第14話 間話 アメリカ大統領執務室
――アメリカ首都ワシントンのホワイトハウス。
大統領執務室ではパーマー大統領が、椅子に座り眉根を寄せていた。
「国務長官。日本から続報はないのか?」
執務室のソファーに座るフルブライト国務長官が答えた。
「ございません。何度か問い合わせていますが、『調査中』と答えるばかりです」
「まったく日本の総理大臣は……」
パーマー大統領は口を閉ざした。同盟国の元首を批判するのは、話が外に漏れない大統領執務室の中とはいえ控えた方が良いと考えたのだ。
パーマー大統領は、アフリカ系アメリカ人の大統領だ。バラク・オバマに次いで二人目のアフリカ系アメリカ人の大統領である。地元はシカゴ。民主党の大統領だ。学生時代にアメフトで鍛えたガッチリした体を、五十代になっても維持している。
国務長官のマリヤ・フルブライトは、チェコ系のアメリカ人女性。コロンビア大学で政治学を学び、ロシア研究の第一人者である。アジアへの造詣も深い。
フルブライト国務長官は、冷静な口調で同盟国をかばった。
「日本人は慎重な性質です。情報を確定しようと努力をしているのでしょう」
「そうだな。同盟国を信頼しよう。しかし、ロスで発生した霧は何とかしないと……」
現在、アメリカのロサンゼルスでは『霧』が発生している。霧で多数の交通事故が発生し、都市機能がマヒしてしまいそうなのだ。電気や水道など都市インフラに影響がないのが救いだが、警察、消防、救急が、霧のために移動できず。911には、犯罪の通報や救急車の要請、火災の通報が相次いでいるのだ。
「大統領! 失礼致します!」
CIA長官が部下を連れて、大統領執務室に入室してきた。
「ユウマが新たに動画を公開しました!」
ユウマは既に米政府に認識されていた。
日本政府から米政府に情報が来ない。
しかし、動画サイトでウソのような情報を拡散している人物がいる。CIAの分析官たちは、当初動画の真実性に懐疑的だった。『フェイク動画ではないか?』との見方が大勢だった。だが、動画に詳しい分析官が『動画は本物』と鑑定したことで情勢が変わった。
動画の投稿者に関する情報がすぐに調べられ、日本在住のユウマ・サトウなる人物が投稿したと突き止められた。
情報はCIAの分析官から上司へ。上司からCIA長官へ。CIA長官から大統領へと伝わり、ユウマは米政府にとって、最もホットな人物になった。
CIA長官からの報告を受けるとパーマー大統領は、ギラリと目を光らせた。
「すぐ見よう!」
すぐに大統領執務室のモニターにユウマがアップした動画が映し出された。
ユウマの日本語を、CIA職員が英語に翻訳する。
『この動画にはショッキングな映像が含まれます。公開するかどうか悩みました。ですが! エルフの倒し方がわかれば、魔石になる被害者を減らせると思います! これからご覧に入れるのは、エルフとの戦闘動画です』
大統領執務室の中では、パーマー大統領、フルブライト国務長官、オーウェンCIA長官が、モニターを食い入るように見ていた。
大統領がモニターから目を離さずCIA長官に質問した。
「オーウェン長官。ロスでは人間が魔石になったとの報告はないな?」
「ありません」
「わかった」
三人とも同じことを考えていた。
ロサンゼルスで発生した霧が何か?
米政府は、まだ、霧が何なのかわかっていない。アメリカ政府機関や優秀な研究所が本気を出して分析しても霧の正体がわからないのだ。
こうなると、日本から発信されている『人間に魔力を与えるガス』というバカバカしい情報もウソと言い切れなくなる。
そしてCIAは、人間が魔石に変わる瞬間を撮影した動画を『本物』と認定した。
アメリカ国民が、アメリカ領土内で、アメリカ人以外の人間から攻撃を受ける。それは『あってはならないのこと』なのだ。そのようなことが起れば、アメリカ政府は、本気で反撃・報復をする。
しかし、ガスをばらまいた犯人も手段もわからない。米国内のテロを担当するFBIの調査は手詰まりになっている。ユウマが動画で語った『霧の帝国』の存在を、無視できない状況なのだ。
FBIは原因調査と並行して、霧の帝国による攻撃がないか街中の監視カメラの映像を、スーパーコンピューターを使ってリアルタイムで解析する作業を始めている。エルフと思われる人物、粉をまく不審な人物がいれば、すぐにアラートがFBIの即応部隊に届く。
あまりにもバカバカしい話。だが、ユウマの情報を無視し、ユウマの情報が真実であった場合は取り返しがつかなくなる。『人が魔石になる』、『霧の帝国というエルフが攻め込んでくる』というユウマから発せられた情報に対応せざるを得ない。だが、現代科学では到底理解不能な状況に、米政府が適切に対応出来るかわからない。
ユウマが語ることが、むしろウソであって欲しいと三人は思っていたのだ。
モニターでは動画が進み、犬獣人モーリーが矢を放つシーンになった。
「今、矢が跳ね返ったな?」
「鎧に当たったのでしょうか?」
「いや……体の前面で跳ね返ったように見えた……」
パーマー大統領とフルブライト国務長官が、モニターを見たまま言葉を交す。
動画は進みエルフの兵士二人が打ち倒され、続いて残りの二人も倒された。画面は静止画に代りユウマの言葉が続く。CIAの職員がすぐに翻訳を行う。
『この行為が日本の法律でどうなるのかわかりません。ただ、わかって欲しいのは、倒されたのは、日本人を魔石にしようとしたエルフです。既に犠牲者が出ています。三人はエルフの先行偵察部隊を倒すことで、日本人を守ったといえるのではないでしょうか? ご覧の通りエルフには遠隔攻撃が効きません。魔法の障壁で防がれてしまいます。接近して仕留めるしかないそうです。魔石になる粉を、かけられる前にです! この動画を拡散して下さい。そして、日本政府が対策を講じてくれることを願います』
動画が終ると、大統領執務室が静かになった。しばらくしてパーマー大統領がCIA長官に質問した。
「この動画を公開している人物……。ユウマという人物と秘密裏に接触することは可能か?」
「可能です。日本大使館にCIA職員がおります」
フルブライト国務長官が手を上げて意見を表明する。
「お待ち下さい、大統領。同盟国内での情報機関の活動は慎重であるべきです。外交面からあまり望ましいことではありません」
「国務長官。では、国務省が公式に面会するのか? 日本政府に話を通して?」
「いえ。それでは時間がかかります。CIA職員はアメリカ大使館職員として、逃げ隠れせずに接触して欲しいのです。ビジネスの話とか何とか理由をつけて……。どうせ、日本政府もこのユウマという人物をマークしているでしょう。極秘に接触しても日本政府にバレるのは時間の問題です。バレれば、日本政府と米政府の間に亀裂が生じる可能性があります」
「ふむ……。それなら表からドアをノックした方が良いか……。CIAはどうだ?」
「国務長官の意見に賛成です。表だって行動出来るなら行動の幅が広がります」
CIA長官は手元の資料に素早く目を通した。
「ユウマ・サトウはエンジニアのようです。米国企業がヘッドハントしたいという理由で接触してみましょう」
「進めてくれ」
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