魔法戦闘となります』


 特別ステージ……そんな設定は、元のゲームにはない。

 いちおう魔法戦闘競技会に参加するというイベントはあったが、自陣を操作するにしてもターン式で魔法を発動して相手のHP削るというわかりやすさ重視の構造だ。当然背景だって使い回しだよっ! そこに予算掛けてらんないもん。


『特別ステージにいる決勝進出ペアたちには観客席が全く見えないようになっています。我々はステージの外側から、にいる彼らの様子を覗いているという感覚ですね』

「あ、もしかして幻影魔術ファントム・ヴィジョンの応用みたいな感じかこれ……」

「そ。箱庭幻影hortus phantasmaって言って、指定された人間たちを事前に用意した空間に閉じ込める術式なわけ。学院側――グリーヴが準備したんだよ」


 ソウビが丁寧に教えてくれる。さすがズッ友、らびゅい。

 そしてその箱庭というのは私にとって実に見慣れた景色だった。


『おおっと、これはどこでしょうか……真珠の国のサイドベイシティにも似ていますが、どこか雰囲気が違うような』


 私達が立っているのは、この得体の知れない、所在地も秘匿している学院ではなく――都会まちだった。

 ちょうど私の職場だった株式会社OJIROがある最寄り駅付近の眺めである。高層ビルが立ち並び、アスファルトの道路が複雑に交差し合う。

 確かに、実況が言っているようにあったはずの観客席が全く見えない。リングサイドにいたはずのカデンツァとリューガもだ。


「どうして……」


 なんでいまさら。


「もう帰れないのかと思ってたのに、もしかして私……ここに帰れるの?」

「ローゼル、どうしたの」


 ソウビが心配そうに私を見ている。気付いてはいるけど動悸が収まらなかった。どうせ帰れないならこんな残酷な場所を見せないでほしい。

 株式会社OJIROの社屋を見上げ――私はぎゅっと拳を握りしめた。


『えーと、なんでも参加者の中の誰かが思い描いた風景が今回のバトルフィールドとして箱庭に投影されているようですね。さあ、この街でどのような試合が繰り広げられるのか、目が離せません!』


 耳が痛くなるような甲高い声に顔をしかめながら、私はビルの上に立つルイーザの姿を遠見とおみの魔法で視た。


 ビル風に靡くスカートがいかにもヒロイン風で、なんか無性にイラっとした。



『では、私から合図をさせていただきます。ファイナルバトル、開始スタートです!』

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