8月 激闘八龍野球大会

 八龍は狭い。狭いくせに、野球場がある。八龍の南側、田園地区の先の旧港跡にちょこんとある。そこで毎年八月三十一日に夏を惜しんで野球大会が開かれる。

「でもさあ、これを野球って言うかどうかだよねぇ」

 ベンチに座る青日が犬みたいに舌を出しながら、頭の上からタオルを被ってぼやく。

「むしろここで普通の野球やる方がクレイジー」

 カキン、と飛んで行った球を目で追いながら睦千は答える。キメラ師匠がご自慢のワニの尻尾で打った打球は高く舞い上がって、あー、フライ、スリーアウト、チェンジ。

「ほら、青日行くよ」

「えー、もー疲れたー」

「次九回だから」

「0-0じゃん、ここでまた守り切って、次点数入んなかったら延長じゃん」

「毎年夜までかかってる」

「なんで引き受けたのさー」

「ラブに言ってよ、あいつのせいじゃん」

「睦千も同罪だよ、お食事券に釣られてさ」

「トントン坂亭、高いから中々入らないし、あそこの麻婆豆腐、本当に美味しいし……」

「半分は睦千のせいだよ、こんなクソ暑いのに……てか、台風来るじゃん、おれ、頭痛いんだけど」

 ぶーぶー文句を言いながら青日は立ち上がり、防具を身につけるとグラウンドに向かう。

 事の始まりは、ラブが新たな恋にうっかりちゃっかり落ちた事、この世の春、夏はこれから、とルンルンのラブは当然のことながら奇怪病の威力が激減していた。そこで激怒したのは、この野球大会主催兼白組監督である。紅白に分かれて対決する奇怪病使用可の野球大会の白組の監督、ここ数年、紅組に負け続けている事もあり、今年こそはと意気込んでいたそうだ。バッターとして期待を寄せていたラブが使いもんにならんと知ると、すぐに代役を差し出せとラブに詰め寄った。お花畑状態のラブはそれじゃ、と睦千を差し出した。朝一にそんな電話をもらった睦千は交渉の果てにノコノコとグランドに向かった。それに青日も付いて行った、飽きたら先に帰ればいいやと観客席に座っていると、鬼の形相の監督が青日の肩をむんずと掴み、一言言った。

「お前、キャッチャーだ」

 曰く、キャッチャーが飛んだ、そこに無能組の片割れを見て、こいつしかおらんと言う次第。当然、青日は嫌だとごねた、だが、さらに一言。

「八龍共通商品券、二十枚、チームが勝ったらさらに十枚つけてやる」

「……マジで言ってる?」

「背に腹はかえられんのだ!」

 鬼監督は青日の肩をぐにぐにと掴みグラグラとゆする。

「お前は座って適当に構えて、適度に青色のあれ出してバッターを威嚇してりゃいいから!」

 それだけなら、と青日は立ち上がった。そして、監督の期待通りにバッターを奇怪病で翻弄し、外野手の睦千はウィッピンを器用に使い、打ち上がった打球を捕っていた。しかし、こちらも点数が入らない、青日はイライラとしていた。

「まあ、青日見てなって」

「んー?」

 今回もバッターを塁に出す事なく、スリーアウトに抑え込んで九回裏、すでにツーアウト、次のバッターは睦千である。

「サヨナラ決めて、もう帰っちゃお」

「えーできんの?」

「……多分?」

 首を捻るクソ相棒の背中をバンと叩いて送り出す。睦千はバットを片手にウィッピンを取り出してニヤニヤと笑ってグラウンドに走って行った。青日はそれを見送って、まあ、睦千が楽しそうだからいっか、と大きく息を吐いね、叫んだ。

「かっとばせー、むーち!」

 カッキーンと今日一のいい打撃音が聞こえたのはそれから二分後のことである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る