05 それでは二人組になってください。

 ペアを作りましょう――それはコミュニケーション能力が低い陰キャにとっては地獄のような指令である。学生時代のトラウマをこんな自分が作った乙女ゲームで追体験する羽目になるとは思わなかった。

 近頃ハマって見ていた連ドラでもこのワードが大嫌いという話題が出てきて「だよね~わかるわ」と頷いたばかりの身にはかなり堪える仕打ちに、私はがっくりとうなだれた。

 

 このゲーム「薔薇の誇り」において、魔法使いの喧嘩もとい優劣は殴り合いではなく魔法の掛け合いだ。


 先に魔力枯渇してノックアウト、物理的に身体が消滅して死亡のいずれかで決まる。もちろんその前に降参すれば勝ち負けは確定するので、大体そこでどちらが上か決まるのだ。

 もちろんそのような私闘は危険極まりないのでエリュシオン学院アカデメイアでも禁止されているが、この多感なお年頃の子供たちが集められれば「で、結局誰が一番えーの?」っていうのを決めたがらないわけがなかった。


 前置きが長くなったけどここからが本題。

 この学院には「魔法戦闘」というそのものずばりな授業が存在する。

 テニスのダブルスでいうところの前衛と後衛、二人組のチームプレイで補助役が攻撃役にバフをかけまくって、ドカーンと殴る(魔法で)。これが基本である。


 そのための、二人組。チーム戦である。


 大体、親しい子同士で(といっても学院に入学したばかりの身だけどね)なんとなく組むことが多いのが常だ。だが、そのうち勝つこと――つまりは強くなることを見据えるようになると圧倒的な強者にすり寄ってどうかひとつ一緒に組んでくださいとお願いすることになる。

 となれば主人公である私のところには、もう山のように志願者が来るはずだったが――このゲームはもう、私の知っている「薔薇の誇り」じゃないストーリーを歩み始めているのでそうはならないのは明らかだった。


「一緒に組もうよ~」

「そうだねえ」


 なんて和やかな雰囲気でペアを作っている者ももちろんいたのだが、同学年の生徒たちの多くは――魔法戦闘は必須科目なので、皆が受けている――たったひとりに突撃していた。


「プリムローズ様! どうか僕とペアを」

「いや俺と!」

「いいえルイーザ様はあたしとお願いしますっ!」


 なにしろ入試トップの学年主席、組めば勝ち確定で厳しいと有名な学院での成績「優」評定も夢じゃなくなる。

 学期末の四学年合同の【戦闘魔法競技会コロシアム】で良い成績を残せば、数々の特権が与えられる――それを狙っている者もいるだろう。彼女と組めば優勝だって……一攫千金、夢の年末宝くじ、金塊あるかもアメリカンドリームである。


「あほくさ」


 すぐ横にいたソウビがうんざりした表情で言った。


「あんたは行かなくていいの?」

「行かなーい。ぜっったいイヤに決まってるじゃん。だって、俺があの女の引き立て役になるってことだよ? 有り得ないんだけど! 俺より目立つやつって、まじで大っ嫌いなんだよねえ」


 教室の後ろから腕組みして、激しい憎悪の眼差しを向けている。

 同学年の男子生徒で、ルイーザにそんな態度を取っているのはソウビくらいだろう。なにしろ女子生徒だってワンチャンスに賭けて彼女に群がっているのだ。


「そうだよね、ソウビも十分優秀だもんね」

「そうそう……あんたみたいに分を弁えていればいいけどさっ、あいつらほんと馬鹿しかいない! エリアスもだけど」


 ぼそりと付け足した「エリアス」の名前におや、と思った矢先のことだった。ざわめいていたルイーザの周りがぴたっと静まり返った。

 白魚のような手がすっと挙げられると、取り巻きたちが号令でもかけられたように静かになったのだ――あの女、この学年の生徒どもを完全に飼い馴らしてやがる。きゃんきゃん騒ぐ仔犬たちを愛でるような慈愛の眼差しに、彼らはめいっぱい尻尾を振っていた。

 寵愛を求め、男女問わず殺到した志願者たちに、美貌の令嬢は困ったように眉を下げる。


「申し訳ありません……既に先約がございますの」

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