08 これが……メイン攻略対象、とやらの実力か。

 結局、ルイーザに感じている「嘘っぽさ」とやらが何なのか、ソウビからは聞けていなかった。


 ソウビ自身も言葉にするのが難しいのか、尋ねてみても「なんとなく」とか「胡散臭いじゃん」とか、他人からすればこいつ妬いているだけでは――と思われてしまいそうだ。


 ただ、私自身あの「ルイーザ・プリムローズ」という少女が得体の知れない存在だとは考えている。


 いい子なのは事実だ。このゲームの世界観でいうところの家柄――魔法使いの名門エリートの家系の出というアピールポイントもある。


 上の空で考え事をして歩いていた放課後。

 気づいたら、知らないうちに見知らぬ場所にたどり着いていた。やっちまったぜ。


 エリュシオン魔法学院アカデメイアは山の中にあるのだが、とてもそうとは思えない空間設計がなされている。


 高山なのに酸素が薄くないのは、張り巡らされた結界魔法のおかげなのだろうか。野球のドーム数個分の平地が、校舎や学生寮などの必要設備をおいても余りあるほどに確保されていた。


 ほんとにどういう理屈なのか……私は設定を考えるだけだが、著名な魔法建築士の英智と最新技術を駆使して常に最高の学習環境を整え、構築しているのだ――と教師がまじめに話していた。

 私やソウビ、ついでにルイーザとエリアスとも同じAクラスには、学院の建物をスケッチしたり構造を調べたりして将来の夢に向かって頑張っている子もいる。若いのに将来の夢が定まっていてすごいなー、と他人事のように思っていた。


 さておき、私は迷子真っ最中なのである。ねえここどこだよおい。


 こんなことなら、勤勉なクラスメイトから自作の地図でももらっておくんだった。E-フォンを起動して、地図アプリを起動したがもやがかかっていて現在地すら見えない。座標が生徒にも悟られないようにジャマー系呪文が掛けられているだろうか。

 なーんて、発想に至るあたり私も魔法使いの世界観に慣れてきていた。まあ、私このゲームのディレクターだもんね。


 ちょっとソウビ、パートナーの主人公ちゃんがお困りでしてよ? お助けモブキャラのおこりんぼくんでしょ⁉ なんて、他力本願で探索を進めていたときだった。


 ざあ、と一陣の風が吹いた。

 大樹を揺らし、満開の薄紅の花が舞い散り、乱舞する。


 一面の芝生の中にぽつんと一本の樹が根を張り異様なまでの存在感を放っていた。あまりの美しさに私は思わず駆け寄る。


「桜だあ……この世界にも、桜ってあるんだっけ?」


 落ちてくる花びらを掴もうとぴょんぴょん飛び跳ねていると、背後からくそデカため息が聞こえた。


「……退いてくれないか? そこに突っ立っていられると邪魔なんだが」

「あ」


 エリアスだ――メインキャラ、ゲームのパッケージのセンター、キャラクター紹介で一番最初に名前が挙がる子。遠目から見ることはあっても、数歩ほどの距離感で見ることはなかった。


「あああああああああああっ!」

「っ⁉」


 いきなり奇声を上げた私に、エリアスはたじろいだ。

 そうだこの桜の樹――約束の大樹は、エリアスとローゼルが初めて会話をする場所だ。くさくさしていたせいでこのイベントが発生条件を忘れていた。


 ローゼルが、ひとりで、学院を、散策している(入学式~1学期前半)。


「ああああのっ、ごめんなさいっ、邪魔をしてしまって。この桜の花を採取して魔法薬学の実験に使うつもりだったんですよね! すぐ退きます!」

「わかったならいい……いや、待った。そこのお前」


 びくっと心臓が跳ね上がる。そろそろと脱出しようと試みた私をエリアスが呼び止めた。

 エリアスの声は、メインキャラにふさわしく、わが社の乙女ゲームならこの方! という超がつくほどベテランのスイートボイス声優さんが担当している。五十路だというのに少年声がぴったり合ってしまう、すごいお方だった。


「ひょえ……」

「何故分かった」

「へ……?」


 至近距離でこれはさすがにお耳がぞわぞわする――と気もそぞろだったので、エリアスの質問の意図に気付くのが遅れた。


「俺がこの花びらを集めていた目的だ」

「あー……それは、ですねえ」


 ストーリーが進行して好感度が上がると使途をエリアス本人が教えてくれるのだが、先回りしすぎてしまった。


「まさかお前も……この東国の魔性花の薬効に気付いていたのか⁉」

「えぇっ、まさか! そ、そんなわけありませんよ~♪ 私は落ちこぼれ田舎娘のローゼル・ベネットですよっ、評定平均C+ですからっ」


 自分でも演技が下手すぎるとわかる出来のセリフだった。私ってば何をやらかしているんだ……さすがに落ち込むわ。ていうかこの桜って「魔性花」って呼ばれているのか。まあそんなのはどうだっていいんだけど。


「ローゼル……知らない名前だが、お前も一学年だな? 制服の色からしてネーベル寮生か。どうして俺のことを知っている」

「ゆ、有名じゃないですか! エリアス様は入学試験トップ……じゃなかった、次席合格の超がつくほどのエリート、グラッツ寮の期待の新星ですからっ」


 とりあえず有望株にはゴマを擦っておく――思わず主人公らしからぬ行動しかとれなかった自分が恥ずかしい。ほんとに、嫌な大人になったもんだ。

 するとエリアスの表情が険しくなった。え、やば、地雷踏んだ? どれ? どれが失言だったの⁉ 最近の若い子難しい!


「貴様……一学年のトップは、俺じゃない! ルイーザだ」

「そ、ソウデスネ……」

「俺はいままで生きてきてルイーザほどの才能あふれる魔法使いを見たことがない。この学院を首席で卒業した兄たちよりも、ずっとはるかに優れているっ!」

「それに、あんなに美人です、し……ね?」


 話を合わせようとしたら、ぎろりとエリアスに睨まれた。


「ハッ、貴様もルイーザの見た目しか目に入らない愚物のひとりということか! 彼女は繊細で目立つのが苦手だというのに……あの可憐な容姿で愛されないわけがない宿命さだめを背負っている悲しき乙女だというのに、見た目だけではなく内面を見てほしいと彼女はずっと心で叫んでいるのだ!」


 なにこいつ。強火のルイーザ担当か? めんどくさ……。

 それにしても出会っておよそ一か月でここまで堅物優等生天才児、エリアス・オーキッドの氷結した心を溶かすとは……常夏の国のプリンセスか何かでしょうか、あの子は。

 なんか怖いから関わるのやめよ。攻略対象キャラクターって他にもいるし、ね。


「で、では~、お邪魔して申し訳ありませんでしたっ、失礼します!」


 エリアスに背を向けると、私はびゅっと駆け足でこの場を離れた。

 なにしろ若いからダッシュできる。息切れもしない! 田舎育ちで健脚、元気いっぱい主人公の身体っていいね!

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