10月 ハロウィン
福薬會にだって繁忙期はある。人々の欲としょげた気分が高まる時期だ。新しい事を始めたいと欲望と新生活への不安が溢れている4月、夏休みの初めと終わりも欲望と絶望が爆発し、クリスマスとバレンタインデーも物欲と恋愛的なアレで怪が増える。そして、その中で、なぜかハロウィン前後も怪が増える傾向がある。
「仮装を仲間だと思って気が大きくなっているんだと思う」
オレンジ色のタートルネックのセーターと白いワイドパンツ、黄色いスニーカーとカラフルな服装の睦千が疲れたように呟く。
「色々な格好しているもんねー」
本日はちょっとかっちりめの気分と、ネイビーのジャケットにターコイズとアクアブルーの水玉のネクタイに青色の革靴の青日が答える。そんな2人の後ろから声が掛けられる。
「トリック、オア、トリート!」
2人は振り返って、視線を少し下げる。とんがり帽子に黒いローブの小さな魔法使いが手を出していた。青日はにっこり笑って小さな魔法使いの前でしゃがんだ。今日の青日は珍しく鞄を持っていた。斜めがけができる大きめの水色の鞄だ。それから小さな包みを出した。昨日、買い集めたクッキーとキャンディの詰め合わせだ。
ハロウィンが日本に浸透し始めてきた頃の八龍は、ハロウィンにかまかけて怪も増え、危険思想を持っているような奇怪病者もこれに便乗し、とんだてんてこ舞いになったと言う。それ以来、あの手その手この手奥の手、あらゆる方法で対策を講じた。仮装して歩いていいのは物物通り、物物大街のみ、手作りお菓子の配布は禁止、などなど。そうでもしないと毎年軽く10人はいなくなるそうだな、恐怖。そんな訳で、福薬會はほぼ全員、本日は朝から晩まで八龍の巡回と怪確保に勤しんでいる。
「はーい、ハッピーハロウィン!」
「ありがとう!」
お菓子をもらった小さな魔法使いは後ろに立っていた母親の元へ喜んで駆け出していく。お礼ができる魔法使いだ、きっと偉大な魔法使いになるだろうと、睦千は午後2時の空を見上げる。いつもは提灯が下がっている物物通りも、ここしばらくはかぼちゃのランタンやおばけの形のランプが下がっている。そのあたりを一反もめんみたいな怪が飛んでいった。それをウィッピンを伸ばして捕まえて、札を貼り付けて確保。しゅるしゅると怪を取り込んだ札の文字は『空席有り〼』とまだ余裕そうだ。今日だけでもう五枚も札を使っている。そろそろ最高記録になりそうだ。
「お札、入ります? 入りますよね!」
札をじっと眺めていた睦千の後ろから長宝が声を掛けてくる。
「追加で10枚、領収書もお願い」
「毎度毎度!」
ハイテンションな長宝から札と領収書を受け取り、料金を渡す。長宝は笑いながらぴょこぴょこと次の客へ向かって行った。その間、青日はその隣で報告書用のメモを書いていた。
「明日は報告書パレードだね」
「もう5枚も札使った。しかも、夜までまだあるし。今年、多いんだけど」
「めんどーい」
「そろそろ休憩にする? ボクら、夕方から夜、物物大街の方だし」
夜の物物大街、よく分かっていない観光客、人混みで見失う案内方、怪に襲われる観光客、酔って話を聞かずに怪に引っかかるアホ、なんか怪しい奇怪病者、そしてやっぱりなんかやらかす人間と、盛り上がってきちゃう怪。調査方の仕事がそれなりに好きな睦千ですら、今日ばかしは辞めたろうかと現実逃避だ。
「やだぁ、行きたくなーい。なんか訳の分からない大人達しかいないじゃん! ちっちゃい子がお化けの格好してお菓子ちょうだいって歩くのは平和的で可愛いけど、大人がそれやったって地獄的で可愛くないじゃん!」
「ボクがトリックオアトリート言っても青日はお菓子くれないんだ」
「仮装してないじゃん、睦千」
「すればくれんの?」
「あげないけど」
「ケチ」
「だって睦千、昨日おれのかぼちゃプリン食べたじゃん」
「それは謝ったし、ボクのモンブランあげた」
「おれは! かぼちゃプリンが! 食べたかったの!」
「じゃあ、これから食べに行こう? この近くにあるから」
「奢り?」
「奢り」
「わーい、睦千大好きー!」
「もー、調子がいいなー、ダーリンは」
「てか、睦千、自分の事可愛いと思っているの?」
「は? ボクは最高にかっこいいし、最強に可愛い」
「今年はそのかっこよさ隠してよね、去年のハロウィン、イケメンさん写真いいですかーって囲まれたんじゃん!」
「今日は気をつける、マジ気をつける。大丈夫、夜はかぼちゃのお面付ける」
「何それ! おれもなんか被ろうかな!」
「フランケンシュタインのお面持ってる」
「なんで? 貸して!」
2人はゲラゲラダラダラと歩き始める。その後ろから、また幼子の無邪気な声がかかった。
「トリックオアトリート!」
睦千はにっこり笑って、はぁい、と答えた。まあ、怪にはうんざりするけど、こういう行事はそこそこ好きなのだ。
「ハッピーハロウィン」
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