14 VS.ルイーザ、エリアス組。

「んじゃ、決勝戦始めるぞ。プリムローズ、オーキッド組。それから――ベネット、ラスターシャ組。前へ出ろ」


 闘技場のリングを囲むように整列した生徒たちから歓声がわあっと沸き上がる。救護テントの中からも「ルイーザ様」コールが始まった。

 そんな感じで受講生の大半はルイーザを応援しているので、私たちは完全にアウェイ状態だ。スポーツ選手とかって、ほんとに相当なプレッシャーと戦ってやってきてるんだねえ。


「ねえ、緊張してるわけ?」

「あはー、ちょっとだけね……」


 我ながらしまりのない表情で頭を掻いた。部長会議でプレゼンしたりレクしたりするときはそんなにドキドキしないんだけどな。やっぱり慣れない環境だからなのかもしれない。


 それに……ソウビを勝たせてあげたいんだ、私は。


 まだ第一学期の前半で、私達って過ごした時間が特別長い幼馴染キャラでもない。ソウビはモブだからキャラ設定も何も考えていなかった。

 赤髪で、ナルシストで自己中。アメトリンみたいな色の眸だってことも知らなかったけどさ。

 いままで一緒に頑張って来たからわかるよ。あんたがどれだけ努力家で――どんなときだってへこたれずに、ずっとひたむきに顔を上げてきたことぐらい。


「ばぁか、あんた自分が誰のパートナーか忘れたわけ?」

「いっ! なにすんのさ……」


 唐突にデコピンされてひりひりする。涙目で睨むと、ふふん、と生意気そうな顔で笑ってみせた。


「勝てる勝負にびびってもしょうがないってこと、ローゼルみたいなおバカでもすぐに理解わかるよ。そんくらい、あいつらをぶちのめしてやろう」


 ぱしん、と両手で私の頬を挟んで言った。黄色と紫の入り混じった不思議な色味の双眸に吸い込まれそうで――思わず見とれていた。

 そうか、君の目はこんな色をしていたんだね。


「俺があんたを勝たせる」

「……うんにゃ、私がソウビたんを勝たせたる。わてにまかしとき!」

「時々出るけど、なんなのあんたのその口調……」


 しょうがないでしょ、こんなキラッキラ眩しい十代の青春の空気感にふざけでもしないと耐えられないのよ! こっちはアラサーなのっ。


「ほう、言うじゃないか――所詮、三流の家門のくせに」


 冷水を浴びせるようなつめたい言葉に思わず目を向ければ、エリアスがこちらを見ていた。ソウビがぎゅっと唇を引き結ぶ。


「父上から学んだとはいえ――ソウビ、所詮お前は贋作ニセモノだ。真作オレにはなれない。まがい物風情が粋がるなよ?」


 何それ。

 何この言い方。

 何この上から目線。


 ふたりの関係性はよく知らない。設定ノートに何も書いていないけど、こんなふうに他者を蔑むようなエリアスを、私は知らないし、許せなかった。

 解釈違いにもほどがある。

 エリアスは馬鹿がつくほど真面目で熱くなると周囲が見えなくなるタイプだけど、幼馴染を傷つけるための激しい言葉を口にする子ではない。

 いかに、目の前にいる「エリアス・オーキッド」というキャラクターが、私が創り上げた人物像と異なっていても――何かの間違いだと、そう信じていた。

 いまの、いままでは。


「エリアス……おまえ、変わったよ」


 ソウビが拳を固く握りしめている。ちょうど私の位置からダチの顔は見えなかった。でもこちらに向けられた背中がすごく寂しそうで、私はなぜだか鼻の奥がつんと痛んだ。


「ハっ……貴様らのような洗練されていない品のない戦法が俺たちに通用するとは思わないことだ」

「ねえエリアス、これから大事な一戦なのだから落ち着いて?」

「す、すまない。つい気持ちが高ぶってしまった……俺の女神にようやく『頂点』を捧げることが出来ると思うとたまらなくてな」


 ルイーザが声をかけると、ぱっとエリアスの冷酷な顔つきが一変する。まるでかたく強張っていた花の蕾が春の訪れにほころぶように、柔らかな眼差しを彼女に向けている。


「ごめんなさい、エリアスも悪気があったわけではないの」

「……あは」


 いつもなら、そっかそっか、好きな女の子の前でかっこつけちゃったんだネ。で済ませるところなのだが、少々、頭に血が上っていたのは認める。


「つまり……悪気がなければ他人を侮辱していい、そーいう理屈なんですねえ」

「ローゼル、やめときな」


 ソウビはいまにも掴みかかる勢いだった私の前に腕をすっと出して通せんぼした。その優しい檻にしがみついたまま、エリアスを――そしてルイーザを睨みつけた。


「だって! ソウビを……私のパートナーを傷つけたんだよ――私は絶対に許さない。地べた這いつくばらせて命乞いさせてやるッ!」


 声を荒げた私からルイーザを庇うようにエリアスが前に出る。


「貴様、魔性花の女! ルイーザが怯えているだろう、その下賤な口を閉じろ」

「あんたこそ黙りな、こんなどこのどいつかわからんモブにいっつまでもデレデレしやがって! メイン攻略対象の自覚あんのかコラぁっ! パッケージから消すぞ!」


 シャツの袖をまくりあげて威嚇した私の首根っこを掴んでソウビがずるずる引きずる。やめて、話はまだ終わってないんだって。あと靴が変なふうに擦り減るからその雑な運び方はやめてっ、お姫様抱っこか海賊みたいな荷物運びにして! 乙女ゲームの様式美的に。


「意味不明なことを言ってないでさっさと準備するよ」

「すんません……」


 手早く打ち合わせを終えると、教師からの号令を待つ。


 グリーヴに「んじゃ、各チーム、結界内に入れー!」とだるそうに言われて私達はリングの中に入った。

 対峙したまま、闘技場の頭上に設置された時計の針がてっぺんを指すのを待つ。


「ローゼル」


 五、四、三……。


「俺の代わりに怒ってくれて、ありがと」


 ぼそりとつぶやいたソウビの声を掻き消すようにけたたましいベルが鳴り響き、実技科目「魔法戦闘」――初回演習の最終試合がスタートした。

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