33 ふたりめの指南役

「儂、いままで無敗じゃったのに……なにゆえわざわざライバルを鍛えにゃならんのじゃ?」


 もこもこしっぽを膨らませて拗ねたように唇を尖らせる。愛らしい以外の感情を呼び起こさない、この爺口調。

 リューガ・ハイドランジア、年齢不詳でぶりっ子、外見は筋肉質のがたいの良い成人男性。おまけにケモ耳族。要素を盛りすぎた自分が恥ずかしくなるほどのキャラクターだが、間近にいると目の保養としか言いようがありません。


「お、俺……リューガ先輩の、『魔法戦闘』を見たことがあって! ほんとにすごいって、憧れてるんです」

「ほう? 学院は生徒職員を除き、誰も立ち入ることが許されぬ絶対的な不可侵領域。どこぞで儂とうたかの? じゃが学期末の競技会は魔導ネットワークで外部に中継される……そこで観戦してくれたのかのう」


 うむ、と何もない空を見上げ、考え込む仕草を取った。

 ソウビ、ほんとにリューガのファンだったのか。推しに出会えた少年のきらきら具合が眩しすぎる。ふだん私に向けてくる蔑みと憐れみのこもった眼差しとは百度くらい温度差がありそうだ。


「いえ……あの、そ、そうですっ、年度末の試合はマジでかっこよかったです。魔法障壁を打ち破って――支援と攻撃役同時にK.Oノックアウトするなんて前代未聞だって、弟たちとはしゃいで観てました!」

「ほっほう、ちと照れくさいのう」


 お、リューガも褒められてまんざらでもないようすだ……いけ、チャンスだソウビ、もっと押せっ!


「だからといって儂の十年連続優勝記録がここで中断するのは口惜しいからのう。じゃけど、見込みのある若者は好きじゃからな――よし、儂とこのぼんとで競技会の勝ちを狙うか」

「ちょっと待ったぁー!」


 さすがに聞き捨てならなかった。

 十年もトロフィー得てるなら後進に譲る気持ちを持っていただいてもよろしいのでは――って私はひとのこと言えないか、老害扱いされてたもんね会社では。開発チームの他のメンバーより長くこの「乙女ゲーム部門」にいるってだけで、まだ二十代後半なのにさ。

 ていうかソウビ「それもいいかも」じゃないんだからね。【狂気の魔女クレイジー・ウィッチ】堕ちした私を助けてくれるってあの夕陽に向かって誓ったじゃない、そこんとこくれぐれも忘れないでねっ。モフ耳モフ尻尾がええのか、そんなにか。


「……あの、リューガさん、申し出は本当に、非常に嬉しくて、お荷物がなければ是が非でも応じたいところなんですが」

「おう、おぬしの気持ちは最初からわかっておったよ。嬢ちゃんとの相性も悪かないようじゃし、勝利への貪欲さがよう似ておる……すまなんだな、惑わせるようなことを言って」


 リューガは、私からソウビを取り上げる話を撤回してくれたようだ。とりあえず、ほっと一安心である。さりげなくソウビが私のこと「お荷物」扱いしたことも気づいていたけれど追及しないでおいてあげよう。


「そろそろ出場しない理由を作りたかったからのう、ちょうどいい機会じゃな」

「フフ、先輩ならそう言っテくれルと思ったヨ」


 先輩方が意味深な目配せをしている。なんだか嫌な予感。うきき、とマイケルが私を慰めるようにバナナを差し出した。バナナはもういいよありがとね。


「次の競技会には儂は不参加……その代わりにおまえらを指導すると表明するかのう。しごきにしごいて、おぬしらを学院アカデメイアの頂まで送り届けてやるわ、我がリューガ・ハイドランジアの名にかけて!」


 意気揚々とリューガが拳を突き上げ、カデンツァは音と光が激しく出る魔法弾を遊戯室に放ってにぎやかしをした。やる気になってくれたのはすごく有難いのだけどテンションが高いな、私、このノリについていけるだろうか。

 さぞソウビも喜んでいることだろう。


 ちらと視線を向ければ、唇を引き結んだままリューガを見つめていた。

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