15 とりあえずぶっ潰す!

「行くよ!」


 開始早々、先手必勝とばかりに動き始めたのは当然のように私達だった。ソウビも私も短気な方なので、さっきのやりあいで発散できなかった鬱憤が溜まりまくっている。

 脚に高速移動ハイスピードを付与し、ソウビはひと蹴りで攻撃目標に向かって跳躍する。


「おっけ、攻撃強化バフ対象:ソウビ・ラスターシャ・有馬!」

「全属性盾展開オープン、ルイーザ・プリムローズへ加護を与えたまえ!」


 やっぱり支援役がエリアスらしい。

 他の生徒との「魔法戦闘」を見ていたからわかってはいたけれど、一番目を惹く場面をすべてパートナーに譲っている。ルイーザ目掛けて撓った鞭を、幾重にも掛けられた防御強化呪文コードが弾いた。


「あーもう、かったい! くそっエリアスの仕業か……!」


 激しく舌打ちすると、ソウビは横滑りで後退して体勢を整えた。バシっとルイーザを取り囲む赤い輪が攻撃を無効化してしまうようだ。アイコンタクトをしながら次の手を打とうとしたときだった。


「っ、ぶな……!」


 じゅ、と高速で飛んで来た火炎弾が私の耳元を掠めた。一歩間違えれば全身大火傷も免れない――治療こそされるが痛みや苦しみは尋常じゃないだろう。

 轟音を立てながら結界に衝突したが、あっという間に吸収されてうにうにと透明な障壁が再構築された。ああ、こういう仕組みなのね。


「……外したか」


 強力な支援魔法から続けざまに攻撃魔法を私に放ったらしい。

 不愉快そうに眉をひそめたエリアスの目は殺意に満ち溢れていた。それはまともな乙女ゲームのヒロインが攻略対象に向けられる感情じゃねえんですわ。

 そういうのは世界全体から己の存在を消そうとされてるアレとか、好感度下がれば死を免れ得ない系の鬼難易度のゲームぐらいだよ。


「ちょーっと、このメインヒーロー、おいたが過ぎるみたいなので私がソウビに代わってお仕置きさせてもらっちゃおっかな……? ごめんね、ルイーザの方まかせたわ!」

「はぁ……⁉ ちょっとローゼルっ!」


 私は掌の中に隠し持っていた武器を取り出す。

 手早く呪文コードを唱えると小さな木槌が一瞬で巨大なハンマーに変化した。私の殺気を感じてエリアスが姿勢を低くして防御の体勢を取る。

 力強く床を蹴り、一瞬でエリアスの前にひらりと着地した。スカートの裾がぶわっと広がったけどご安心を――私、スパッツを履いています。念のため、ね。


「あらよっと!」


 勢いよく振り回したハンマーがぶおん、と大きな風音を立てる。


「ハッ、愚かだな。隙が多すぎる……っ!」


 軽く避けたエリアスが私をK.Oノックアウトするために懐に飛び込んできた。


「へえ、隙だと思ったんだ? さすがは温室育ちのお坊ちゃん――考えが甘すぎなんじゃないの?」

「何ぃっ、ぐぅ!」


 エリアスに私は渾身の頭突きをかました――ソウビを強化すバフるついでに自分も硬化呪文を掛けておいたのだ。派手さの欠片もないが、派手で難易度も高く舌を噛みそうな呪文なんて、私にはまだ扱い切れない。


 いまはまだ地味でもいい。

 私自身が目立たなくったって構わない。ローゼルわたし相棒ソウビを輝かせるために魔法の技術を磨いているのだから。


「貴様ぁ、俺を愚弄するとは……っ」

「その言葉、そのままあんたにお返しするよん」


 ソウビに言ったこと、ぜんっぜん私は許していないのだ。鼻血を袖で拭う姿はフェチ心をくすぐらなくもなかったが、その程度のスチルではユーザーは満足しないからね――でもアリかもな。鼻血。うん、色気じゃなくて拳(石頭)で血を出させるのは斬新かもしれない。


「舐めるな、この魔女が!」


 私がうんうん頷いているあいだにエリアスがいつのまにか手にしていた剣を私を突き出してくる。やっぱり物理武器も用意しておくに越したことはないよね。

 ちなみに「魔女」という名称はこの世界においては悪口だ。男女問わず魔法を扱う専門職のことは「魔法使い」と呼ばれている。

 物理って大事だよね、の意見が一致したところで、私は向けられたエリアスの剣をハンマーで弾き返した――つもりだったのだが。


「っ、何だと……っ!」


 ぱっきりと柄に近い位置でふたつに折れてしまった。


「あっれ……なにこれ強度なさすぎ。よわよわじゃん。強化呪文コードのコツ、教えてあげよっか?」


 煽りすぎたらしく、エリアスの顔に血管がぴきっと浮き出ていた。こんなやっすい挑発に乗っちゃ駄目だよ、ぼーや。

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