第三章 霧の帝国
第7話 霧の正体
俺たちは、無事マンションに到着した。自分の住んでいる部屋に入ると、ホッとして腰が抜けた。俺が玄関先で四つん這いの姿勢になると、エルフが俺を抱きかかえた。
「大丈夫か!? 怪我をしたのか!?」
「大丈夫だ。ホッとしたら……、つい……。正直、怖かった」
「無理もない。ここが君の家か?」
「そうだ。入ってくれ」
エルフに抱えられるようにして、俺は部屋に入った。エルフに続いて、犬型の獣人とドワーフが続く。
あっ……。みんな土足だ。
「ああ。すまない。部屋では靴を脱いでくれ……。この国では、家に入る時は玄関で靴を脱ぐんだ」
「「「靴を脱ぐのか!?」」」
三人とも驚いているが、素直に俺の言うことを聞いて玄関で靴を脱いでくれた。リビングに三人を招いて、カーペットの上に座ってもらう。
しばらく沈黙が続く。お互い何から話すかと考えているのだろう。俺はとにかく礼を述べることにした。
「ああ……ええと……。助けてくれてありがとう! とにかく助かった! それで、色々聞きたいことがあるんだが……。ああ! そうだ! 朝メシを食べながらで良いか? 君たちも良かったら食べてくれ!」
とにかく話しづらい。何せ目の前にいるのは、外国人どころの話ではない。あきらかに人間と違う種族の人々だ。お互いを知るためにも、一緒に食事でもと考えた。
俺は弁当やおにぎりが入ったカゴを引き寄せた。とにかく腹が減っているので、おにぎりをペットボトルのお茶で流し込む。
三人とも俺が食べる様子を見ていたが、やがて何かを食べようとカゴをあさり始めた。
「そっちのカゴは保存がきくから、お弁当が入ってるカゴから食べてくれ。そう! そっちだ! それは甘いパンだ。それは唐揚げといって鶏肉だ。ああ! チンするから貸してくれ!」
犬獣人から唐揚げ弁当を受け取りキッチンでチンする。唐揚げ弁当をスプーンと一緒に犬獣人に渡すと、犬獣人が唐揚げ弁当を空中に放り投げた。
「ええっ!? 熱い!?」
犬獣人が驚く姿は、なかなかユーモラスだ。俺は内心ほっこりしながら犬獣人に説明をする。
「そこの電子レンジという道具で温めたんだ。肉は温かい方が美味しいだろう? その透明なフィルムは破ってくれ」
俺はおにぎり一個を腹に入れたことで、随分気持ちが落ち着いた。せっせと三人の世話をする。
エルフは、BLTサンドイッチとピーナツクリームサンド。犬獣人は、唐揚げ弁当。ドワーフは、牛丼。三人とも目を開いて、美味しそうに食べている。
俺は、おにぎりに続いて、とんかつ弁当をチンして食べた。一日食べていなかったから、自然とガツガツした食べ方になってしまった。
テレビをつけると、時間は午前六時四十五分。マンションを出たのが六時頃だったから、機動隊が消されてしまった一連の出来事は三十分ほどの時間だったのか……。俺が機動隊員さんたちのことを思い出していると、エルフが話し出した。
「話をしたいのだが、良いだろうか?」
「ああ、もちろんだ! 俺は、佐藤悠真。悠真と呼んでくれ」
「ユウマだな。私の名はミア。ダークエルフだ。こっちは犬獣人のモーリー。そしてドワーフのガルフ」
紹介された三人を改めて見る。日本のマンションに、ダークエルフ、毛むくじゃらの犬獣人、ゴツくてヒゲもじゃのドワーフが座っているのは、なかなかシュールな絵面だ。
「ミアさんは、ダークエルフというが人間ではないのか?」
「人族ではない。ダークエルフという種族だ。この世界は人族の世界なのか?」
「ああ。この世界に住んでいるのは人間……、ミアさんがいうところの人族だけだ」
お互い探るような雰囲気で会話が続く。俺はじれったくなって、遠回りする会話を打ち切った。
「なあ、君たちは何者で、どこから来たんだ? それにあの粉をまくエルフのような連中は何者なんだ? 教えてくれ!」
「……」
ミアさんは、一呼吸間を置いてから話し出した。
「まず、ユウマたちの世界に何が起きているかを話そう。あの霧は生命体に魔力を与えるガスだ」
ダークエルフのミアさんが語る言葉に、俺は眉根を寄せる。霧と思っていた物の正体が、ガスだと言う。
「生命体に……魔力……?」
「そうだ。にわかには信じられないと思うが、私の説明を聞いて欲しい。ガスをまき散らしているのは、先ほど見たエルフたちだ。彼らは、ザハーン△×◆◎帝国という」
ミアさんの言葉が上手く聞き取れなかった。指輪がきちんと翻訳機能を発揮してくれなかった。一部の言葉が、ミアさんの発する音で伝わったのだ。
「待ってくれ! ザハーン? 何帝国だ?」
「エルフの言葉だから、違う世界の人には聞き取りづらい音だと思う。我々は霧の帝国と呼んでいる」
「霧の帝国……」
俺は不気味な響きを感じた。帝国なんて歴史上の存在で、現在進行形で聞いた記憶がない。
「霧の帝国は、どこにあるんだ?」
「異世界だ。ここと異なる世界。わかるか?」
ダークエルフのミアさんの言葉が、ゆっくりと俺の頭に染み込んでいく。異世界……。コンビニでエルフを見た時、ミアさんたちと出会った時、ひょっとしたら異世界からの訪問者ではないかと思った。だが、あまりにも現実味のない話で、心のどこかで否定したいと思っていた。今、ハッキリと告げられたことで、俺は異世界を事実として認めざるを得なかった。
「ああ、わかる。だが、異世界が本当にあるとは思わなかった」
「無理もない。私たちもユウマと同じだった。私たちも、それぞれ異なる世界で平和に暮らしていたのだ。霧の帝国が侵略してきて、ガスをばらまいた」
ダークエルフのミアさん、犬獣人のモーリー、ドワーフのガルフが、つらそうな表情をした。彼らの世界も霧の帝国に侵略されたというのだ。色々と思い出したのだろう。
「霧の帝国の目的は、異世界の支配なのか? 複数の世界にまたがる強大な帝国を作るのが目的か?」
「いや、霧の帝国の目的は、魔石の回収だ。エルフが粉を吹きかけているのを見たか?」
「ああ! 見た! 人が消えてしまった! あれは何なんだ?」
「人を魔石となす粉末だ。魔力のない者には無害だが、魔力を持つ者が吸い込めば、体内の魔力が一瞬で凝固して魔石と化す。人が消えたように見えるのは、一瞬で魔石に変わったからだ」
魔力や魔石など、常識的には信じがたい話だが、俺は信じた。昨日から続く事件の目撃と体験があるからだ。
「霧の帝国は、なぜ魔石を集める? わざわざガスをまき散らしてから粉をまき、人を魔石に変えて、何がしたいんだ?」
「詳しくは我らもわからないが……。エルフの寿命を延ばすのに必要らしい。特に知性のある生物からごく稀に採取される極上の魔石は皇帝に献上されるそうだ。そして、皇帝を永遠に生かすと……」
俺は苦痛に顔をゆがめた。身体的な痛みではない。日本の、この世界の未来を想像して苦痛を感じたのだ。
「じゃあ……、つまり……、俺たちは、エルフたちの寿命を延ばすために消費されるだけの存在に成り下がるのか?」
ダークエルフのミアさんが、静かにうなずいた。ミアさんの目には、深い怒りがたたえられていた。
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