第五章 混沌

第15話 魔法の訓練

 ――翌日昼。


「コイツらマジか……」

 俺は動画サイトを見てあ然とした。どうなのこれは? と思える動画が沢山アップされているのだ。

『魔法を検証してみた』、『魔力といえば魔法でしょう!』、『魔石になるのは嫌だけど、魔力は嬉しい! 今日から魔法使い!』、『ついに我が魔力を開放する時が来たか!』といったタイトルで、中にはわざわざ魔法使いのコスプレをして『ファイヤーボール!』と叫んでいる動画もある。

「ネタにして良い状況じゃないぞ!」

 最初、俺は憤慨していた。だが、最悪な状況でも楽しもうとする日本人の逞しさを感じて、俺は次第に笑顔になった。


 状況は悪い。

 月曜日になったが、霧はかかったままだ。霧は薄くなっているが、視界は十メートルくらい。車を走らせるのはキツイ状況だ。H市内のバスは全て運休している。

 政府からの外出自粛要請は継続された。官房長官の会見をネット動画で見たが、『霧については調査中』、『犠牲者が出たかは調査中』、『動画の真偽について調査中』と『調査中』ばかりで、俺の期待していた前向きな回答はなかった。

 それどころか厚生労働大臣が会見して、『霧によってウイルス感染が懸念される』と言い出した。『家から出るな』、『万一ウイルス感染した場合を考えて、霧の中から出るな』と厚労大臣は言う。外出自粛要請より、一段強いトーンだ。

 会社の上司と連絡を取れた。上司も俺が住むH市の状況はニュースで知っていて、『有給扱いにするから休め。政府の言うことに従うように!』と告げられた。

 コンビニで調達した食料があるので、あと数日は保つ。水道、電気、ガス、ネットなどのインフラは問題ない。だが、H市の住民は霧のせいで自宅に閉じ込められているわけで、俺もストレスを感じている。


 そんなところに、この魔法動画だ。

「ふふ……みんな何とかしのいでるんだ……。面白いぞ!」

 家族全員で魔女帽子をかぶって魔法使いごっこをやっている動画もある。ハロウィーンの衣装らしい。ちびっ子と両親が部屋の中で、有名な映画の魔法使いの真似をして、飼い犬のラブラドール・レトリバーが、ちびっ子と追いかけっこをしている。

「なかなか和むな。次の動画は……んっ!?」


 俺は次の動画に目が釘付けになった。『魔力で身体強化してみた』というタイトルで、三十歳くらいの男性が室内で重そうなテーブルを持ち上げている動画だ。

 動画主は、三十歳くらいのヒョロイ男性なのだが、親指と人差し指で大きなテーブルをつまみ軽々と持ち上げて見せた。それどころかウチワをあおぐように、大きなテーブルをブンブンと二本の指だけで振ってみせる。

『僕自身も信じられません。ですが、ご覧の通り魔力で身体強化をすれば、こんな大きなテーブルも持ち上げられます。ティッシュの箱と変わらない重さに感じます』

 動画主は淡々と感想を述べ、身体強化のやり方を説明した。

『最初は座禅を組んでゆっくり深呼吸します。ヨガみたいな感じです。体の中に魔力があると信じて、体の中の魔力をゆっくり動かすイメージをします。すると体の中で何かが動く感じがありました。血液の流れなのか、リンパなのか、医学的に何なのかはわかりませんが、どうやらこの何かが魔力のようです』


 俺は動画を一時停止して、床にあぐらをかいて座った。

 動画で言っていた通りゆっくり深呼吸して、体の中の魔力を動かすイメージをしてみる。

「あっ……!」

 体の中で何かが動くのを感じた。炭酸飲料のシュワシュワがお腹から背中の方に動いたような感覚だ。

 しばらくの間、俺は魔力と思われるシュワシュワを動かし体中に巡らせるように練習した。全身にシュワシュワが均等に行き渡った気がする。これで身体強化が出来ただろうか?


 俺は試しに腕立て伏せをしてみた。一、二、三、四――。

「ウソだろ……!」

 腕立ては百回を超えたが、まったく苦にならない。運動不足のサラリーマンである俺が腕立て百回! 凄いぞ! 身体強化!


 だが、ここまで来たら、もっと魔法らしい魔法を使いたい。ゲームに出てくるファイヤーボールのような攻撃魔法は実現出来ないだろうか?

 ネット動画を見る限り、攻撃魔法は誰も実現出来ていない。

「あっ! 方法がある!」

 俺は有名なアニメを思い出した。カメハメ的な、発勁のようなことは出来ないだろうか?


 俺は早速カメハメ的なポーズをとってみた。

「カ……メ……ハ……メ……、おおっ!」

 魔力を放出するのは無理だった。だが、手のひらに魔力が集まるのは感じた。この手のひらに集まる魔力を使えないだろうか?


「触って伝達するのはどうだ?」

 魔力を外に放出するのが無理でも、触っている物体に魔力を伝達することは出来るのではないか?

 俺は何か実験に使えるモノがないか部屋の中を探し、使っていない古いラーメンドンブリを見つけた。これなら壊れても構わない。


 ベランダに出てラーメンドンブリをベランダの床に置く。空手の瓦割りのような格好で手のひらに魔力を集める。ラーメンドンブリに手をあてて、手のひらに集まった魔力を前方に動かす。

「ハッ! ええっ!?」

 一瞬ビシリと音がして、ラーメンドンブリは粉になってしまった。粉々ではなく、文字通り粉になったのだ。

「何て威力だよ……。これが人間の骨だったら……」

 人間の骨を粉々にする威力。俺は人体に魔力を撃ち込むことを想像してブルリと震えた。


 ベランダを片付けて部屋に戻るとインターホンが鳴った。ウチはオートロックのないマンションなので、ドア前まで人が来ている。

 玄関ドアののぞき穴から外を見ると、スーツを着たきれいなお姉さんが立っていた。霧で外出自粛要請が出ている中、セールスとは思えない。誰だろう?


 インターホンが再び鳴らされたので、俺はドア越しに返事をした。

「はい! どちら様ですか?」

「佐藤さん! こんにちは! アメリカ大使館の方から来ました!」

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