第6話 路地裏のどざえもん

【5月3日 路地で死体を発見した直後】

「……電波入っているや、良かったー」

 青日は警察に電話を掛け、睦千にも電話を掛けた。

「死体の第一発見者になったから、帰るの遅くなるね」

『……犯人?』

「俺じゃないよ! 知らない人、多分」

 青日は人の顔を覚えるのがあまり得意ではないから、確証が持てなかった。

『多分って何? 怖いなあ……まあ、気を付けて』

 ぶちっと通話が切られる。多分、猫は探さずに、本部に行って報告書作って帰るんだろうなと予想する。それに、あの猫はどうにも家に帰りたくないようだ、捕まえたところでまた逃げるに決まっている。なら、このまま青日が探さなくても問題はない。

 そうしているうちに警察がやってきて、現場検証が始まった。青日は警察に事の次第を伝え、その他簡単な聴取を受けて、夕刻、帰宅した。

「おかえり」

 部屋着に着替えた睦千が魚の下処理をしながら出迎えた。

「ただいま! あーごめん、晩御飯の準備やってもらっちゃって!」

「いいよ、食べたかったのはボクだし。このままやっちゃう」

「いいの、ありがとう!」

「いいよ。災難だったろうし」

「まあねー。ちょっと現実味がなかったよ」

「ま、普通は経験しないような事だし」

「ああ、でも、福薬會案件みたいだよ」

「おっと?」

 事件が起こった際、警察に福薬會呪方が同行し、怪の気配がないか確認する。本日も同行した呪方が、あーいたな、怪、と言ったのを青日は聞き逃さなかった。

「でも、こういう推理小説みたいな事件は科捜派が担当するし、すぐに解決するんじゃない」

「そうだろうけど、でも、久々に物騒な事件」

「ねー最近平和だったのに」

 睦千が白身魚に片栗粉をまぶす。それを見ながら、青日はふと思い出す。

「ケーキ屋寄るの、忘れた……」

「……どうしたの、ケーキ食べたかった?」

 睦千はくすくすと笑いながら問う。気を張っていない柔らかい表情だ。

「睦千に猫探しのお詫びをしようと思ってさ。睦千、猫嫌いだったのかなーって、だから猫探し、反対だったのかもって」

「……思考が飛躍しているね」

「……もしかして猫嫌いじゃない?」

「特別な感情は抱いていない。でも……」

「でも?」

「あの猫、あそこじゃなくて、自分で、好きなように外で生きたいんじゃないかなって思って」

「……それは昔ふらふらしていた経験から」

「まあ……そう……うん、そうね。ボクの経験から……猫にも適応されるか知らないけど」

「きっと、そうだよ。うん、やっぱり、おれ、ケーキ買って来る」

「ん?」

「あの白猫の門出をお祝いしよう!」

 青日はもう一度靴を履いて、ドアを開けた。背中の方から、ボク、チーズケーキがいい! と睦千のリクエストが聞こえ、返事をしながらドアを閉めた。

 歩きながら考える。睦千とあの白猫についてだ。昔の睦千は家に帰りたがらない子供だったらしい。その理由をボクが普通じゃないから、とか言っていた。睦千の言うところの普通は、誰でも分かりやすい幸福を最大限受け取れる事だろう。例えば両親からの愛情、好ましい人からの恋情、友人からの信頼、それを手放しで喜べない事を睦千自身は自虐しながら、苦しんで藻掻いて、1人でこの街を歩き続けた。でも、いいじゃない、好きに生きたって。おれの人生のテーマで、今の睦千の人生の目標だ、何かとそういうのを語る君達、そういうの好きでしょ、ハイこの話は終わり。

 どこかで猫がにゃんと鳴いた気がする。あの猫も己の人生の初日、もう早速夕ご飯に困っているだろうか、でもあれは人に媚びて餌をねだるくらいはやり遂げるだろう、人間の脳味噌入っているの? ってくらい賢かったし。そうだ、ケーキはいちごのショートケーキにしよう。猫を思い出していたら、ホイップクリームが食べたくなった。



【5月9日 曇りのち雨 本日のトピック:ゴクゴクジュース半額デー】

 猫が見つからない事を散々嘆かれ、報告書を作ったり青日が日曜特有の憂鬱モードになったりして、数日後。二人は奈子に呼び出され、本部のミーティングルームへ来ていた。

「先日、青日さんが路地で女性の遺体を発見されましたよね」

 奈子は座るなり、話を始める。少々、緊張しているようだった。

「あー、うん。見つけた」

 そして奈子がいくつか資料を差し出す。

「そちらの女性の身元が判明しました、小池真優こいけまゆさんです」

「……小池真優って、あの小池真優?」

 睦千が信じられないと言うように繰り返す。

「はい。お二人が担当された、連続女性失踪事件の行方不明者、小池真優さんです」

 睦千と青日は、先程までの軽口を叩いていた口を一文字にきつく締めた。連続女性失踪事件は、2人が組んで最初の事件であり、終ぞ解決ができなかった事件であり、2人が無能組と呼ばれる由縁である。

「以前担当された事件でもあるので、おふたりに引き続きお願いしたいのですが」

「やる。青日もいいよね」

「当たり前」

 奈子は安心したように、詳細を説明し始める。

「発見されたのは小池真優さん。2年前に行方不明になっていた女性です。死因は溺死。お亡くなりになってから、それほど時間が経っていないようです。勿論、怪の気配は残っています」

「最近まで生きていたのか、それとも、怪の力か……他の被害者は?」

「まだ見つかっていません」

 それから、奈子が口ごもりながら告げる。

「実は、新たに、二人、女性が行方不明になっています」

 睦千が奈子を睨むように、視線を険しくした。奈子はそれに臆せず話す。

「それぞれ、4月13日、5月2日に行方不明となっています」

「5月2日ぁ? 最近じゃん!」

 青日が驚いたように、悔しがるように声を上げた。

「はい、この2件と以前の事件の関連性は分かりませんが、タイミングが……」

「そうね、可能性はある」

 幾分か視線を和らげた睦千が口元で指を緩く絡ませる。例の睦千の考える癖だ。

「失踪場所は?」

「やはり不明です。小池真優さんが見つかったので、それと同様の気配を探してもらう事になります。以前担当された方、お亡くなりになったので……」

「そうだよね、あのじいさん、去年死んだし……」

「今年で100歳だったんだよね、惜しい」

 なぜか悔しそうな青日の隣で、睦千は手を下ろし、奈子に尋ねる。

「気配探してくれるのは誰?」

「萩和尚に頼んでいます」

「やったね、ラッキー」

「睦千、萩和尚の評価、何気に高いよね」

「浄化能力も怪の気配察知も正確で早い」

「それは同意」

「この後、現場に行くからそこで合流して、関係がありそうなところに行く」

「分かりました。萩和尚にもお伝えします」

「ありがとう」

 睦千は奈子に礼を言うと資料を見た。顔写真がこちらをじっと見ていた。睦千は今度こそ、と掌に爪を立てた。




〈第3被害者〉

名前:小池真優

奇怪病:なし

年齢:20

生年月日:20××年4月10日

住所:巨匠館13号館303号室

職業:六花地区石水下七番 スナックキャロル従業員

失踪日:20××年2月27日

目撃情報:27日23時、体調不良のため早退

補足:恋人は巨匠館13号館303号室、武田聡たけださとし


 遺体が見つかったのは84号館横の路地である。78号館から86号館までが立ち並ぶこの地区は、建物同士を繋ぐ通路や橋やらが頭上を交差しているため、昼間でも薄暗く人通りも少ない。そもそもこの辺りの部屋を借りている人も少ない。

「見つかりにくいね」

 頭上の足音に耳を澄ませながら呟き、睦千は現場写真と目の前の現場とを見比べ、青日は熱心に周囲を見渡し、やっぱり見つかりにくいよね、と呟いた。住民は、遺体があった整備されていない土の道より上の新しい通路を使うから人通りが特に少ない。

「呪方の定期調査でも異変なしってなっているぜ」

 ざっざっと足音を鳴らしながら昇市が現れる。

「萩和尚、ご苦労様」

「おー災難だったな」

 昇市は箒で地面を軽く掃く。

「怪の気配は薄いな。立ち去って時間が経っている」

「追える?」

「まあ、やってみる、て感じだな」

 青日はじっと濡れた地面を見る。泥水と、どこから来たのか空き缶、誰も通らない道で、あの日、青日が来なかったらあのまま、彼女はここで腐っていたのだろうか。

「遺体は放置されて、さほど時間は経っていないんじゃないかと思う」

 睦千も地面を見つめながら話す。

「なんで?」

 おもむろに睦千はしゃがみ、更に地面を見る。

「はな」

「はな?」

 青日もその隣にしゃがんだ。

「花びら」

 睦千は泥水の中を指差す。その中には腐りかけて茶色く変色している花びらがあった。

「花びらがあった。ここに落ちているのは腐っているけど、遺体の周囲にあったのはまだ綺麗な状態。そして、この辺りに花屋はないし、花が咲くような木も鉢も土もない」

 資料の現場写真を思い出しながら睦千は呟く。

「あの花に理由があったのか、それとも怪が弔ったのかは分からないけれども、多分、怪が残していった」

「花ね……なんの花か分かる?」

「さあ……後で調べないと」

「花がヒントになればいいけど……」

「とりあえず、初太郎に頼もうかな。花が周りにないのに、花びらが残っている場所。あと、路流にも頼んでおこう」

「おい、そろそろ行ってもいいか? 怪の気配が薄くなる前に辿りたい」

 昇市に促され、2人は立ち上がり路地を出た。昇市は箒の柄で肩を叩き、辺りを見渡した。

「どうしたの?」

 青日が問い掛けると、昇市は気まずそうに、箒の柄で、今度は頭を掻いた。

「気配がない」

「は?」

 睦千が睨みつけた。

「威嚇すんな。あーちょっと待て、戻る。戻って仕切り直しだ」

 3人は再び薄暗く湿った路地に戻り、昇市は再び気配を辿る。そして、先程と同じように路地の外に出て、大きく溜息を吐いた。

「気配がここでふっつりと途切れている」

「2年前も同じだった。気配がぶちぶち途切れていて、じいさんも追えなかった」

 昇市も気配を改めて探る。

「じいさんが追えなかった気配を俺が追える気がしないけどな……」

「ねー、萩和尚。こういう風に気配が突然消えるって事、あるの?」

「ねえよ。浄化されているんだったら、そもそも気配は辿れない、封じ込めの札に入れられたとしても、俺は気配を追える」

 しきりに箒であちこち掃きながら苛立った様子で昇市は答える。

「地下。例えば、すり抜けて六花に潜ったとかは? この下にも六花は広がっている」

 睦千も銀色のヒールを鳴らし、同様に苛立った様子で尋ねる。

「可能性は低いな。地下に潜ったのなら潜った痕跡がある。が、この怪はぱったりと気配を消している」

「今までもそういう怪っていた?」

「いないな。まあ、お前の言う通り地下に潜った可能性も否定はできないからな。行くぞ」

 昇市は箒を担ぎ、近くの建物へ入った。そこから階段で地下へ下ると、扉が見えた。その扉を開けると、一際広い通路が現れた。夜しか営業していない店も多いが、煙草屋や写真屋、菓子店など営業している店も多い。この下町風情がある通りが六花地区のメインストリート、鬼灯通りである。その通りを睦千は顔を隠すように歩き出す。恥ずかしながら六花地区でいい思いをした事がないもので。傾向と対策、用がないのなら来ない方がいいのだ。

「この辺りがさっきの道の下。気配は?」

 睦千が急かすように昇市に尋ねると、昇市は困ったように答える。

「全くだ」

 青日はゆっくりとその奥へ進む。昇市も何かあるはずだとその後ろを箒で掃きながら歩いて行く。睦千はその様子を見ながら、口元でゆるりと指先を絡め合わせていた。数分して、落胆した様子の青日と昇市が戻って来る。青日は睦千に向けて顔を横に振った。昇市は箒を肩に担ぎ、結論だが、と話し出す。

「気配は全くない。故に、この怪は独自の空間を持っている可能性が高い」

「異空間ってやつ? なんかマンガにある感じの」

 青日が尋ねると、昇市は、ああ、と答えた。

「それなら気配が追えないのも納得がいく。同じ空間にないものは探せないからな。俺の方でもなんとかその空間の手がかりを探してみるが……お前達はどうする?」

「……このまま『支配人』のところに行く」

 睦千の提案に青日はそうだね、と返事をした。昇市と別れた2人は地上の六花天道を目指す。六花地区はトラブルも多く、なおかつ店でのルールが地上に比べて厳しい。そのようなトラブルやルール違反を取り締まるために六花地区では絶対的な『支配人』が存在している。

「……支配人いる?」

 六花天道の中心部、薔薇のアーチに飾られた路地の奥の店『スリーシープ』、お悩み相談店と名乗っている店のドアを開け、受付の女性に声を掛ける。睦千はよくここを訪れるが、この受付の女性は初めて見た。これは少々手間がかかるな、と睦千はスンと小さく鼻を鳴らした。待合室らしい室内にはプランターに植えられた花やハーブが所狭しと置かれ、土と花と身体に良さそうな葉っぱの香りが混ざった魔女の部屋のような香りが2人を包む。

「ご予約されていますか?」

「連絡はしていないけど、支配人に睦千が来たって言えば伝わる」

「ご用件は?」

「怪の調査」

「……少々お待ちください」

 その様子を見ていた青日が後ろから茶々を入れる。

「顔パスじゃないの?」

「そうじゃない時もある」

「怪しまれているじゃん」

「だって、似てないから」

 呆れたように睦千が言うと、その背後から睦千! と呼ばれる。

「睦千! ようやく顔を見せに来たのね!」

 真っ赤なチャイナドレスに白い毛皮を羽織った女性は、1つに束ねられた黄金色の髪と豪奢な髪飾りを揺らしながら、睦千の顔を両手で包み、ふにふにとその頬の肉の感触を確かめた。少女のように笑っているが、目尻がツンと上がった大きな瞳は魔女のように何もかも見透かすようである。

「うん。太った?」

 真紅の口紅を引いた薄い唇から容赦のない感想が飛び出し、睦千はむっと唇を尖らせた。

天加あまか

「うん?」

「太ってない」

「あら、気のせい?」

「むしろ、痩せた。ね、青日」

「あ、おれに訊く?」

「そうなの? 青日」

「この頃、調査のために不摂生だったと思うから、太ったと思いまーす」

「やっぱり。前はこんなに柔らかくなかったもの」

 青日、と睦千が呼ぶと、ごめーん、と軽い謝罪が返ってくる。それから、天加と呼ばれた女は受付の女性にそうそう、と声を掛けた。

「この子ね」

 くるりと睦千を受付の方へ向ける。

「わたしが産んだの」

「左様で……え、産んだ?」

「わたしの子、白川睦千」

 スリーシープ経営者、六花の支配人こと、白川天加は胸を張って自分の子を見せびらかす。

「目元はね、父親似なんだけど、目から下はわたしにそっくりなの、ねー睦千」

 そう言って睦千の、天加と瓜二つの薄い唇の先をくいっと引き上げ、八重歯を見せる。天加も同じように八重歯を見せて、ここも似たの! と自慢した。

「……あまか……」

 睦千は自分よりも少々低い位置にある頭に向かって不満げな声を発した。

「なあに?」

「怪の調査で来た」

 じゃあ、奥の部屋で話しましょう、と店の奥へと案内される。事務室のような一室に入ると、2人は慣れたように椅子に腰掛けた。

「お茶でいい?」

「すぐ行くから、要らない」

「新しいブレンド思い付いたの、試していって」

「……天加」

「不摂生なんでしょ、ちょっとくらいゆっくりしていきなさい」

「睦千、ご馳走になろうよ」

 青日がねだるように言うと睦千は分かったよ、と折れた。天加はその様子を見て、あっはっはっはと笑いながら湯を沸かす。

「相変わらず駄々っ子ねえ。ああ、青日、睦千、また何かやらかしてない?」

「ねえ、なんでいつもボクがやらかした前提なの」

「最近は道端の缶蹴ったら怪で、札探すのに時間かかって、おれの腕噛み千切られました!」

「まあ、間抜けね、睦千。治せるからって余裕ぶっているのはダメよ」

「……解せぬ」

 はい、と天加が人数分のカップにハーブティーを注ぎ差し出した。睦千は口を付けて、あ、おいしい、と呟いた。

「それで、どんな怪の調査に来たのかしら?」

「2年前、行方不明になった小池真優さんが遺体で見つかった」

「マユちゃん……スナックキャロルの真優ちゃん?」

 睦千は頷いて掻い摘んで説明する。

「それで、ここ数日、何か変な事なかったか聞きに来たわけ」

「そうね……」

 天加は紅茶に視線を向けて、じっと考えるが、首を横に振る。

「怪の騒ぎはなかったし、トラブルとかでも特に変わったものはなかった」

「まあ、そんな予感はしていた。小池真優さんについて、何か追加で情報とかある?」

「それもないわ。もう彼氏さんも来なくなったし……でも、まだここにはいるみたいよ」

「そう」

 睦千は残念そうにハーブティーを飲み干す。

「もうちょっとゆっくりしていきなさい」

「追える手がかりが多いうちに動かないと」

「焦っていて、結果は出るの?」

 立ち上がった睦千を引き留めるように天加が手をパンと叩く。睦千は慌ててウィッピンを取り出したが、すぐに手から落として消した。その表情は驚いたように天加の手を見ていた。

「あら、わたしの奇怪病に勝てると思ったの? 相変わらず、頑固な子ね」

 睦千は悔しそうに天加を睨むと、また椅子に座り直した。天加は人が野性的に行動している姿を愛しながら、その野性的思考を理性で押し止める瞬間の人の顔を殊更に愛する『野性愛好症』という奇怪病を持っていた。奇怪病の症状は、自分の掌を鳴らすと、その音を聞いた人間は『ハッとして』冷静になるというものであった。何かと白熱しやすい六花の住民や客を従え纏め上げてきたのは、天加の手腕もあるがこの奇怪病も一役買っている。

「いい子ねえ、ちゃあんとお分かりじゃない。やっぱり、人間の野性とは理性よね」

 天加は独自の理論を言い、にんまりと八重歯を見せつけるように笑って睦千のカップに2杯目のハーブティーを注いだ。この笑い方は睦千にそっくりだ、と青日はハーブティーをゆっくり楽しむ。睦千が冷静を欠いていたのには気付いていたが、青日が何か言ってもあれやこれやと言って、そのまま突き進んできただろう。こういう時はやっぱり支配人を頼るに限る。

 睦千曰く、多分普通の母親、子供に対して心配し過ぎ、ボクに友人がいない事を心配し過ぎ。いいお母さんだと思うけど、だから、一緒にいるのがしんどかったんだ、ボクはいい子ではなかったし、と口を尖らせる。家に帰らなかったのは天加のせいじゃないよ、ボクがグルグル変に考えすぎて、フラフラしたかっただけ、と言う睦千は十分いい子だ。だからと言って家に帰らなかった昔の睦千を手放しに肯定はできない。危ないし、睦千は運が良かっただけのレアケースだ。閑話休題。

「2年前は六花の女性を狙った怪だって予想していたのよね」

「うん。3人の被害者のうち2人が六花で勤務していて、もう1人も出入りしていたから」

「衣装屋さんよね。コンセプトがあるお店の衣装を頼んでいた」

「だから、六花で目を付けられた、と予想していた。それで、あの時も怪の気配を探ったけども、何も見つからなかった」

「そうそう。何か月だっけ? しばらく調査していたけど、気配もなくなったから、迷宮入り、おれ達はめでたく無能組と相成った、と」

「怪の気配が特殊なのかもしれないから、じいさん以外の呪方にも頼んだ、念のため。でも結果は同じだった。だから、確かに怪が連れ去ったのに、気配がない」

「本当、おれ、あれが最初の事件だったんだよ、最悪だよね」

 うん、と睦千は呟いて、口元で軽く指を絡めた。何か、ヒントがないかと脳内の情報を整理するが、暗闇に手を伸ばすように、何もつかめず、もやもやとした思考だけが繰り返された。

 二人はハーブティーを飲み終えると、礼を言って店を後にした。

「どうする?」

「……彼女の恋人に話を聞きに行こう」




 武田聡は以前と同じ部屋にまだ住んでいた。

「真優の事で新しい事は何もお話しできませんよ」

 武田は2人に疲れ切ったような声音で話す。

「2年間、連絡もありませんでしたし、何か新しい事を思い出したっていうのもないですし、来ていただいても、何も……」

「どんな些細な事でもいいので……」

 青日が尋ねると、武田は頭を抱え込むように項垂れた。

「分かりませんよ……もう、全て関係ないように思えて、全て関係あるような気がしてきて」

「……真優さんのお好きなお花、覚えてらっしゃいますか?」

 睦千がふと尋ねる。

「怪の特徴かもしれないです。お花」

「確か……チューリップ。誕生日の頃に、咲く花で、お祝いされているようで嬉しいって」

 その声に涙が混じる。

「真優も、俺も、ここにいなきゃ良かった……こんな、真優が死んでしまうくらいなら、ここじゃなくても、俺達、良かったのに!」

 睦千の顔が明らかに不満の色になる。青日は睦千の袖を引っ張り、こっそりと首を横に振った。睦千はそれを見て普段通りの表情に修正した。だが、青日には睦千の言いたい事が分かる。ここが好きで、ここでしか生きられない、ボク達がいるっていう事を忘れているの、いや、それでも別にいいんだけどさ、そんな否定しなくたっていいじゃないか、みたいな。

 言葉っていうのはさ、どう工夫を凝らしたって誰かを傷つける。極端な話、おれはクリーム入りのメロンパンが好きですって道端で言うとするじゃない。大体の人はあらそうなの、とか、同意、とか、どれがどうしたのさ、とか大した問題じゃない。でも、自分はクリーム入りのメロンパンなんて食べられないのに、どうしてそれが好きって言うんですか配慮がないです! と怒る人がいる。え? 噓でしょって思う? 君、君が四六時中持ち歩いているスマートフォンをのぞいてごらんよ、インターネットなんてそんな意見で溢れているよ。話を戻そう。そう、言葉は簡単に人を傷つける。耳にタコができるって言うくらい聞かされているよね。でもおれが心の中でこうして誰かも知らない君ってやつに話し掛けているのは、これからする事を正当化したいだけの話だ。

「武田さん、常春の庭、行った事ありますか?」

 おれは睦千に、ちょいとかましてやるね、と笑いかけ、口を開く。

「常春の庭、空中庭園地区の名所で、春の花が1年中咲いているんです、一緒に見に行きませんでしたか?」

「……行きたかったですよ……」

「一緒にどこに行きましたか?」

「……」

「八龍で、一緒に過ごしたのは、楽しくなかったですか?」

 おれの口先から甘くドロドロした言葉が流れ出る。これはおれからの意地悪だ。彼はこれからこの街に囚われ続ければいい。

「嫌っちゃうのは、悲しいですよ」

 とうとう泣き声が聞こえ始めた。おれは部屋を出た。睦千も何も言わず、その後をついてきた。

「これも善行だよね」

 おれがそう言うと、睦千は少し笑って、うん、と答えた。好き嫌いはどうしようもない問題だ。誰かの好きは誰かの嫌い、みんなに受け入れられるものっていうのはきっと存在しない。逆に言えば、どうせ誰かしらは嫌うという事。なら、好きなもの、大切なものは自分がちゃんと守らなくちゃいけない。おれは武田さんに苛立ちをぶつける事もできた。だって、大好きな八龍を否定されて、現状唯一の相棒の機嫌が悪くなった、これはおれに喧嘩を売っているとみなしていい。でも、おれっていうやつはいい人ぶりたい相棒に影響されて、善人のふりをする事が身についてしまった。だから、優しい言葉を掛けた。時に優しさは毒で、身を苦しめると分かっていながら。

 これから先、彼は八龍に囚われ続ける。幸せだった時の記憶と、それが新たに更新される事はない事と、自分が幸せでもかつて死んでしまった彼女がいた事、それが嫌いになれなかった八龍から訴えかけられるのだ。でも、どうせ、彼はいつかその感情を忘れる。彼女は自分が幸せになる事を望んでいるから新しい恋は正当だ、とか。忘却も前進も悪い事じゃない、どうしようもない事だ。でも、おれ達の怒りだってどうしようもない事じゃないの?

「あの人、普通の人だね」

 睦千は溜息交じりに零す。おれにはよく分からないけれども、あんなに苦しんでいても、それでも恋というやつは幸せなものらしい。

「良くも悪くも、普通のいい人なんだよ」

 まあ、おれ達は正統派な捻くれ族だけど、と笑うと睦千はそう? と聞き返した。

「邪道な捻くれ族じゃない?」

 睦千はほんの少し口角を上げて話し出した。それだけで青日は満足する。

「それで、次はどこ行く?」

「今いなくなった二人の関係者のところ」




第4被害者

名前:原西純はらにしじゅん

奇怪病:なし

年齢:27

生年月日:19××年10月5日

住所:マイホームタウン24区画

職業:八龍役場環境課職員

失踪日:20××年4月13日

目撃情報:13日17時退勤


 4人目の被害者、原西純は両親ともに戸建ての住居が立ち並ぶマイホームタウンと呼ばれる地域に暮らしていた。

「何も分からないんです」

 彼女の母親は途方に暮れたように話し出す。

「純がいなくなるような原因も分かりませんし……この頃、変わった様子もなかったのに……」

「今まで怪に襲われる事はありましたか?」

 睦千が尋ねると、母親は更に不安そうな顔で手に持ったハンカチを握りしめる。

「いいえ、わたしは聞いていません……蛙鈴も、定期交換以外で交換していないですし……」

「よく行かれる場所はありますか?」

「……いいえ……あの子、活発な子ではなかったので……あ、でも、外で本を読むのが好きで、深文化郷地区や空中庭園の方に休みの日は行っていました」

 母親の声が震え出す。青日は睦千に目配せをして、口を開く。

「娘さんは怪に連れ去られた可能性があります、これまでも同様に女性が行方不明になっているんですが……六花地区に行かれる事はありましたか?」

「……分かりません……もしかすると、仕事で行っていたかもしれませんが……」

 母親が青日を睨み、口を開く。

「どうして……怪から住民を守るために福薬會はいるのに……どうして……!」

「……申し訳ございません」

 青日が頭を下げる。睦千も、ワンテンポ遅れて頭を下げた。青日が頭を下げたから、睦千も下げた。青日ばかりに追及を受けさせるわけにはいかない。けれども、腹立つ思いもある。何に? 全部に。きっと睦千一人だったら、何も言わないで立ち去っていただろう。怒りの矛先はボクじゃなくて怪でしょ、と。嫌だな、と思う。感情のまま文句を言うこの母親も、それで不機嫌になる自分も。だから、全部丸く収めようとする青日は賢くて、世間一般でいうところの優しい人間なのだろう。睦千は申し訳なさで頭は下げられないが、青日のためなら頭は下げられる。この相棒が損ねられるのが現状一番腹立たしい事態だから。

 それ以上母親から情報はなく、原西家を後にした。




第五被害者

名前:福田蘭ふくだらん

奇怪病:なし

年齢:24

生年月日:19××年8月31日

住所:巨匠館3号館601号室

職業:八龍でぱあと 3階 ショップきらら(服屋)従業員

失踪日:20××年5月2日

目撃情報:調査中


 福田蘭は一人暮らしで、両親ともに他界している。失踪は彼女が出勤しなかった事から発覚した。2人は3号館の管理人に鍵を開けてもらい、彼女が暮らしていた部屋を調べる。

「普通の部屋っていう感じ? ああ、でも思ったより本が多いかも」

 青日が本棚を見ながら話す。本とCDが整理され並べられている。

「おれ、あんまり本は読まないけど、他人の本棚見るのは好きだなー。その人の本性とかなりたい自分とか見透かせる気がしない?」

「それで、青日はその本棚から何を見透かすの?」

 睦千は睦千で机やベランダ、クローゼットを見る。

「この人は海外文学が好きっていうのしか分からないな。シェイクスピアでしょ、桜の園、オペラ座の怪人、レ・ミゼラブル……演劇とかが好きなのかな、舞台の題材になるようなものばかりじゃない? オペラとかバレエのCDもあるし」

「うん。名作で定番。なら……」

 机の上に置かれていた箱を開き、ビンゴ、と睦千は明るい声で言った。

「何見つけたの?」

「エリック座の半券」

 睦千はチケットの半券を取り出して、ペラペラと振った。

「じゃあ、行方不明になった5月2日もその公演を観に行っていたって言うの?」

「今、エリック座のシェイクスピア作品を演じる劇団『ウィリアムズ』が新体制になった。エリック座に通っていて、海外演劇を好んでいるのなら、観に行きたいと思う。部屋には鍵がかかっていたから、外出した可能性が高い。前日帰宅したのは、さっき管理人さんが見たって言っていたし。5月2日は……」

 睦千はスマートフォンを取り出し、エリック座のホームページを開く。

「14時から『ロミオとジュリエット』。新体制になってからの半券はこの中にないから」

「いなくなった日にエリック座に行って、ここからエリック座までの道で連れ去られた可能性が高い?」

「うん。でも、ここから行くなら、トラムを使うはず。歩けない距離じゃないけど、トラムなら、巨匠館中央の停車場が近いし、深文化郷の停車場はエリック座前しかない」

「……じゃあ、どこでいなくなったの?」

「とりあえず、エリック座に行ってみよう」

 睦千は半券を元の場所に戻し、部屋を後にした。

 結論から言って、彼女がエリック座に向かったかどうか、分からなかった。支配人も受付も誰も彼女を見たかはっきりとしないと答えた。

「ちなみに、何かいつもと変わった事、何かありませんでした?」

 睦千が手ぶらで帰るのは癪だとばかりに尋ねる。

「いえ、なかった……いや、その日は、時間通りに開演できなかったはずです。確か、主演の久遠寺が水を掛けられたとか何かで……」

 睦千は張り付けたような笑顔で礼を言った。足元でカチ、と苛立ったヒールの音が聞こえたけれども。心の声はきっと、関係ないわこの情報、だ。これは、振出しにもどったかもな、と青日は溜息を吐く。

 エリック座を後にしようと入り口に向かうと、先刻よりも空が暗くなっていた。

「げ、雨」

 石畳が水玉模様に変わっていく様を憎たらしく睨みながら、睦千がもう帰ろうと言った。



【5月10日 曇り 本日のトピック:後藤集会開催】

 苛立った様子の睦千がガツガツと路地を歩く。今日の靴はお気に入りの黄色いヒール、テンション上げて、気合を入れたい気分らしい。そのガツガツと歩いていた足が一度立ち止まる、目的地の21号館の路地だ。

「見つかったのは、原西純か……」

 2人は原西純の遺体を確認する。彼女は21号館の脇の路地で見つかった。死因は小池真優と同じく溺死、そして同様に花びらが残っていた。

「やっぱり、花が美学?」

 青日が花びらを見ながら睦千に尋ねる。

「さあね。でも関係あってほしいな」

 睦千は道に広がる水溜まりを避けながら答える。近くの配管が割れている、そこから路地に巨大な水溜まりができていた。その水溜まりに遺体と花びらが浮いている。

「でもなんで路地裏に放置しているんだろう。溺死させたんだったら、そのまま水に浮かべていればよくない?」

「……怪の興味がなくなったのかも」

「殺したから? じゃあ、被害者を殺す事が美学? ジャック・ザ・リッパーみたいな?」

「切り裂きジャックなら、みんな六花の女性のはず。でも、この原西さんは役場の人」

「なら違うか……」

「死因は溺死、ジャック擬きではない。なら被害者は無作為で、単純に溺死させる事が目的なのかもしれない」

「……それってやばいじゃん」

「そう、対策のしようがない」

 道端の草がざわざわと揺れ、急激に伸び始めた。

「やあ、睦千。今回は情報があるよ」

 伸びた草の間から路流が顔を出した。路流の奇怪病『路地の草症候群』である。草によって道を閉ざす事も、他の路地を繋げてワープのような事をする事も、草を使って敵を拘束する事もできる。今みたいに対象人物が路地にいれば、その人物の場所へワープする事もできた。

「もう分かったの?」

「会長さん仕事早い!」

 青日が手を叩いて喜ぶと、路流は照れくさそうに笑いながら紙を取り出す。

「自分の路地裏に勝手に物を増やされるのを嫌う会員の方が多いからね。いくつかは相談されていたし、愚痴も聞かされていたし、簡単な聞き取りで分かったよ」

 はい、と路流は睦千に紙を手渡す。

「路地裏同好会で分かる範囲の、花びらが不自然にある通りの一覧」

「助かった。ありがとう、路流」

「またご飯食べに来てよ」

 じゃあね、と路流は再び草の中へ消え、草はまた短い丈へと戻る。

「一度本部で資料確認する? 新情報も手に入ったし」

 睦千は頷き、2人は本部へ向かって歩き出した。睦千は何も言わず、何かを考えている。青日も考えるふりをしながら今日の空を見ていた、ナイスブルー。

「さてと」

 福薬會本部武闘派五室に着き、席に座った2人は早速コーヒー片手に資料を見る。デスクに置いた数冊のファイルの内、青日は2年前の資料を取り出す。

「1人目が滝川愛美、2人目が河瀬貴子」

 睦千が思い出すように話し出す。


第1被害者

名前:滝川愛美たきがわまなみ

奇怪病:なし

年齢:26

生年月日:19××年5月9日

住所:六花天道虎通り四番 いちご(スナック)下宿

職業:六花地区51番下202号室 メイド喫茶りぼん従業員

失踪日:20××1月19日

目撃情報:19日17時退店、同日18時過ぎ、物物4番通りにて八百屋隆盛の店主が目撃

補足:恋人は巨匠館地区55号館101号室、早見翔太はやみしょうた


第2被害者

名前:河瀬貴子かわせたかこ

奇怪病:インク収集癖

年齢:34

生年月日:19××年12月4日

住所:巨匠館98号館503号室

職業:深文化郷地区布道5番 ひがし衣装制作工房勤務

失踪日:20××年2月13日

目撃情報:13日18時退勤。19時、八龍でぱあと内でチョコレートを購入

補足:恋人は深文化郷地区歌川9番、日野川久次ひのかわひさじ


「それと、3人目が小池真優さん、と」

 3人の顔を見比べてみる。3人とも特に顔立ちは似ていない。滝川愛美は年齢よりも幼く見え可愛らしい印象だが、河瀬貴子は凛とした女性で、小池真優は活発そうな女性だ。

「そして今、原西純さんが遺体で発見。未だ行方不明なのは、滝川愛美さんと河瀬貴子さん、そして最近いなくなった福田蘭さん」

 青日は更にこの2人の写真を並べる。どちらも真面目そうという印象を受けるが、原西純は眼鏡をかけ、まさに委員長タイプの真面目さで、福田蘭は柔らかい顔立ちの中で丸くもきりりとした瞳からきっちりと物事を行う優等生の真面目さを感じた。

「外見の特徴は共通点ないよね」

「多分。まあ、怪がどこにフェティシズムを感じているのかは想像つかないけど。でも、被害者達に何かしらの美学はある」

 過去、小指の爪の形だの歩き方だの、なかなか思いつかない美学を提示していた怪もいた。むしろ、分かりやすく顔や手の形や尻だと言うのが珍しい。

「居住地もばらけていて、職場も共通点なし。行方不明時に通った道にも共通点がない」

「まあ、道に共通点があればすぐ分かるしね、睦千が」

「うん。それに路地裏同好会と夜歩き倶楽部に被害が出ていないのがおかしい」

 睦千は以前、暇に任せて路地裏同好会に登録されている道と決まったルートを歩く夜歩き倶楽部員の道を照らし合わせた事がある。おおよそ、巨匠館地区全てを網羅していた。監視カメラより役に立ちそう、と興奮したのも覚えている。被害者たちが行方不明になった時間帯は夕方から深夜だ。夜歩き俱楽部の活動時間だから誰かしら歩いている。その部員達に被害が出ていないのは、特定の道を通ったら連れ去る、という条件ではない。

「なら、怪がその辺適当にほっつき飛んでいて、美学にあった女性を連れ去って溺れさせてこれぞ我が美学、とかしているの?」

「うん。路地裏同好会と夜歩き俱楽部に被害がないなら、怪の中で明確な基準がある。被害者も少ないしね」

 睦千は背もたれにだらりと寄りかかると、先刻、奈子から渡された追加資料を見た。

「……なにこれ」

「え、どうしたの?」

「花の詳細。知らない花ばかり。イラクサ、ウマノアシガタ、シラン、デイジー」

 青日がスマートフォンの検索エンジンに花の名前を順に入れていく。

「……うわ、これだ! みたいなのはないや」

「アレかな、よくある花言葉で花束作りました、みたいなやつ。花に意味を持たせようとするなら、定番」

「えーそれ? 色々解釈があるじゃん。ちょっと待って」

 青日が検索を始める。

「イラクサは、中傷」

 ネトル茶っていうお茶になる、と補足される。

「ウマノアシガタは眩しいほどの魅力」

 キンポウゲ、とも言うみたい、と呟く。

「シラン……ああ、紫の蘭……は変わらぬ愛、デイジーは平和、希望」

 色によっても意味が変わるんだって、と追加情報。睦千はなるほど、と言った。

「求愛っぽい」

「だよねー!」

 青日は背もたれに倒れこむ。ぎし、と音が立つ。

「でも、2年前の被害者にそういうトラブルはなくて、最近の被害者にも恋人はいない」

「警察が調べた限り、そうらしい、としか」

「じゃあ、誰も知らないけど、いたかもしれないって?」

「定番の花言葉で考えるならね。でも、不思議なのは、さ」

 睦千の両手が口元を隠す。

「なんで、今になって遺体が出てくるのか、という事。タイミングもまちまちで、順番も決まっていない。美学も分からないし……」

「そうだよね……もうちょっとヒント欲しいね……」

 青日は花の詳細を見る。悲しいかな、花に興味がないからさっぱりだ。しかし、しばらく資料を睨み付けていると、睦千のスマートフォンが鳴り出した。

「初太郎からメール」

「なんか分かったの?」

「2人の足取り。原西純は役場から退勤後、役場広場のカメラに映ったけれども、その後どこのカメラにも映っていない」

「じゃあ、広場で連れ去られた?」

「一瞬で連れ去ったのかもね……福田蘭は」




「八龍でぱあと、か」

 青日は新都市地区行きのトラムの中で溜息を吐いた。

「おれ達、行っていたよね。睦千、なんか覚えている?」

「特には。でも、でぱあとから出ていないんだ、彼女」

「なら、デパートで連れ去られた」

「それを確かめるのが俺ってわけ」

 箒を腕の中に隠すように立つ昇市が言う。

「ちなみになんだけど、デパートから監視カメラに映らないで出る事って可能?」

「ボク、監視カメラの死角とか位置とか抑えてないから。異空間に引きずり込んだんだろうね。原西純と同じように」

「引き込んだ、となれば探すのは難しいぞ。そもそもドアがあるのか、鍵があるのか、場所はどこだって話になる」

 昇市の言葉に睦千はでも、と返す。

「今までよりはマシ」

 ほら、もう降りなきゃと声を掛けて、3人は八龍でぱあとに向かった。

 八龍でぱあとは福田蘭の勤務先のショップが入っている。空中庭園に行く前に、と真っ直ぐ向かう昇市と別れ、2人はそのショップを訪れた。ティーンズをターゲットにした可愛らしい店内で、すらっと背が高くいかついフライトジャケット姿の睦千は良くも悪くも目立っていたし、青日に関しても言うまでもない。しかし、2人は慣れっこなので、気にせず立っていた。

「福田さんですか?」

 同僚は考えるように首を動かしながら口を開く。

「うーん……特に変わった様子はなかったかな……でも、最近彼氏ができたのかな、誰かと待ち合わせて帰っていくところ見たし」

「それはいつくらい?」

「本当に最近、1か月も前じゃないです」

「他に、何か気になる事は?」

「……福田さんって、あんまり他の人と話さなかったから、分からないんですよね……本ばかり読んでいたし……」

 同僚は気まずそうに答える。それに礼を言ってショップを後にした。

「彼氏、ね……」

「でも今のところそれらしい人はいないんでしょ」

「何か関わっているのか、付き合っていないのか、もう少し調べてみる必要がある」

 八龍でぱあとの屋上の空中庭園は人がまばらで鬱蒼と茂った木々が怪しく揺れていた。昇市は箒を振り回しながら湖を回り、とあるベンチの傍に立ち止まり、うんうん、と頷いていた。

「いたな。ここだ」

「ベンチ?」

「ピンポイントでここだけだけどな」

 睦千はしゃがんだり立ち上がったり、ぐるりとベンチを一通り見て、何もないけど、と呟いた。青日はそれを見ながら、辺りを見渡していた。見渡しながら、あ、と思い出す。

「そうじゃん! もしかしてだけどさ!」

「うわ……何、なんかあった?」

「睦千!」

 青日が睦千に詰め寄る。

「森川さんだよ!」

「……は?」



【5月11日 晴れ 本日のトピック:焼売マイマイリニューアルオープン】

 翌日、2人は笑福門をくぐり港へ向かっていた。

「わざわざ来るなんて森川さん物好きだよね」

「うん。どうせ、ボクに会う口実だよ。あの気に入り方、嫌……めんどくさいなぁ……」

 2人は森川が手続きを終えるのを待ちながらこそこそと話す。一方、手続きを終えた森川は真っ直ぐ2人の方へ向かってきた。

「やあ、昨日は連絡をどうも」

「いえ、こちらこそわざわざ来ていただいて助かりました」

 睦千が笑いながら告げる、八方美人、嘘も方便だ。森川は睦千を見て、僅かに狼狽えた。

「睦千さん、スカートも履かれるんですね」

「似合えばボクは着るよ」

「そうだな、似合うよ……では、お2人も忙しいだろうから、ここで頼まれていたものを渡すよ」

 そう言うと森川は鞄の中から封筒を取り出し、睦千に手渡した。

「俺がこの間撮った写真はそれで全部だ」

「ありがとう」

「……あと、どうしてもこれを手渡したくて……君達から今回の連絡がなくても、こちらから連絡するつもりだったよ」

 森川は1枚の写真を青日に手渡した。青日はそれを見て、わあっと歓声を上げた。

「見て! 凄いよ!」

 青日は嬉々として睦千に写真を見せた。睦千は青日の手元を覗き込むように見て、あら、と声を上げた。

 写真に切り取られた風景は、青く色付き、その中央を切り裂くような白い光線が走り抜ける。まさしく2人の奇怪病の色、青と白の奥、不敵に笑う青日と無表情のままの睦千が正面を見据えて立っている。

「ほら、俺の後ろに怪が出ただろう。その時の写真だ」

「ええ! やばいよ! 超かっこいい! 飾ろう! どこがいいかなー?」

「うん。凄いね、これ」

 青日がきゃいきゃいとはしゃいでくるくる回る。睦千は、どう? ボクの相棒可愛いでしょう? と森川に目線で自慢する。

「はは、喜んでもらえて嬉しいよ。その封筒の方にも何枚か君達の写真があるよ、気に入ってくれたら嬉しい」

「うん! ありがとう森川さん!」

「こちらこそ。君達に出会えて良かった。君達と歩いたから、八龍の事をちゃんと知りたいと思えたんだ」

「大袈裟」

 睦千は呆れたように言うが、森川は気にせずに笑い飛ばした。

「大袈裟じゃない。君達の関係性も俺達が誰かと築くものと変わらないと、恥ずかしながら君達に会って理解したしね。だから、俺なりに紹介したいと思ったんだ」

「ボク達に取材なら事務所通してね」

「ああ、とびきりいいカメラを持って行くさ」

「楽しみにしているよ」

「ああ。そうしてくれ。だから、これからとことん八龍を見て回るつもりさ」

「おれ達、手、空いていないから、案内方に頼んでよね?」

「そうするつもりさ。やっぱりプロに話を聞かないとね。でも、もしも機会があれば、また君達に案内をお願いしたいよ」

 森川は笑いながら2人に手を振り、待っていた案内方の方へ歩いて行った。

「心配しなくて良いんじゃない?」

 青日が写真を眺めながら言う。

「そうかな」

「そうだよ、全部、大丈夫だよ。なんかさ、これ見ていたら、鬼に金棒、おれに睦千って感じでさーやっぱり最強じゃんって思えてきて」

「猫に小判かも」

「猫は猫でも賢く小判を使える猫だよ、きっと。この前の白猫みたいにさ。だからさ、何とかなるよ! おれと睦千だし!」

 睦千と青日は軽口を言い合いながら歩き出す。睦千のヒールが石畳をコチリと鳴らし、合いの手を入れるように、青日のスニーカーが軽く間抜けなトコとした音を奏でる。久方ぶりに足音が嚙み合った、どちらともなく、確信した。

 しかし、現実問題、気持ちが前向きになったところで、事態が急によくなるわけがない。現実は時に秋の空か女心かと、ころりと変わるが、基本的には岩か山かと、とにかく変化する事がない。ただ、岩が風に削られるように、山が少しずつ移ろっていくように、何かしらは変わるものだ。

 森川の写真には、目的のものがしっかりと映っていた。

「ベンチにあったのはこれだよ」

 トラムの待合室で青日は写真を取り出し、睦千に差し出す。

「花冠?」

 写真はベンチに置かれた花冠が撮影されたものである。花冠と花束と、花が咲いた枝が1本、花束と別に添えられている写真で、先日、資料でにらめっこを続けた花らしきものが確かに編まれている。

「偶然? デイジーとかはそこそこ知られている花だけど」

「でも、センスなくない? それにさ、イラクサとかよく分かんない葉っぱ使う?」

「……なら、やっぱり花に意味がある」

 睦千は写真をじっと見て、何の花だろう、と呟く。

「あと、この枝。なんの花だろう……」

 写真は何枚か撮影されていて、その中には花を拡大したものもあった。

「科捜派に頼む?」

「……いいや、ボク達で調べよう。他に何かヒントを閃くかも。とりあえず図書館行こう」




 写真を睨み付けて、1時間ばかし、睦千と青日は図書館の椅子で伸び切っていた。お行儀が悪いとかなんとか、勝手に言っていろ。こんなにも分からないとは思わなかった。花の色も分かっているから、図鑑ですぐ分かるかと思ったら大間違いだ、全く分からない。科捜派に頼めば良かったな、と睦千は己の選択を悔やんでいた。

「花束の方分かった?」

 同じように図鑑を見ていた青日に、周りに人がいない事を確認してから小声で問い掛ける。

「ヒナギク、スミレ、バラ、パンジーあとは勿忘草となんか葉っぱ」

「この間の花より、割とメジャーなラインナップ。その花冠と花束見た時、気付いた事、なんかない?」

「なんかって?」

「なんでもいい、情報がほしい……あ、匂い」

「匂い?」

「金木犀とか沈丁花とか、匂いが特徴的な花がある。それ」

「匂いね……なんかすっきりした匂いがあったかも、ちょっと甘いけど、ピリッとした感じ。あの花束の中の花の匂いじゃないと思うから、多分、黄色い花の匂いだと思うよ」

「黄色い花、匂い……」

 睦千はスマートフォンの検索エンジンに文字を入れた。文明の利器に頼り、スクロールを繰り返すがピンとこない様子だ。

「今から科捜派に頼むか……めんどくさいなあ……」

 睦千は項垂れる。さっきまでのやってやるぞという気分はどこかに飛び去ったようで、途端に全てが面倒になる。せめて実物さえあれば、もっと気付く事があるのに。

「だらしないわよ、睦千」

「ンッ!」

 声を掛けられ、ついでに頭も軽く叩かれた。驚き顔を上げてウィッピンを出そうと構える。しかし、そこにいたのは天加だった。落ち着いた緑色のチャイナドレスで、毛皮は羽織っておらず、化粧も薄く、オフモードらしいと青日は思った。

「天加……え、なんでいるの?」

「図書館なんだから調べ物よ。うちの花、ちょっと元気なくて。インターネットみたいな誰が言っているのか分からない情報より、しっかりした本で調べたいじゃない……と言うのは建前で、ちょっと息抜きよ。わたしだってたまにはその辺ぶらぶらしたいわ」

「あっそ……待って、ちょうどいい、ナイスタイミング、天加」

 あら? と天加は首を傾げた。

「天加、草育てるの趣味じゃん」

「ガーデニングって言いなさい」

「マジ?」

 青日は天加を下から眺めた。後光が射しているように見える。

「ねえ、天加、この花見た事ある?」

 睦千が天加に写真を差し出し、天加はそれを見て、また首を傾げた。

「えー……分からないわよ……写真だけ?」

「すっきりした匂いがしました! 何だろう何に似ているかな……なんか、似ている匂いがあったんだよな……なんか、睦千って思ったんだよね」

「ボクっぽい匂いって事?」

 青日は睦千の顔を見る。なんでだろう? 睦千は香水を付けないし、睦千とシャンプーも洗剤も共有しているから、おれだって基本的に同じ匂いだし、睦千っぽい匂いって何だろう?

「……あ、麻婆豆腐」

「え?」

 睦千が驚いたように間抜けな声を出した。それから、睦千はクックッと笑い声を噛み殺しながら反論する。

「ボクっぽいって言ったら、麻婆豆腐の匂いになるの? ボク、そんなに麻婆豆腐ばかり食べているわけじゃないけど?」

「そうじゃなくて、山椒! 山椒に似た匂いがしたの! 睦千、ケンケンの山椒効いた麻婆豆腐よく食べるじゃん!」

「それでも山椒から麻婆豆腐、麻婆豆腐からボクを連想したんでしょ、ウケる」

 睦千は上機嫌で机に伏せて笑いを噛み殺し続けた。

「山椒に似た匂い……ああ、アゲハ草かしら?」

 天加が思いついたように呟いた。睦千は涙で滲んだ顔を上げて天加に問い掛ける。

「アゲハ草?」

「ヘンルーダって言うハーブよ。ルーとも言うんだけど。アゲハ蝶の幼虫が食べる葉だから、アゲハ草って書かれて売られているのよ、ああ、あと猫避け草とか」

 青日がスマートフォンで画像を検索して、同じだ! と小さく歓声を上げた。

「同じだ! 支配人凄い! そういえば、小池真優を見つけた時、猫捕まえていたんだけど、なんか嫌がって逃げたよ。小池真優にもヘンルーダの匂いがしていたのかな」

「……たまたまじゃない?」

「それは分からないけれども、でもそのハーブなら黄色い花が咲いて、山椒みたいな匂いがするわ。睦千、あんた覚えていない? うちにもあったのよ。幼虫に葉っぱ全部食べられちゃって枯れたから、成維に譲ったけど」

「え……ちょっと、記憶にない……でも、ありがとう、天加、助かった。マジ九死に一生」

「あら、大袈裟。お役に立てたようで何よりだわ。じゃあ、続きは頑張って」

 天加は睦千に似た軽い足取りで奥の棚の方へ消えていく。睦千は視線だけで見送って、引き続きスマートフォンで調べる青日に尋ねる。

「それで、何か分かった?」

「全く……花言葉は後悔とか」

「へえ……この花だけ特別扱いなのに意味あるのかな?」

 睦千は口元を指で隠した。青日は邪魔しないように、持ってきたメモ用紙に調べた花の名前と、花言葉を書き出した、そして、書き出しながら、ふと思う。

 これって、この花の花言葉じゃないと駄目って事はないんじゃない? そもそも、花言葉とは様々ある。例えば色、国によっても異なる。それに花言葉一覧にイラクサやヘンルーダは出てこないし、花図鑑にも記載はなかったからインターネットで調べた。もしもこの花言葉を介して何を表現しようとするなら、マイナーな花が多く、あまりに意図が伝わりにくい。花言葉に意味があるなら、他の花でもいい。そっちの方が分かりやすい。なら、花の名前や、この取り合わせに意味がある。

 もう一度、花の名前と、今度は別名と学名やら和名やらを書き出す。イラクサ、キンポウゲ、ヒナギク……。

「……ちっともわからん」

 というか、そもそも、花と溺死に関連性はあるの? 水葬っていうやつ? それなら浮かび上がってきて意味がない。花束も、もし供花なら菊や百合や竜胆なんかが定番だ。こんな可愛らしい花で作った花束を添えて、弔い以上の何かがある気がする。それにヘンルーダ、ヘンルーダって何さ。これだけ特別。怪の美学。花冠と、花束と、ヘンルーダと、女性の溺死。花と溺死の女性。

「アレ?」

 青日の脳内でびりりと現在とつい先日の記憶と昔の記憶が共鳴する。棚だ。棚の文字。昔、教養だなんだと読まされた本と絵。有名な場面、覚えさせられた花。その脳内のさざめきは微かな指先の興奮に繋がり、青日はゆっくりと立ち上がって、海外文学のコーナーへ向かった。そこで1冊の文庫本を手に取る。

 席に戻ると睦千が不思議そうな顔で本の表紙を覗き込んだ。

「……ハムレット……?」

 ペラペラと青日はページをめくる。どのあたりだ、後ろの方、復讐を果たしに行く前だ。

「あ」

 目的の場面を探し当て、青日はその文章を読んだ。

「ああー! ああっ!」

「口閉じな」

 睦千がぎょっとしたように青日の頭を叩いた。カコンとしたいい音が周囲の痛い視線と絡み合い図書館の高い天井に広がっていった。

「でも! これ! これだよ!」

 青日は声を必死に抑えながら、本を睦千の顔に押し付ける勢いで突きつけた。睦千は本から顔を逸らし、青日の手からそれを奪うと開いていたページを見た。

『妃 小川のふちに柳の木が、白い葉裏を流れにうつして、斜めにひっそりと立っている。オフィーリアはその細枝に、きんぽうげ、いらくさ、ひな菊などを巻きつけ、それに、口さがない羊飼いたちがいやらしい名で呼んでいる紫蘭を、無垢な娘たちのあいだでは死人の指と呼びならわしているあの紫蘭をそえて。そうして、オフィーリアはきれいな花環をつくり、その花の冠を、しだれた枝にかけようとして、よじのぼった折も折、意地わるく枝はぽきりと折れ、花環もろとも流れの上うえに。すそがひろがり、まるで人魚のように川面をただよいながら、祈りの歌を口ずさんでいたという、死の迫るのも知らぬげに、水に生い水になずんだ生物さながら。ああ、それもつかの間、ふくらんだすそはたちまち水をすい、美しい歌声をもぎとるように、あの憐れな牲えを、川底の泥のなかに引きずり込んでしまって。それきり、あとには何も。』

 睦千は小説の中の花の名前を指でなぞる。

「……イラクサ、キンポウゲ、ヒナギク、紫蘭。そして溺死」

「それで、オフィーリアって言ったら、この絵でしょ」

 ハムレットと一緒に持ってきた画集を広げた青日が絵を指し示す。

「ここに描かれている花、花束とラインナップがほとんど同じ。首にスミレ、水面にバラ」

「……言われてみれば、だけど」

「で、確か、他の場面でもオフィーリアが花持っていて……あ!」

 睦千から文庫本を奪い、ページを捲っていた青日が目的の場面を見つけ、睦千に見せる。

『オフィーリア (レイアーティーズに)これがまんねんろう、あたしを忘れないように __ね、お願い、いつまでも__お次が、三色すみれ、ものを思えという意味。

レイアーティーズ 狂気にも教訓があるのか。ものを思うて忘れるなというのだな。

オフィーリア (王に)あなたにはおべっかのういきょう、それから、いやらしいおだまき草。(妃に)あなたには昔を悔いるヘンルーダ。あたしにもすこし。これは安息日の恵み草ともいうの__あら、だからあなたとは意味が違うわね。まだひな菊があるわ。でもあなたには忠実なすみれをあげたかった。それなのに、こんなに萎れてしまって。お父様がなくなったからよ__いい御最期だったのですってねえ__(歌う)

   いとしいロビン様 あたしの命  』

「ヘンルーダ」

 睦千は顔を輝かせた。

「まんねんろうは……ローズマリー」

 青日が図鑑をめくり、文明の利器を使いながら、花束の正体を明らかにしていく。三色すみれはパンジー、ういきょうはフェンネル、花束に含まれている。

「あれは路地裏のどざえもんじゃなくて、路地裏のオフィーリアだった」

 そして、睦千の脳内で花びらが足元を流れていくイメージが駆け抜けた。

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