第28話 戦闘

 愛が住むマンションのベランダを走り抜ける。突き当たりは非常階段だった。

 ベランダから一メートルほどの高さがあるコンクリートの壁を乗り越えれば、非常階段に出られる仕様になっている。

 先行するキャンディスさんが、コンクリートの壁を軽々と乗り越えて銃を構える。スッスと階段の安全を確認すると、俺に合図が来た。

 俺は愛の荷物を壁の向こうにある非常階段に下ろし、コンクリートの壁を乗り越えようとした。

「あっ……!」

 階段の下から耳の長いエルフが現れた! 霧の帝国の先行偵察部隊! 隊長のエルフだ!


 パン! パン!

「下がって!」

 乾いた音がマンションの踊り場に響いた。俺はコンクリートの壁を乗り越えようとしていたが、慌てて体を引っ込める。

 ベランダに伏せると愛が俺の服を強い力で引っ張って来た。愛の顔は恐怖で引きつっている。

「何!? 何しているの!?」

「エルフがいたんだよ! 霧の帝国だ! 俺たちを襲っているんだ!」

「何言ってるか、わからないよ!」

 愛は叫びながら俺の服を引っ張る。だが、今は愛に説明している時間はない。愛の部屋に引き返すのか、強行突破するのか、別ルートを探すのか、俺たちは決断して行動しなくてはならない。

「頭を低くして!」

 俺は愛の頭に手をのせグッと力を込めて下に押す。愛は俺に逆らわず頭を両手でカバーして、ベランダに座り込んだ。

 俺は拳銃を抜いてベランダから、外の方向へ顔を出す。こちらからも狙える!

「キャンディスさん! こっちからも狙えます!」

「私が合図したら撃って! ゆっくりで良いから! よく狙って! ユウマが撃っている間に、弾倉を交換する!」

「了解!」

 俺はベランダの手すりに両手を置いて、狙いがぶれないようにする。非常階段に立つエルフに狙いを定める。

 キャンディスさんが叫ぶ。

「撃って!」

 俺はゆっくりと一発ずつ丁寧に撃とうとした。

 パン!

 引き金を引くと乾いた音がして銃弾が発射された。思ったよりも軽い手応えだ。銃弾がどうなったのかはわからない。外れたのか?


 エルフがこちらを見た。ゾクッとする目をしている。人を見る目じゃない。物。オブジェクト。無機物。そういった血の通わない物体を見る目だ。

(殺さなきゃ! 殺される!)

 俺はエルフの目を見て本能的に理解した。連中と話し合いなど無理だ。なぜなら彼らは、俺のことを同じ人間などとは思っていない。連中は俺たちを屠殺しに来たのだ。


 俺は息を吸って引き金を引く。さっきは単なる時間稼ぎとして引き金を引いた。だが、今回は殺意をこめて引き金を引いた。

 パン!

 乾いた音。

 俺が殺意を込めた銃弾はエルフの手前で弾かれた。あれが魔法の障壁か!? ダークエルフのミアさんから聞いていたし、獣人モーリーの矢を防いでいるところを見たが、自分の攻撃を止められるとショックだ。

 俺は三発目を撃つ。

 パン!

 発射音とほぼ同時にエルフの体の前で光が発生した。体の三十センチほど前だろう。何かが存在しているのがわかる。攻撃をしなければ、何もないように見えるが、着弾すると光を発するようだ。


「交代するわ!」

 キャンディスさんの声が横から聞こえた。キャンディスさんが再び発砲をしだす。俺は、攻撃を受けるエルフの様子をジッと観察していた。

 エルフの魔法障壁は着弾すると発光する。体を覆うように円筒形で展開していると、光り具合からわかった。

 もう、一人現れた。革製の兜をかぶった霧の帝国の兵士だ。銃撃の中で、兵士はエルフの隊長の肩に手を置くと何か話しかけている。

 俺は二人の様子を見て疑問を持った。

(魔法の障壁は展開しているのに、手を触れることが出来るのか……)

 戦闘が行われている最中、命がけの戦いの最中だが、俺はどこか面白さを感じてしまっていた。

 エルフの魔法障壁は攻撃――つまり強い衝撃はブロックするが、普通に手を触れるような弱い力はブロックしない……ということではないだろうか?

 だとすれば、接近して魔法障壁の内側に潜り込み攻撃することが可能……あっ!

 俺はダークエルフのミアさんの言葉を思い出した。

『エルフを倒すには、不意打ちで接近して体の近くで武器を使え』

 ダークエルフのミアさんたちの戦い方は、至近距離で刃物を振るっていた。

 接近するのがポイントなのか!


 さらにわかったことがある。

 エルフの隊長と兵士は動こうとしない。もし、俺が彼らだったら階段を上る。魔法障壁で守られているのだ。階段を上ってキャンディスさんを攻撃する。

 だが、彼らは踊り場から動かないでいる。キャンディスさんの銃撃によって踊り場に釘付けにされているのだ。

 ここから導き出される仮説……魔法障壁を展開している間、ないし、魔法障壁が攻撃を防いでいる間は、何らかの理由で移動が出来ない……。

 俺はジッとエルフの隊長と兵士を見る。

 二人は動かない。俺は確信を深めた。


 やろう!


 俺はコンクリートの壁を乗り越えて、キャンディスさんの横に膝を突く。右手に拳銃を握り、体内の魔力を全身に巡らせ『身体強化』を発動する。

「キャンディスさん! 俺が突っ込みます! 援護で銃を撃ち続けて下さい!」

「えっ!? ちょっと、何をする気!?」

「援護射撃を頼みますよ! 行きます!」

 俺は低い前傾姿勢のまま、階段を一気に飛び降りる。身体強化をされた脚力は、体を軽々と動かす。グンと体にGを感じながら、急速に視界が移動する。一瞬でエルフの隊長が眼の前だ。

(殺れる!)

 俺は右手で握った拳銃をエルフの腹に押し当てる。拳銃越しに柔らかい肉の感触を感じると同時に俺は引き金を引く。

 パンと乾いた音。

 エルフの隊長から力が抜けていく。だが、まだ動いて、反撃しようとしている。俺は右手の拳銃を突き上げるようにして、エルフのアゴの下に密着させた。

 パンと乾いた音。

 銃弾はアゴから脳天まで突き抜けた。エルフの隊長は脳天から脳漿をまき散らして冷たいコンクリートに倒れた。

 動揺する霧の帝国の兵士。革製の不気味な兜をかぶっているが、動きがまごついている。

 俺は身体強化をしたまま、エルフの兵士の懐に素早く忍び込む。

 兵士は革製の鎧を身につけている。俺は鎧の隙間を胴体部分に見つけ、拳銃を押しつけた。迷わず引き金を引く。

 カチンと金属が金属を叩く硬質な音。

(弾切れかよ!)

 俺は拳銃から手を放す。兵士がナイフを引き抜き俺に振り下ろそうとする。俺は魔力を一気に手のひらに集め、右手を兵士の胴体に密着させた。

 集めた魔力を一気に開放する――発勁だ!

「セイッ!」

 俺の手が触れた部分を中心に魔力の光が溢れた。兵士が吹き飛び背中を非常階段の壁に強く打ちつける。兵士は壊れた人形のように、無様に踊り場の床に転がった。

「ふう……」

 俺はゆっくりと立ち上がり、兵士を見る。まだ、息がある。体をピクピクと痙攣させている。


 階段を駆け下りてきたキャンディスさんが、ゆっくり拳銃を構え引き金をひいた。

 パンとひどく乾いた音がして、兵士は顔面を撃ち抜かれ息絶えた。

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