6月 言っちゃあいけない例の日

 日付変わって六月二十八日、夜中のキッチンで青日は太巻きを巻いていた。具はサーモンと卵ときゅうりとカニカマ、彩りしか考えていない具をぎゅっと酢飯と海苔で巻く。結構いい感じに巻けた、おれって天才? 次にマヨネーズを牛乳でちょっと伸ばして、ソースボトルに入れ替え、口が一番細いものになっているのを確認、まな板でちょっと試し書きをしてから、太巻きに文字を書いていく……お、結構読める字、やっぱりおれって天才? ちょっとソースボトルをるんるんで振っていると、後ろから声が聞こえた。

「……何してんの?」

 ぼさっと頭の睦千がひょいっと現れ、青日の手元を後ろから覗き込む。青日はひゃんっと悲鳴を上げた。

「太巻き?」

「てか睦千、なんで起きたの?」

「あっつくて目ぇ覚めた」

 そう言いながらグラスに水を注いで一気に飲み干す。細い首が豪快にごくごくと波打っている。

「確かにね」

「で、何これ?」

 水を飲んだ睦千が口元を軽く拭きながら尋ねる。

「太巻き」

「うん、なんで夜中に太巻き作ってんの?」

「睦千におめでとうの気持ちを込めて?」

 青日の自信作の太巻きを、睦千はしけしげと見る。米の水分に馴染んだ海苔はツヤツヤと輝き、「むち そつぎょうおめでとう!」の白いマヨネーズの文字を引き立たせている。睦千に充てた祝いのプレゼントである。

 睦千は誕生日を祝われるのが嫌いである。曰く、大袈裟、めんどい云々。ケーキは普通の日に食べるから美味いのであって、誕生日ケーキはそれほどでもないという主張もしている。青日は他人の誕生日だろうと誕生日ならばケーキを食べたい甘党であるし、自分の誕生日よりも誰かの誕生日の方が好きだし、大切な人の誕生日はそれなりに騒ぎたいタイプである。とは言え、主役が楽しめない誕生日は論外であるので、あの手この手と「おめでとう」くらい伝えるくらいで勘弁している。睦千は美味いものと面白いものには寛容になるので、太巻きにメッセージを書いて冷蔵庫に入れておこう、というのが今年の作戦であった、失敗したけど、無念。

「ボク、何を卒業したの?」

「支配?」

「尾崎か」

「睦千、尾崎豊が似合うから」

「まあ、校舎の窓ガラス割ったことあるけど」

「あるんかい!」

「十五歳だったもの、ボクも」

「うっへぇ、わっかぁ。なんで割ったの?」

「ボク、まだまだ若いよ……やば、なんで割ったのか忘れちゃった、あは」

 八重歯を見せつけ、誤魔化すように睦千は笑う。

「ま、何かしらからの卒業、おめでとう。ケーキはまた今度ね」

「青日の時に二つ買おうよ」

「じゃあ片方はポーラのアイスケーキね」

「青日好きだねぇ、ポーラ」

「美味しいかわいい」

「分かる」

 で、と青日は太巻きを指差す。

「今食べる?」

「朝起きたら食べるよ。だから、青日も早起きしてね」

「起きれるかなー」

「ボクへのプレゼントだと思って」

「お腹減ったら起こしに来たよ」

「いいの?」

「プレゼントはおれなんでしょ」

「嬉しいわ、ダーリン」

「ハニーの為ならお茶の子さいさいさ。これ片付けたらすぐ寝るよ」

 ふふふ、と笑いながら睦千が軽く手を振って、じゃあおやすみ、と立ち去っていく。青日はそれに手を振って、おやすみ、と言った。睦千の足音が聞こえなくなったところで、また小さく一言。

「誕生日おめでとう、睦千」

 よし、と満足した青日は片付けを済ませ、キッチンの電気を消した。朝食を待ちきれない相棒に起こされるのは、これから五時間後の事である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る