第44話 ネゴシエーション

「ユウマ。待たせたな」

 CIAのオーウェン長官が、気軽な様子で俺に声を掛けた。オーウェン長官の表情から、レジスタンスとの話し合いが上手くいったのだと察せられた。

 明日からアメリカ人の脱出作戦が始まる。これから米軍との打ち合わせがある。ダークエルフのミアさんが指摘した通り、この作戦はあくまで在日アメリカ人と助ける作戦で、日本人はほったらかしだ。もちろんアメリカ政府に責任はない。日本政府の責任なのだが、日本政府はH市を警察で包囲して封じ込めを行っている。これでは日本人が救われない。

 俺は心苦しさがあり、『何とか出来ないか』と話が終るのを待っている間ずっと考えていた。そして、アイデアが一つ浮かんだ。実行するには、アメリカの協力が不可欠だ。

 今ならオーウェン長官に話を聞いてもらえそうだ。俺はオーウェン長官に相談を持ちかけた。

「オーウェン長官。ご相談があります。霧の発生装置を破壊したいのですが、アメリカにご協力いただけませんか?」

 オーウェン長官は、怪訝そうな顔で聞き返す。

「霧の発生装置? 何だ? それは?」

「今日、車で移動中に出た話題なのですが――」

 俺はオーウェン長官に霧の発生装置について説明した。オーウェン長官は、俺の説明を聞いたが、イマイチ乗り気じゃない雰囲気だ。

「なるほど……霧の発生装置を破壊すれば、とりあえず霧はなくなるわけだ。良い案だが、霧の帝国の防衛部隊がいるというじゃないか? どうする? 銃撃は効かないだろう? まさかミサイルを撃ち込むってわけにはいかないだろ?」

 俺は腹案を話す。

「魔石化防止薬を飲んで接近戦で倒します」

 オーウェン長官やレジスタンスの三人が、ギョッとした顔で俺を見る。驚かせたようだが、俺なりに計算があって言っているのだ。

「CIAや軍の特殊部隊には、接近戦が得意な人がいますよね?」

 オーウェン長官は、俺を見極めるようにジッと見ていたが、短く答えた。

「いるな」

「防衛部隊は二十人ほどと聞いています。こちらが十人くらいのチームで奇襲すればいけるんじゃないかと。霧の帝国側は、粉をまいて襲撃者を魔石化しようとするでしょう。だが、魔石化防止薬を飲んでいれば粉は効かない。隙を突けます」

 オーウェン長官は、ムッツリと黙り込んだ。俺の計画を真剣に吟味しているのだろう。この作戦が上手く行けば、霧に覆われたロサンゼルスでも同じ作戦を実行出来る。アメリカからすれば、ロサンゼルス解放作戦の前に、日本で予行演習が出来るのだ。悪い話ではないはず。

 視線をオーウェン長官からチラリと外す。キャンディスさんは無表情だ。レジスタンスの三人は、俺の提案を興味深そうに聞いている。一緒に行動してくれそうだ。


 やがてオーウェン長官が口を開いた。

「ユウマ。君の提案には、三つ問題点がある。一つ! 霧の発生装置がどこにあるか不明だ。どこにあるかわからない発生装置を探して、霧の中をうろつくなんて自殺行為だ。それに発生装置が見つかるかわからない。ターゲットなしに軍事作戦は行えないぞ」

 オーウェン長官の指摘はもっともだが、霧のことについては、俺たちよりも情報を持っている人がいる。

「待って下さい。レジスタンスに聞けば心当たりがあるのでは?」

 俺はすぐにダークエルフのミアさんに聞いてみた。

「簡単だ。霧の中心に発生装置がある」

「オーウェンさん。霧の中心に発生装置があるそうです。アメリカは衛星画像を持ってますよね?」

「あるな」

 衛星画像で霧を見て、中心点を確認する。そして中心点近辺を探索すれば、発生装置はすぐに見つかる。GPSは使えるのだ。目ぼしい建物をピックアップしてもらえば、探索は効率良く行えるだろう。

「衛星写真があるなら攻撃場所の問題は解決です。次は?」

 オーウェン長官は、『ほう』と少し興味が湧いてきた顔をしている。俺はオーウェン長官に先を促した。

「二つ目! 日本政府の主権問題。日本国内でアメリカが軍事行動を起こすわけにはいかないだろう?」

 いまさらという気もするが……。オーウェン長官は、ちゃんと建前を整えられるのかと聞いているのだろう。俺は必死に考えて答えをひねり出す。

「日米安保条約を使っては? 日本とアメリカは霧の帝国という外敵に攻撃されている最中ですから、防衛行動として日米安保条約を適用できるのでは? それに日本人である俺が行くのですよ。日米共同作戦ということで、日本政府を説得できます」

「ふふ……かもしれないな」

 オーウェン長官は面白くなってきたのか、ちょっと頬を上げて笑った。俺は手応えを感じた。

「それで、最後は?」

「三つ目! 魔石化防止薬をどうする? レジスタンスの三人しか持ってないだろう。それも切り札だというじゃないか! 魔石化防止薬がなければ、ユウマの提案した作戦は実行出来ない。どうなんだ?」

 それな! 魔石化防止薬だが、俺には心当たりがある。この地球上に魔石化防止薬を持っている国があるのだ。俺はオーウェン長官にズバリと言った。

「アメリカが持っている魔石化防止薬を提供して下さい」

「なに!?」

「T市で倒したエルフの死体を回収しましたよね? この横田基地で輸送機に積み込むのを俺は見ました。四体ありました。エルフは一人につき五個魔石化防止薬を携帯しているそうです。であれば、二十個の魔石化防止薬がアメリカにあると思いますが?」

「……ある」

 俺の追求にオーウェン長官は、シブシブ認めた。やっぱりアメリカは持っているんだ。俺は手を緩めずに、オーウェン長官に要求する。

「では、アメリカが保有する魔石化防止薬を提供して下さい」

「ユウマ。そりゃダメだ。確かに小さな瓶の存在は報告を受けていたが、あれが魔石化防止薬だなんて知らなかった。だが、今、我々は知ってしまった。であれば! 大量生産のため見本が必要だ!」

 オーウェン長官は長々と言い訳する。怪しいな。大量生産の見本、研究用であれば、数本あれば良いのでは? そりゃサンプルは多ければ多いほど良いだろうが、二十本あれば、こちらに回す余裕はあるだろう。

 俺は図々しくズケズケと要求する。

「半分くらい良いでしょう?」

「いや、ダメだ」

「ねえ。オーウェンさん。まさか大統領やアメリカ政府の偉い人が使用するために保管しておくつもりじゃないですよね?」

「……」

 オーウェン長官が黙った。図星だな。大統領、大統領の家族、国務長官やCIAの長官……。きっと万が一への備えってヤツで、手元に魔石化防止薬をキープしておきたいのだ。

 だが、ここにいる日本人は俺一人。日本政府はアテにならない。ならば、俺が強く交渉しなくては! 俺は心を強く持ってネゴを続ける。

「エルフ二人を倒したのは、私です。私にも半分権利があると思いますが?」

「ううーん」

 俺は魔石化防止薬の所有権を主張した。思いのほか効果があり、オーウェン長官は真剣に悩み出した。もう、一押しだな。俺は最後のカードを切った。

「ねえ。オーウェンさん。エルフの防衛部隊を襲撃すれば、沢山の薬が手に入りますよ」

「んんっ!? そうか……エルフの防衛部隊は二十人。ということは、魔石化防止薬が百個手に入るかもしれん。十使って百か……」

「投資とリターンってヤツです。経済大国アメリカならご理解いただけますよね?」

「言うじゃないか!」

 オーウェン長官が、片側の頬だけ持ち上げてニヤリと笑った。

「大統領に伝えよう。だが、まずは明日の脱出作戦だ! 上手く行かなきゃ、そこで終わりだぞ!」

「成功させましょう」

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