第48話 新婚旅行はホワイトハウス

「ふう。終ったね……」

「終ったわ……」

「疲れたな……」

「ああ。酒が飲みたい……」

「お腹が空いたよ……」

 俺、キャンディスさん、レジスタンスの三人は、横田基地の格納庫でグッタリして椅子に腰掛けていた。

 もう、夜の七時で暗くなっている。滑走路から救出したアメリカ人を乗せた旅客機が離陸していく。俺はチカチカと光る翼の灯りをぼうっと見ていた。

 霧の帝国との戦闘はなかった。大きな問題なく脱出作戦は実行され、合計百十八人がアメリカ本土へ帰った。

 俺たち五人は交代なしのフル参加だった。俺の仕事は荷物を持ったり案内したりと大したことなかったのだけど、いつ戦闘になるかわからないので気疲れがハンパなかった。

 特殊部隊シールズの連中は、さっさとシャワーを浴びに行った。格納庫にいるのは、俺たち五人だけだ。


「やあ! ありがとう! 大成功だったね!」

 CIAのオーウェン長官だ。右手に瓶ビールの六本入りケースを持っている。オーウェン長官は、礼を述べながらマドワイザーの瓶を一人一人に手渡した。

「じゃあ。乾杯!」

「「「「「乾杯……」」」」」

 マドワイザーの瓶すら重く感じる疲れ。瓶に口をつけると唇に硬質な感触。続いて冷えたビールが口の中に流れ込んでくる。飲み込むと炭酸が喉から胃に流れ込み、体の中心からじわっと全身にビールが染みてくる。思わず口から声が漏れる。

「ああっ……」

「ハハッ! ユウマは旨そうに飲むな!」

 オーウェン長官は上機嫌だ。

 キャンディスさんが、オーウェン長官に聞く。

「オーウェン長官。何かありましたか?」

「うん。大統領が破壊作戦にゴーサインを出した。日本政府も秘密裏に破壊作戦を了承した」

 秘密裏か……。つまりオーウェン長官の予想通り、日本政府は黙認を選択した。それでも作戦行動を認めただけ上等なのだろう。

 俺はビールをもう一口飲む。苦い。


 俺たち五人は疲れていて口が重い。オーウェン長官が俺たちの疲れを察して、どんどん話をしてくれる。

「実は……H市の状況が良くないらしい」

「えっ?」

 CIAが集めた情報によれば、俺たちが脱出作戦を行っている間に、H市では食料をめぐって住民同士の小競り合いが発生したそうだ。さらにSNSには救いを求めるH市住民の動画が増えているという。

「特に糖尿病患者や人工透析が必要な患者は死活問題だからな」

「医療もストップしているのか……」

「そういうことだ。今日の午後、パーマー大統領が岸辺総理と電話会談を行った。だが、岸辺総理は、どうもなあ……」

 岸辺総理はパニックを起こしているのか何も決断できないそうだ。パーマー大統領が、H市の封鎖を止めた方が良いのではないかとやんわり忠告したらしい。

 だが、岸辺総理は厚生労働省がどうのと要領を得ないことを繰り返すだけで、現状変更に消極的だとパーマー大統領は感じたそうだ。これまでは日本政府の主権を尊重していたパーマー大統領だが、今回の電話会談で遠慮をなくすと言い出した。

「日本人のユウマには申し訳ないが、どうも今の日本政府は頼りないんだ」

「俺から見ても頼りないです」

 俺は苦笑を返すしかなかった。


「とにかく今日はご苦労だった。本当にありがとう。破壊作戦は、こっちで具体的な計画を立てる。今日はゆっくり休んでくれ」

 オーウェン長官は、マドワイザーの瓶を片手に立ち上がった。帰ろうとするが、何かを思いだしたように振り返り、俺とキャンディスさんを見る。

「ああ。キャンディス、ユウマ。パーマー大統領から伝言だ?」

 俺とキャンディスさんは、顔を見合わせる。俺たち二人に伝言? 何だろう?

「新婚旅行をワシントンにするなら、ホワイトハウスに招待する――だそうだ!」

 車内でキスした件か! 本当に車内カメラをモニターしていたのかよ! それも大統領が!

 俺とキャンディスさんは、顔赤くした。

 オーウェン長官は、俺とキャンディスさんの様子を見ると、ニヤッと笑ってマドワイザーの瓶を掲げた。

「乾杯!」

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