12 第一次「魔法戦闘」演習、開始。

 実技科目「魔法戦闘」初の、対人演習の日がやってきた。


 私たちほど練習した生徒はほとんどいないようで、どんな感じだろ、といかにも初心者っぽくクラスメイト達がドキドキしている気配が伝わってくる。そうなんだよね、初回から勝ちに行く必要はないよね、普通なら。


「ぜっっったい、にっ! 勝つからね……!」

「うわ出たっ、負けず嫌い……」


 わっくわくするなあ。

 やる気満々のソウビを見ているとこっちも元気になってしまうよね。やる気の「や」がだという気がしなくもないけど、燃え上がれ青少年。私は応援しているぞぉ。


「ところであんたは何他人ひと事みたいな顔してるわけ」

「あは。現実逃避、かな……」


 上級生との練習を繰り返して経験も積んだから勝算はある――けど。ゲームのシステム上、そう簡単には勝たせてもらえないような気もする。だって序盤も序盤、ジョバンニだよ。

 でも、これあのですね、いちおう乙女ゲームなわけだからさ……戦闘グラフィックとかもそんなRPGみたいに気を遣ってはいないわけよ。よくあるターン制バトルなんですよね、ユーザーは。


「そうは言うても中身こっちは生身なんだよなあ! 次は俺のターン! ドロー! ってわけにはいかないんですよっ!」


 実際「魔法戦闘」してみてわかったこと。

 攻撃当たれば痛い(当たり前だよ)。

 燃えれば熱いし凍れば寒い――いずれにしても魔法戦闘って要するにめちゃ痛いの積み重ねなわけですよ。とはいえね、びびって日和でもすれば、ソウビたんのご機嫌を損ねることは明らかだった。


 私の、美少年の、ダチ! 


 モブとはいえど貴重すぎるこの存在を私は失うわけにはいかんのですよ。おわかりいただけますか――と、どこにいるとも知れない誰かに呼びかけてみたが、当然ながら返事はなかった。


 とりあえず形から入るかと屈伸などしていたところで、わあっと歓声が上がった。もちろんその中心にいるのは、この授業の中心人物ふたりである。


「ルイーザさまっ、頑張ってください!」

「ええ、いい勝負をしましょうね」

「うう。エリオスくんとり合うの絶対だな……」

「――演習の前から戦意喪失している人間に俺は絶対に負けない」


 天才児はキャラクター設定の通り、とことんクールであった――気軽に話しかけたクラスメイトが気の毒なほどに委縮している。

 そこですかさずルイーザがそのクラスメイトに「エリアスがごめんなさい、悪気はないの」と取りなしていた。その風格たるや、完全に正妻の立ち居振る舞いである。こっわ……。でも、批判材料が何ひとつないから、ただの僻みになっちゃうのだよ。はは。


「一学年のガキども、そこに整列!」


 実技科目「魔法戦闘」担当教員であるグリーヴ・ダンデライオンが凄味のある声で言った。グリーヴはモブではなくネームドのキャラクターで、人気さえ出れば攻略対象に格上げされる見込みだった。

 金髪のぼさぼさ頭をかったるそうに搔き上げ、ふあ、と大口を開けて欠伸をした。隻眼で、黒ずくめで裾がひらひらはためくアシンメトリー、ゴス風の魔法兵装というフェチが詰まった二十代後半の大人枠である。

 

「つーわけで、初回の演習なんざお遊戯も同然だ。怪我しない程度にほどほどにやれ……まあ、万が一が起きないように治癒結界、防御結界があるわけだが。実際の戦闘ではそうはいかん――俺を見ろよ、目玉吹っ飛んでんだぜ」


 グリーヴは自分の右目の眼帯を指さしてにっかりと笑った。冗談のつもりかもしれないが、入学して間もない新入生は明らかにびびっていた。もちろん私もびびっている。実際の戦闘とやらに巻き込まれる機会がありませんように、と願うばかりだ。


 そんな目に遭う前にベストエンド達成、ゲームクリア、からの脱出をしてみせるぞ、私は。


「おお、ベネット。やる気十分って感じだな? じゃあ初戦はベネット、ラスターシャ組っつうことで。相手はそうだな、お前でいいや」


 ひそかにえいえいおーの拳を突き上げた私の次に、目が合った男子生徒を指名してペアと一緒に立たせた。呆れた眼差しを向けるソウビにごめん、と謝っておく。いいじゃん、ポジティブに考えてこ! 初戦なんてみんなの注目の的だよ⁉


 相手の男子生徒ふたりはといえば黄色のネクタイのデセルトム寮――能力一点集中型の生徒が割り当てられている。ということは彼らにも何か特技があるのだろう。


「いいかー、わかりやすくトーナメント方式でやる。勝ったやつが二回戦、三回戦と進んで最終的に一番えーやつ決めるってことだな。二時間ブチ抜きで授業時間は取ってあるから、講評込みで全試合終わるだろ」


 耳に小指突っ込んでほじりながらグリーヴが言った。両チーム、結界の中に入れ、とグリーヴが指示する。


「さあてと、おまえさんたちのことは上級生から聞いてっからなぁ。いっちょぶちかましてこいや!」


 私たちに意味ありげな視線を向けたグリーヴに、ソウビは舌打ちした。こらソウビくんっ、お行儀!


 重ね掛けされた治癒結界と防除結界によって、内部で魔法戦闘行為に勤しむ生徒の安全と、外部で観戦する生徒の安全を確保している。

 これは支援魔術の応用だそうだけれど、新入生の私たちは理屈を学ぶところからスタートなので、真似しようとしてもコードを編むことは出来なかろう。


 本日の演習の舞台も練習ルームと同じ「闘技場」形式のバトルフィールドだった。リングアウトとノックアウト、ペアのどちらか一方のテンカウントで敗北。

 今回は演習の特別ルールで一人倒れたら負け、となっているが学期末の競技会では二人とも倒れたら負け、である。

 本来、実技科目「魔法戦闘」は強大な敵に遭遇したとしても何とか生き残るための授業だ。どちらか一方が犠牲となり、片方を生かすという非情な決断も必要だからだろう。


「ドジ踏まないでよ、ローゼル」

「そっちこそ」


 いつになく真剣な表情、かつ名前呼びにドキリとしながらも私は対戦相手を見据えた。若干ぽっちゃり気味……肥満体型の少年と、ひょろ長い針金みたいなやせぎすの少年のコンビだ。どちらも不健康に見えるので、足して二で割るとちょうど良さそう。


「い、いくぞ……」


 パートナーと頷き合って、針金くんの方が何やら呪文コードを読んでぽっちゃりくんを球体の中に入れた。


「……何だろ、あれ」

「ローゼル!」


 いきなり球体(ぽっちゃりくんがinしてる)がごろんごろん猛スピードで私目掛けて突っ込んで来た。


 うわお、すごい轟音。


 急加速しているうちに形状も変化していた。黒い棘のついた鉄球みたいに見える。

 あれに当たったらめっちゃくちゃ痛いだろうなあ。結界魔法で即時治癒してもらえるとはいえ、激しい痛みは身体に残る。

 死んだら痛いじゃ済まないっていうのを未熟な生徒に叩き込む場――それが実技科目「魔法戦闘」なのだ。


「あちゃー、こりゃ詰んじゃったかもだ。ソウビごめんねえ、あとはよろしくだよ」

「はあ……ばぁか、勝手にほざいてな」


 さっとローゼルからソウビが離れる。

 パートナーを見捨てた⁉ と観客ギャラリー生徒がざわめいた。


 こっちは動揺させてもらう暇もなく、魔法によって強化された鉄球が眼前に迫っている。

 成程、さすがは才能特化型――パートナーを鉄球というバカでかい武器に変えるという発想とその構築魔法技術がいかにもデセルトム寮生って感じだ。


「だけどねえ……もっとすごいのとも対戦しちゃったから、そこまで目新しさはないかなっ」


 攻撃役はソウビ――補助魔法を仕掛けるのが落ちこぼれのローゼル。みんなの認識はそのとおりで、実際の関係もおおむね変わらない。でもね――。


「対象は私ローゼル・ベネット――身体強化バフ×2、右脚全体っ!」


 巨大な鉄球目掛けて、身体をひねりながらまず足の甲で打ちあげる。

 宙に浮きあがった球体に向かって、続けざまにジャンプした。


「サポーターが物理に弱いと思ったら大間違いだぞおっ♪ 弱い方を狙うなんて卑怯なお子ちゃまにはお仕置きしないとね」


 そおれ、の掛け声とともにさながらサッカーの要領で蹴り上げる。じん、と足が痺れはしたけれど強化を十分にかけていたので痛みはない。


「へいっ、ソウビくん、パース!」

「はいはい、シュートは俺ってことね」


 身体強化を自力で終えていたソウビが飛んで来た鉄球の勢いをそのままに、鉄球へ鋭い蹴りをかました。

 猛烈なスピードでぶっ飛んでいく鉄球のゴールはといえば――もちろん。


「ぎゃああああああ!」


 闘技場の隅っこに立っていた針金くんだった。


「勝者――ベネット、ラスターシャ組。ご苦労さん」


 どよめきの中、バトルフィールドから出るとエリアスとばちっと目が合った……がすぐに逸らされてしまった。

 よかったね、ソウビ。意識してもらえてるじゃん。

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