23 勝利のために
私は昨晩、カデンツァの寮室に招かれたこととそこで聞いた話をソウビに打ち明けることにした。
最初は平然と聞いていたソウビだったが、性別詐称薬を飲んで男子寮に侵入したあたりで頭を抱え始めた。
「馬鹿とは思ってたけど、あんた正真正銘、まぎれもない馬鹿だ……」
「そっかな、照れちゃうな、えへへ」
ソウビの「馬鹿」は愛情表現、の刷り込みのせいで何を言われても褒められている気がしてしまう。だからいまのもべた褒めってわけですよ、わかりますかこの絶妙なニュアンス。
「大体、よくもあのマッドサイエンティストの部屋に立ち入る気になったよね」
「え、まあ、想像どおりの部屋だったよ。
資料集で見てたし背景でチェックしてたし。二次元から三次元になると、うわあ、感は増していたけれども。
「前のルームメイト、忘れ物を取りにカデンツァ先輩の部屋に行って、その後三日間ぐらい正気を失って保健室に入院だったって」
「……ひぇ」
その情報は、出来れば足を踏み入れる前に、知りたかったなあ。
とりあえず無事に生還できたことを感謝しよう。ありがとう、乙女ゲームの神様。いるのかわかんないけど。カフェテリアで調達してきたスコーンを頬張りながら雑に拝んだ。
「そもそも男子寮に入るっていうのが有り得ない!」
「おっしゃるとおりで……」
キモい、変態と悪し様にカデンツァを罵っていたが私の方こそアラサー女(精神)が男子寮に侵入、十代の男子と密室にいたとなれば大問題である。現実世界じゃなくてよかった、これは虚構です、フィクションです。そしてやましいことは一切何もございませんでした。
「……なんかあったらどうするつもりなんだよ、まったく」
低くつぶやいたソウビの声音は、ふいに湧き上がった歓声に掻き消された。
初夏の空中庭園は相変わらず
いかにもカップルという感じの男女がいちゃいちゃちゅっちゅしていたり、なかよさそうな男子生徒数人が草の上に転がってプロレスっぽいことをしたりしている。
「ねえ、ソウビ」
オブジェの影の芝生に腰を下ろしているのは日焼けを気にするソウビへの配慮だ。日向のベンチの方が断然座り心地がいいのだが、美少年のぷるぷる肌は死守しなければなるまい。草のちくちくする感じも慣れれば気持ちいい気がしなくもない。
「……私、どうしたらいいと思う?」
我ながらずるい質問だとは思った。
考えをひとに委ねるつもりはなくても、つい欲しがってしまう。道に迷って、動けなくなったとき――信頼しているひとの肯定が背中を押してくれるのを私は知っているから。
「勝つ――それだけでしょ。あんた諦めが悪いし、このまま引き下がるつもりだってないだろうからね」
「……でも、私、カデンツァ先輩と……パートナーに、なるのは」
喉のあたりで詰まってその先が出てこなかった。
いまの私では勝てない。
そりゃそうだ、当たり前だよ。だってまだ第一学年の一学期前半でゲームで言えば序盤、各種パラメーターもほぼ初期値からの変動がない。知力、魔力、体力(はなんかやたら運動神経いいんだけど)、創造力――何もかもが不足している。せめて翌年度なら、攻略対象との好感度や相性値が上がり切っているのなら、可能であるかもしれない。
ほぼ完成形に近いステータスを持ち、昨年度末の覇者であるカデンツァの提案に乗っかって、そのパートナーとして【
このゲームの正ヒロインである私が「
そんなことは、自分でもわかってるのだ。
「あんたの問題を俺に押し付けるな」
「ごもっともデス……」
私の方を見ることもなくソウビは言った。叱ってもらいたかったと思っていたからちょうどいい塩加減だ。でもぐさぐさ来ないこともない。
ルート分岐に来ているのだとしたら、自分で決めないといけない。
画面の外で、私に代わって選択肢を選んでくれるプレイヤーはいないのだ。
ソウビはうんざりしたように続けた。
「そんなのいちいち確認するまでもないってば。あんたのパートナーは俺なんだから――俺があんたを優勝させればいいんでしょ? 簡単なことじゃん」
「え………?」
一瞬、何を言われたのかわからなくて頭が真っ白になった。
「ぶちのめす。カデンツァが出場するなら、あいつも……もちろんエリアスとあのクソビッチも今度こそ全面的に叩き潰して吠えづらかかせてやる」
「そ、ソウビ……きゅん」
「わかったらそんな泣きべそかいてないで、安心して後ろで見てなよ。あんたの見せ場もないくらい、完璧に――……俺が優勝のトロフィー掴んでやるからさ」
顔面強者のきらっきらの眩しい笑顔を向けられてときめかないユーザーなんているか(いやいない)。最高の大接近スチルに私は眩暈がした。
そのどっから来てるのかわかんないほどの前向きと自信で大見得を切った
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