サマー・タイム・ボム・オムニバス
第16話 初夏の1週間のうちの1日のうちの数分
夏を感じる時は様々だろう。道端でラムネが売っているとか、アイスの露店が増えたとか、散歩の時にサンダルを選んだだとか、果物屋にスイカが並んで、八百屋のトマトときゅうりが安くなったとか、夕方の湿度や夜空の星の少なさや、青日の刈り上げだとか。
「おー……夏……」
睦千は帰り道でばったり会った青日のうなじをすりすりと触る。襟足がうんと短くなって、しょりしょりの感覚とふふふと笑い声の振動が伝わる。
「ちょっと涼しくなったよ」
青日は自慢げだ。出掛けてくるーと言っていたのがつい1時間前、睦千は睦千で、サンダルでペタペタ歩きたいなーと、ふらりと散歩に出て、ついでに安かったトマトと、青日が好きそうな色のラムネを買って、ふらふらと歩いていた。
「青日が刈り上げると夏を感じるね」
「おれは睦千がサングラス持ち歩くようになるとそれ思うかな」
これ? と襟元に引っ掛けたサングラスを揺らす。
「そうそれ。昭和親父みたいなサングラス」
「結構眩しくて辛いからね」
「それ似合う睦千って、やっぱり顔面強すぎるんだよ」
「我ながらそう思う」
あは、と睦千が笑う。夕暮れの終わり、陽射しは遠くなり、睦千の人目を引く顔は何も隠されずに路地を闊歩する。通り過ぎる住民が一瞬睦千に見惚れて、足早に去っていくのは日常だ。
「今日も平和だったねー」
「そうね、平和最高」
「それで、何買ったの?」
「トマトとラムネ。ほら、この瓶の色、どう?」
睦千が買い物袋からラムネの瓶を取り出して見せると、青日は目を輝かせた。
「最高!」
パチリと炭酸が弾けるように青日が笑う。睦千は瓶を通して青日を見る、今日も青日は青い。それに妙に安心して、ふふ、と笑ってしまう。
「……今の笑顔見て思い出したんだけど」
「何を?」
「美容院で、深文化郷のアトリエで、『プラチナブロンド時代』っていう展覧会やっているって聞いたんだけど。フライヤーの写真、どう見ても睦千なんだよね」
「ああ、ボクが築いたよ、その時代」
「まじかー。睦千、またファン増えるよ」
「10代前半のボクと今のボク、結構違うから分かんないよ」
「おれ分かったけど」
「青日は分かるよ。ずっと見てるでしょ、ボクの事」
にこ、と微笑んでみせる。青日はまあそうだけど、と睦千の顔をじっと見ていた。
「見惚れた?」
「全然。睦千、今眠いでしょ、目ぇ開いてないよ」
「何で分かった……」
「目が開いてないからって言ったよ」
「そうだ……、ほら、ちょっと涼しくなってきてさー、昨日暑くて眠れなかったなぁとか思うと、がくんとね……」
睦千は青日の肩に両手を置いておぶさるようにもたれた。空の淵に宵の色、日が長くなったなぁなんて見上げる。
「ほーらー、ちゃんと歩いてー」
青日が睦千を引っ張る、結構力一杯雑に。睦千はそんな時、嬉しくなるのだ、大事にされているようで、簡単に壊れないと思われている、つまりは単純に人間だと思われている事だ。
ふへへ、と間抜けに笑いながら青日に体重をかける。潰れるーと青日はケラケラ笑う。潰れないのは百も承知だ。じゃれあいながら帰ってご飯食べてーラムネ冷やして飲んでー、なんて考えていると、不意に空からボンッ! と音が聞こえた。
「ん?」
眠かった睦千の目もさすがに開いた。
「なんだろ、光ったよね? 花火?」
「花火かなぁ? 誰かの奇怪病か、怪か」
2人は空をじっと見て、2発目がありゃしないかと待つが、まっいっか、と家へ帰った。
大した事がない八龍の日常だと思っていたが、それが自分たちの関係をちょっと拗らせるきっかけになるとは露も思わなかった、とある初夏の月曜日の数分の事だ。
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