56 悪役令嬢との対決

 さて私はいまどこにいるのかというと、株式会社OJIROの社屋の中だった。


 え、なんでって?

 い、いやあなんか懐かしくなっちゃってさあ……。さっきエリアスがしたのと逆で地上からルイーザのいる屋上まで飛び上がることだって出来てしまうのだけれど、興味本位で裏口から社屋に入ってしまったのだ。


 当たり前だけど中は無人である。


 エレベーターが動いてないから階段をのぼるしかないのが辛いところ。でも私は昼休みに運動と称して、わが社の階段を上り下りしたことがある。しんどかったから一日でやめたけどね。

 せっかくの昼休みに自分を虐めてどーすんだよ。休ませて労わってあげな。


 話がずれたけど、ぜえぜえ息を弾ませながら私は七階まで上ることに成功した。ローゼルは若いし元気だけど普通にしんどくない? まあ最近、筋トレサボり気味だったもんなあ。


「おお、ついた……『スカーレット・ブルーム』だぁ」


 パーテーションで区切られた一部署、ではあるけれどちゃんと乙女ゲーム部門として成立している。私のデスクの上も変わらず資料や書類がずうんと積みあがっている。そりゃそうか、私の頭の中にある風景なんだもんね。

 道理であんまり行ったことのない階が抽象画みたいにもやもやしてたわけだ。勤続十年近くなろうとも、知らないところは知らない。


「さてさて……」


 私はぐちゃぐちゃのデスクをさらに散らかしながら、あるものを探した。おまえは本当に机が汚いな、と上司からも呆れられた私のデスクである。そう簡単に目当てのものが見つかりはしない。

 ひょっとしたらいつか必要になるかもしれないとクリアファイルに雑に突っ込んだ明らかに不要なペーパーを次から次へと床に捨てていたときだった。


「何をなさっておいでですか」

「ああうん、ええっとねえ。せっかくだから『薔薇の誇り』の資料でも読んで今後の生き残り戦略に向けて作戦を……って、うわぁ!」


 ルイーザ・プリムローズ様が背後に立っていらした。いえ違うんです、その、私はあなたとの運命の対決から逃げていたというわけではなくてですね、むしろ逆で。

 原作チートならぬ開発者チートするために頭の隅っこに忘れ去られた美味しい設定などないか調べたかっただけで……うわ最悪な大人だな。


「ごめん! しびれを切らして降りてきてくれたんだよねっ。ひとまずり合う?」

「……………」


 可愛らしい女子相手にあまりにも物騒すぎる提案をしてしまった……。


 女子生徒ってだけではなく相手はご令嬢、悪役令嬢様だっていうのに、不敬が過ぎるのではなかろうか。

 お行儀がなっていないと取り巻きにいじめられてしまうのでは? まあこのバトルフィールドに取り巻きはエリアスひとりしかいないんですけど。


 ソウビが合流してこないってことはまだ戦闘が続いているということだろう。

 私は相棒が――ズッ友が勝つって信じてるからね。


「この建物の中のようすは、誰からも見ることは出来ません。私達の話を聞くこともかなわない――そのように防護魔法を展開しました」

「……え」


 つまりこういうこと? 

 ここで……あの、もし悪役令嬢様が私に明確な殺意を向けてきてめった刺しにされるなどした場合、私は完全に誰にも見咎められることなくお陀仏ってこと? 


 もしかして私、絶体絶命のピンチなのでは……。

 ねえお願いだからこのフィールドに最初から展開されてる回復魔法は生きてるって言ってよ!

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