4月 花見
春眠暁を覚えずと昔の人も言っているわけで、と青日はふあ、と欠伸をしながらリビングダイニングにやって来た。時刻は午前十一時、睦千からしてみれば寝坊である。
「おそよー」
「まだあさだよ……」
青日はいつもと同じように歯を磨く。磨きながらキッチンに立つ睦千の手元を見た。
「ふぁんふぉふぃってぃ?」
「うん、そう。サンドイッチ」
むぎゅ、と食パンでレタスとチーズとハムとトマトを挟んでいる。
「青日、花見だよ」
確かに、次の休みにお花見しようとは言っていたなぁ、と青日は桜の木の下に敷物をしきながら思う。しかし、ここは八龍、見ようと思えばいつでも桜が見れるもので、ちょっとありがたみが薄れる。とは言え、やっぱり四季折々の風景っていうものもいいよね、と花を見上げた。
八龍お花見スポットはそれほど多くない。役所前の広場か田園へ続く道の途中か、学校前か電電地区の公園か、その中で二人は役所前の広場に来た。理由は簡単である。
「お待たせ」
ほくほく顔で睦千が戻ってくる。その手には白い紙袋、紙袋には店名がスタンプされている。
「やっぱり春はふなやの桜餅だよ」
家からここに来る途中にある『ふなや菓子店』の桜餅が睦千のお気に入りだ。睦千曰く、餡子の甘さがちょうどよく、何よりも桜の葉の塩漬けが一番美味しいのは『ふなや』であるらしい、青日も同意だ。だから人が多い役所前の広場まで来たのだ。花より団子、花はおまけ、季節ごとの美味しいものを楽しく食べたい睦千の道楽だ。
「桜餅食べるんだったらさぁ、お弁当、おにぎりとかの方が良かったんじゃない?」
「ボクの気分がサンドイッチ」
「なるほど?」
「和洋折衷」
「違くない?」
話しながら睦千はお弁当を広げる。ハムレタスのサンドイッチ、ミニホットドッグ、卵焼きとタコさんウィンナーと昨日の残りの菜の花の芥子和え。
「いっぱい作ったね」
「あれもこれもほしいと思ったらさぁ、増えちゃった」
「でも美味しそう! ピクニックって感じ!」
いただきます、と二人で手を合わせて食べ始めた。サンドイッチはレタスがシャキシャキで、ホットドッグはソーセージを齧るとブワッと肉汁が溢れ出す。卵焼きとタコさんウィンナーは食べ慣れた味だし、芥子和えは昨日と同じ味のはずだ。それなのに、外で食べるってだけでいつもより美味しい、なんてミラクル、誰でも使える簡単な魔法だよね。
ところで、睦千は春の花が似合わない。今も花見をしようと言っていた割に、大きな口でサンドイッチにかぶりついている、全然雅やかじゃない。後ろに見える桜から浮いて見える。黙っていても春の花の可憐さ、儚さが本当に似合わない。びっくりするほど似合わない、意外にも残念なレベルで似合わない。夏の花は似合うから、多分睦千の生命力が春の花を上回っているのかも。あと、睦千は顔とか存在が派手だからかな。
「ん? ボクの顔に見惚れちゃった?」
「ううん。睦千って桜似合わないね。バラ背負って登場するのは似合いそうなのに」
「初めて言われたカモ」
ふむ、と睦千はサンドイッチを頬に詰めながら頷く。生命力が溢れている。
「似合わなくていいよ、桜が似合う美人って早死にしそう」
「ん」
睦千は親指を上げて答えた、頬がもぐもぐと動いている、ビバ・生命力。青日はへへっと笑って親指を上げて返した。睦千も笑い返して、桜餅に手を伸ばしていた。桜の香りが強くなって、青日は大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。
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