40 地獄の特訓、始めました。
「ぎゃああああああっ無理無理無理ぃこれはさすがに嫌すぎ!」
バトルフィールドに私の悲鳴がこだました。うるさ、とソウビは顔をしかめているがおまえはなんで大丈夫なんだよっ。
「これの何が嫌なわけ? ただの厚化粧、高血圧気味のオッサンじゃん」
「高血圧かどうかはわかんないでしょ⁉」
恐怖のあまり、わけのわからないところでキレてしまった。
まじのまじで勘弁してほしい。こんなの最悪すぎる。
カデンツァの発案により「自分が最も苦手とする/嫌いなもの」を見せる
こちらの弱点で動揺させる、という姑息な手を取る奴もいるかもしれない、みたいな想定らしいけど間違いない。でもそんなの建前でしかない。
カデンツァは、面白がって、いるだけだ。
いまだってびいびい悲鳴を上げ、涙目になりながら逃げまわる私を見て愉悦の表情を浮かべている。くっそ腹立つ。ただの嫌がらせじゃねえか、くそがっ。根がお上品なので罵倒の語彙が何もない、そんな私の清らかな心が恨めしい。
そんなこんなで、競技会仕様の練習なのでパートナーのソウビと組んでカデンツァ、リューガのペアと対戦してみることにしたのだが――もちろん前回優勝者なので普通に
だからこれは試合ではなく練習の組手みたいなもので「とりアエず、苦手なものを克服しヨウ」というカデンツァの発案で試合前に手鏡を渡された。
なんでも、姿を映した者の「嫌い、苦手、恐怖」を読み取るらしい。びくびくしながら覗き込んではみたのだが、プリティなローゼルの顔しか映っていない。
同じようにソウビも持たされたのだけれど奴は平然と前髪をセットしていた。心臓に毛でも生えてんのか。
「だからってこれはないでしょ⁉ いーやーぁー、こっち来るなぁ!」
とりあえず初回である今回は私の苦手なもの……ピエロ(ホラー映画産)がバトルフィールドに降り立った。
カラフルな衣装は返り血で赤く染まり、手には鉈を持っている。ずんぐりむっくりの巨体をのしのし動かしながら、イヒヒヒヒヒヒヒヒとけたたましい笑い声を上げていた。
ソウビのように「何が怖いわけ」って思われるかもしれないのでいちおう解説させていただきたい。
いやもうビジュアルからして怖いのよ。
不自然に白く塗りたくられた顔、子供の落書きみたいな☆とか♡とか涙のマークを目の周りにカラフルに描き、ぽってり分厚く真っ赤に塗られた唇は芋虫のよう。そして赤いもしゃもしゃのアフロヘア。
その異様な容貌に隠された殺戮の衝動が、歪んだ笑みから滲み出ている。
偏見です、認めます。全世界の道化師の皆さんごめんなさい。
私は幼少期に見た殺人ピエロの映画がトラウマで……さらに大人になってからは「実録!シリアルキラー」みたいなテレビ番組で見た特集で、姿に騙された子供にひどいことする再現映像を見てその恐怖が再燃したんです。再燃するのは推しへの愛情だけで結構です。
うわ、来るな、来るなぁ! けたけた笑いながら鉈を構えたデカいピエロが近づいて来る。ちっちゃいピエロの方がまだマシなのにぃ。
トラウマが刺激されてもう
「ひぃっ!」
動転しているあいだに、風を切る音と共に炎を纏った拳が突き出された。
「嬢ちゃん、支援役から潰すのが定石なんじゃから、もっと集中するんじゃよ」
咄嗟に後ろに跳んだおかげでかわせたが、リューガが私をつぶすために攻撃を仕掛けてきたようだった。
もうジャンル変わりすぎだからねっ。ヒロインに雑に殺意を向けてくるな、攻略対象! モフ耳が嬉しそうにぴくぴく動いていて可愛いけど可愛くないよこの男。
そんな私のようすを見て、カデンツァは、はぁはぁ呼吸を荒くしながら身もだえしていた。ソウビはソウビで、殺人ピエロとリューガの怒涛の攻撃から逃げ回る私を傍観である。だから助けろって、親友だろ私たちは。
自分で開発しておいてなんだけど言わせてほしい。
もうやだ、この乙女ゲーム。
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