32 交渉とこれから

「さァて、何をモラおうかナ?」

「のうウィス坊、儂に拒否権はないのかのう……」


 わくわくしているとすぐわかるカデンツァが、ぎらついた眼差しを私たちに向けている。あれ、ゲームのジャンル変わりました? 乙女ゲームじゃなくてホラーゲームでしたっけ? 開発者に無断で方針転換しないでほしいよ。

 リューガはこの状況に若干飽きてきたのか、耳穴を掻き掻きしていた。ああっ私が代わって掻いて差し上げたい……。

 ソウビはでれでれしていた私の両肩を掴むとをぐい、とカデンツァの方に押しやる。お、何々ナニナニスキンシップはいつだってお姉さんは歓迎していますよ。


「こいつが先輩の研究に全面的に協力するそうです」

「言ってないっ、言ってないよソウビくん! やだな、嫉妬かな? 大丈夫、本命はソウビくんひとりだけだからねっ」


 淡々と口にしたソウビに必死に縋ったが、ごみを見るようなまなざしを向けられてしまった。

 本当に申し訳ございません、と16歳の美少年に縋りつくアラサー。絵面的に無理すぎなのだが、ローゼル16歳の身体だから許されると思いたい。

 何よりカデンツァが揉み手しながら私を見ているのも非常に怖いのですが。


「大丈夫。無体なコトはしナイよ? ちょットちくットしたり、ヒリヒリしたり、気持ちヨクなっちゃったリするカモだけド?」

「それ完全にやばいやつですよね?」


 研究材料になって、実験されて気持ちよくなってしまったらもうローゼルの人生は終わりです。助けてください、と潤んだ瞳でリューガを見ると「冗談はほどほどにせい」と取りなしてくれた、ほっ……。


「本気といウことニしてモよかったンダケドねェ? 仕方がナイ。仕方がないカラ献血デいいヤ……ひよこチャンたち、それぞれから1滴ずツ毎朝もらうというコトで手ヲ打っテあげヨう」

「本当に、1滴でいいんですか?」

「ククっ、溜めればそれなりに使途つかいみちはアルからね。青少年のエキスがたァっぷリ詰まった血液は吸血種族からモ人気ガ高イんダァ……その他必須栄養素と混ぜて錠剤にしたものを得意先に売りつけたら……ムフフ、ガッチリだよ。研究費用が潤ってしまウ!」


 ソウビが嫌そうに顔をひきつらせているのを見て、ざまみろって思ってしまう私は大人げないのでしょうね。

 重々理解の上ですのでご指摘いただかなくても大丈夫です。200ccが1滴になったなら上出来だよね。ソウビを巻き込んだから不公平感もない。カデンツァにしてはいいジャッジだったと思います。


「カデンツァよ」

「ナニかな、リューガ先輩」


 交渉のようすを見守っていたリューガにカデンツァが声をかけた。


「こやつらの指南をしたい、というのはわかった……ということはおぬしは学期末の大会に出場せんのか?」

「うン。悪いね、リューガ先輩――せっかク、前回大会でハ、ペアを組んデ優勝しタのニ」


 前回大会の優勝者はカデンツァ・ウィステリアだ、とは既に情報として入手している。最優秀生徒の称号である【輝ける恒星リュケーレ】を得たことにより、さらに学院側に無理を通して怪しげな研究に没頭しているようだ。


 が、あの変人カデンツァのパートナーになったのはどんな奇人だろうと思っていたらリューガだったとは……この仲良さげな雰囲気からして納得ではある。


 ただリューガが【輝ける恒星リュケーレ】であることは私も存じていた。


 ゲーム序盤、攻略対象の中で【輝ける恒星リュケーレ】の称号を唯一保有しているのがリューガだけなのだ。カデンツァがただの問題児じゃなくて学院が認める優等生だった――その話に、私はいまも表情には出さないが驚き続けている。

 だって知らないもん、そんな設定……モブルートにいるから「もしもイフ」が湧いて出たのかな?

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