第29話 二度目の戦闘
戦闘が終った。
俺は体内の魔力が沈静化するのを感じながら、荒い息を整えていた。キャンディスさんは、既に拳銃を構え非常階段の下を警戒している。
「ユウマ! まだ、終ってない! 脱出するわよ! 愛ちゃんを連れて来て!」
「わ……わかった!」
そうだ! まだ、エレベーターホールに霧の帝国の兵士が二人残っている。無事に脱出するまで油断できない。
俺は階段を駆け上がりベランダで隠れていた愛を連れ出す。愛の荷物を抱え、階段を下りようとする。
「ヒッ……!」
愛が短く悲鳴を上げる。愛の視線の先に、さっき俺が殺したエルフと兵士が横たわっていた。
「大丈夫……ゆっくり……ゆっくり下りよう」
俺は愛の手をとって、ゆっくり階段を下りる。愛の膝が震えている。俺は声を掛け続けた。
「がんばって! 大丈夫だから! 心配ないから!」
「エレベーターから降りようよ!」
「エレベーターはダメだ! 待ち構えられている! 殺されるぞ!」
「ええ……いやだよ……!」
愛が泣きそうだ。俺は愛の頬に手を添えて、愛の目を見て必死に語りかける。
「大丈夫だ! 必ず生きて出られる! だから非常階段を下りるんだ! ここから脱出するんだ!」
「本当に大丈夫なの!?」
「ああ、大丈夫だ! 約束する! さあ、歩いて! 一歩ずつ! ゆっくりで良いから、階段を下りるんだ!」
俺に促されて、愛は一歩ずつ階段を下り始めた。
踊り場にたどり着きエルフの死体の横を歩く。
戦闘の高揚感というヤツだろうか? 俺は何も感じない。マンションから脱出することにフォーカスしている。
だが、愛は吐きそうになっている。俺は愛の腰に手を添えた。
「見るな! 愛が見る必要はない! 見る必要はないんだ! さあ、足を出して! 階段を下りよう!」
俺は何とか愛を言い聞かせて、階段を下りた。
非常階段で一階に降りたが、一階から外へ出る出口が見当たらない。どうやらロビーを通らなければならないようだ。
「不良設計じゃない!」
「まったくだ!」
キャンディスさんが小声で悪態をつき、俺が応じる。愛は青い顔をして、黙って俺に従っている。
「あと、もう少しだ! がんばって!」
「……」
俺は愛を励ますが、愛は返事をする余裕がない。
俺は意識を愛から脱出に切り替える。マンションに入った時のことを思い出す。ロビーには、兵士が二人いたな……。
キャンディスさんが、そっとロビーをのぞき込んだ。顔を引っ込めると、手で俺に合図をする。俺もロビーをのぞき込む。ロビーは霧が薄らと掛かっているだけで見通すことが出来た。だが、兵士の姿は見当たらない。
「いないね?」
「チャンスね! 出るわよ!」
「賛成!」
兵士がどこへ行ったのかわからないが、兵士がいないならロビーを通らせてもらおう。
キャンディスさんが銃を構えたまま先行し、俺が愛を抱えるようにして続く。
キャンディスさんが、エレベーターをチラリと見た。俺も視線をエレベーターに向ける。エレベーターの階数表示を見れば、エレベーターが上っているとわかる。
「エレベーターが動いているわ。上ってる」
「戦闘の音を聞きつけて応援に向かったのでは?」
「そんなところでしょうね。ユウマ! 愛ちゃんを車に乗せたら戻ってきてくれる?」
「……? 了解」
キャンディスさんが、何か思いついたようだ。何かはわからないが、とにかくキャンディスさんの指示に従う。
マンションの入り口でオートロックの自動ドアが開く。車の後部座席に愛を座らせ、愛の荷物を放り込む。
「ここで待ってて!」
愛は真っ青な顔でコクリとうなずいた。俺は自動ドアが閉まる前に慌ててマンションのロビーに戻った。
エレベーターの前に戻ると、エレベーターが下りていた。
一フロアごとに止まっているようだ。霧の帝国の兵士が乗っているのだろうか? 俺たちがエレベーターに乗るのを見て真似をしたのか? ボタンを全部押したのか?
「ユウマ! 銃に弾を込めて!」
「わかった!」
予備の弾を腰のベルトのケースから取り出す。チラリとエレベーターの表示を見たが、まだ六階だ。俺は落ち着いて弾をリボルバーの拳銃にこめた。
「準備できた!」
「ユウマ。下りてくるエレベーターに兵士が乗っていたらヤルわよ! いいわね!」
キャンディスさんは、ここで霧の帝国の兵士二人を倒すつもりだ! 悪い選択ではない。俺の住んでいるマンションのそばに現れた霧の帝国の先行偵察部隊は四人だった。
このマンションで既に二人倒している。残りの二人を倒せば、この霧がかかったT市エリアの安全は確保される。
俺はキャンディスさんの決断を支持した。
「やろう!」
キャンディスさんは、俺に作戦を指示した。作戦はシンプルだ。俺とキャンディスさんが、エレベーターの左右に分かれ、エレベーターから兵士二人が出て来たら不意を突いて倒す。
「ユウマ。躊躇わないで!」
「ああ。腹はくくってるよ!」
「上手くいったらビールを奢るわ」
「そいつは楽しみだ!」
俺とキャンディスさんは、エレベーター出口の左右に別れた。俺が向かって左、キャンディスさんが右だ。
エレベーターの表示が動く。四階、三階……。俺は拳銃の撃鉄を起こし、攻撃に備える。
二階……一階!
エレベーターのドアが開く音が聞こえた。続いて硬質な音。ブーツが床を叩く音だ。黒い革製のブーツが見え、霧の帝国の兵士が出て来た。霧の帝国の兵士は、真っ直ぐロビーを進もうとした。
パンと銃弾の発射音がロビーに響いた。キャンディスさんが兵士の膝の裏を撃ち抜いたのだ。兵士が崩れる。もう一人の兵士が、倒れる兵士を助けようと手を伸ばした。
俺は自分でも驚くほど落ち着いていた。俺は兵士の死角になっているのを幸いに、後ろから兵士に組み付いた、。右手で握った拳銃を兵士のアゴの下にあて引き金を引く。
すうっと兵士の力が抜けて、兵士が床に倒れた。まず、一人!
キャンディスさんは、膝を撃ち抜かれて倒れた兵士の顔面に銃を突き付けた。
「バーイ」
キャンディスさんが引き金を引く。兵士の体がビクリと一度痙攣し動かなくなった。
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