2月 アフター・バレンタイン

 睦千にとってバレンタインデーは気の抜けない一日である。顔だけで恋に落とす達人の睦千に、チョコは貰わないと公言しているのにも関わらず、毎年トライしてくる猛者がいる。それを右へ左へのらりくらり、受け流し逃げ回る。街にとって恋のイベントは須く面倒臭い。

「知り合いからもらうのはいいんだけど、前助けてもらったお礼とかでもらうのはさー、怖いよねぇ」

「なんで?」

「なんか、やばいの入ってそう……昔、そんなチョコもらってからトラウマなんだよねぇ」

 睦千は顔を顰めて、青日か作ったガトーショコラを頬張った。

「でも、ボク、バレンタインは嫌いじゃないんだよ」

「そうだよね」

 青日がガトーショコラやクッキーを焼くの睦千も手伝っていた。睦千が渡すとちょっとゴタゴタするが、青日が渡せば普通の景色である。睦千も手伝ったから、睦千からのチョコでもあるのだ、そんな公式見解。

「渡すのも楽しいけど、やっぱり15日だよね。ちょっと良いチョコがお安く手に入る」

「まだチョコ食べるの?」

「ボクにとってバレンタインデーは15日」

 睦千の頭の中ではあの店とこの店と、マップを展開している。

「じゃあ、もうガトーショコラ、いらない?」

「食べるよ、ハニー。ハニーの手作りだもの」「ダーリンのために作ったものね」

「ハニーは天才だね」

「お返しは十倍でいいよ」

「待って、それは欲張りじゃない?」

「普通だよー」

 青日はケラケラと笑う。ガトーショコラの十倍、なんだろう。ホールケーキとマカロンタワーかしら?

「ま、お返しはおいおいかな」

「期待してるね、ダーリン」

「首洗って待ってな、ハニー」

 きゃー、こわーい、と青日はやっぱりケラケラ笑った。

「でもさー気になるんだけど、チョコ最高で何個貰ったの?」

「何個だろ……十六歳くらいが一番もらった気がする。既製品ならって受け取っていたけど、変なおまじないに引っかかって、三日くらい別世界飛んで以来、断るようにしているし……」

「なにそれ、初めてきいたんだけど」

「惚れないと出られませんみたいな部屋に閉じ込められて、必死の説得した。あの時はやばかったね。最終的に、ボクがいかに恋人に向いていないか納得の上、おまじないの破棄で脱出、みたいな」

「睦千なんて顔だけなのに……」

「そう、ボクなんて顔だけなのに……」

 しょげ、と幼気な顔で青日を見ると、やっぱり青日はゲラゲラ笑った。やっぱり飲ませすぎたかな、と睦千はテーブルの片隅に置かれた空のワインボトルを見て、内心舌を出した。

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