1月 成人の日

 その日の怪は簪を引き抜く怪だった。普段ならそんなに慌てはしないが、今日はちょっぱやで捕まえなくてはならない。

「式間に合うかなー?」

 青日は辺りを見渡しながらぼやく。日曜日だけどお散歩したい気分だった青日が着いてきてくれたよかったと、その隣で情報を確認していた睦千が、ちょっとやばいね、と言った。

「もう時間がない」

 睦千は大きなため息を吐く。ちゃらり、と編み込んだ髪に挿した簪が揺れる。あわよくばこいつに釣られてこないか、と家を出る前にバタバタと探したものだ。時間がなかったから編み込みは乱れているし、崩れて落ちてきた髪が邪魔だ。

「どーでもいいけど、その簪、似合ってんね」

 青日が飽きたように、睦千の簪を見て言う。

「天加からもらった。髪伸ばしてないから、もうつけないと思っていたけど」

 白梅の枝のようなデザインは品があり、凛々しく、睦千らしいデザインだ。長く使えそうなそれは、つけないと言っていた割に手入れをしていたのか、曇りもなく輝いている。

「良いじゃん、たまにはつければいいじゃん」

「まあこれはおいておいて。移動するよ」

「はーい。目撃情報あったの?」

「いいや、待ち伏せ」

「なんか分かった?」

「よく考えてみれば、の話。成人式の会場に行く」

「……あ! そっか、ターゲットがたくさん」

「そう。よく考えれば、ね。ボクも慌てていたのかも」

「いいよ、行ってみよ」

 2人は会場の八龍ホールへ向かう。役場の隣だ、ここから近い。道には振袖や袴、背伸びしたスーツ姿の若者が歩いている。華やか、まさに晴れの日。

「おれたちってなんで成人式行かなかったんだっけ?」

「日曜日だったから」

「……ごめん、ぼーっとしてた、そうだよね、日曜日だから……」

「ボクもあんまり行く気がなかったからいいよ。ほら、完璧に着飾ったボクなんて、囲まれて身動き取れなくなるし。写真は天加たちに言われて撮ったし」

「アレすごかったよねー、ばっちばちに決めたドレススーツ」

 2人が二十歳になった時、支配人と睦千パパに写真くらい撮ろうじゃないか、ほら青日も一緒に、と誘われて2人で写真館でバリバリに格好つけて撮った。睦千は華やかで真っ白いドレススーツに、青日は爽やかなブルーのスーツ、気分はファッション雑誌の表紙、世界よ平伏せよ、そんな万能感溢れる写真だったし、噂によれば睦千の顔ファンの中で高値で取引されているだとか。

「我ながらいい出来だったし、青日も最高に決まっていたよ……あ、あれじゃない?」

 だらだらと話しながら、しかし足早に雑踏を歩いていると、頭上に光る怪、持ってんな簪。

「よし、ちゃちゃっとやっちゃお」

 睦千がにんまり笑う。ばちばちに決めている睦千でもいいけど、やっぱりいつもの睦千で十分かな、と青日はがんばれーと呑気に歓声を上げた。これ捕まえて、簪をおめでとうって言いながら返して、ケーキでも食べに行こう、ハレの日を言い訳にして。

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