第23話 霧の中の運転

 俺は彼女がいるT市に向かうことにした。キャンディスさんも同行してくれるので、非常に心強い。


 俺は外出のために着替えるとキャンディスさんに告げて、食堂からベッドルームへ。衣装ケースを開け拳銃を取り出す。ネット動画を見て、拳銃の使い方は覚えた。

 無機質な拳銃の感触。心強さと『本当に撃てるのか?』という少しの疑問を感じながら、俺は機動隊から無断で拝借したベルトを腰に巻き、ホルスターに拳銃をしまった。

 この格好では銃を持っていることが丸見えだな……。クローゼットから腰まで隠れるフィールドジャケットを引っ張り出して羽織ってみる。鏡に映してみると、ちょうど拳銃が隠れている。

(よし……これならバレないだろう……)

 俺は一人納得してベッドルームを出た。



 キャンディスさんの車は、マンションの下に止まっていた。霧が出ているのだ。誰も駐車禁止を切らないだろうが、雑にどかっと止めている感じがいかにもアメリカ人的で笑いそうになってしまった。

 車種は黒のSUV。日本車で右ハンドルだ。

「アメリカ車じゃないんですね」

「日本で運転するなら右ハンドルの方が良いですよ。ただ、まあ、防弾装備になってますし、あちこち改造していますから、普通の日本車じゃないですけどね」

 なるほど。外見は普通のSUVだけど、CIA仕様というわけだ。

「さあ、乗って!」

 キャンディスさんが運転席に乗り込み、俺は助手席のドアを開けて車に乗ろうとする。

「あっ……」

 助手席が凄いことになってる。食べ散らかしたお菓子やハンバーガーの包みが散乱しているのだ。

 俺はキャンディスさんの私生活を、ちょっと想像してしまった。ひょっとしたら、部屋はかなり乱雑なのではないだろうか? お風呂に入ってるのかな?

 色々想像して車に乗るのを躊躇していると、キャンディスさんがテキパキと指示をする。

「荷物は後ろに放り込んでおいて」

「あっ。はい」

 俺は助手席を片付ける。ポテトの塩であろう塩の粒などがシートに落ちている。潔癖症の人が見たら激怒するであろう状況だ。幸い俺は潔癖さんじゃない。パンパンとシートを払って、助手席に座る。

「住所は?」

 キャンディスさんがカーナビに手を伸ばす。俺が彼女の住所を告げ、キャンディスさんが入力する。

 ダッシュボード回りを見ると、色々な機器が備え付けられている。

「触らないでね」

「了解です」

 何に使うのかわからない機械は触らないに限る。俺は両手を上げて、触らないですとアピールする。


 車が走り出す。自転車くらいのスピードで霧の中を進む。正直、ちょっと怖い。

「あの……スピード出して大丈夫なんですか?」

「もう慣れたから大丈夫。外出している人もいないし」

 そういうモノなのか? まだ晴れていない霧の中を、キャンディスさんは迷いなく進む。

「ユウマ、運転免許は?」

「持ってます」

「じゃあ、この霧の中で運転する方法を覚えておいて」

 キャンディスさんが、ダッシュボード近くのモニターを指さす。

「この画面がサーモグラフィー。前方に人がいれば人型が映ってアラームが鳴るから速度を緩める」

 サーモグラフィー……温度を感知しているのか。

「これがGPS。ちょいちょいGPSを見ていれば、霧で回りが見えなくても迷わない。基本右車線を走って。左車線を走ると停車している車両がいたら、ぶつかるから」

「了解です!」


 なかなか難しそうだが、キャンディスさんは苦もなくこなして、車を進めている。これなら歩くよりもかなり早い。

 ただ、俺がこの速度で車を走らせられるかと聞かれると、正直自信がない。ノロノロ運転で何とか前に進めるくらいだろう。

「あの……基本的にキャンディスさんが運転しますよね?」

「もちろん。けど、私が負傷することもあり得るし、魔石になっちゃうこともあり得るでしょ? その時は、ユウマが運転するしかないでしょ?」

「そ、そうですね」

 俺は自分の考えの甘さに落ち込む。キャンディスさんは、厳しい状況も想定していた。覚悟を決めて来たのだ。

「すまない……。本当にすまない……。キャンディスさんを巻き込んでしまった……」

「まあ、ユウマ一人で乗り込むより、二人で乗り込んだ方が成功率は高いと思うから……。上手くいったら、焼き肉を食べに行きましょう!」


 キャンディスさんが明るく振る舞う。俺に気を遣わせないようにと配慮してくれたのだろう。ありがたいな。

 俺はキャンディスさんの優しさに乗る。

「ああ! 良いですね! ロース! カルビ! タン! ハラミ! がっつり食べましょう!」

「何かお腹空いたわね……。食べる?」

 キャンディスさんが、チョコレートバーを取り出した。

 この人はどれだけカロリーを取るんだ!?

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