第6話 拳銃

 革製のブーツがコンクリートを叩く音が聞こえてきた。複数の足音。まだ距離があり、ゆっくりと歩いている。俺を探しているのか?

 俺はヒソヒソ声で、レジスタンスの三人に注意を呼びかけた。

「レジスタンスの皆さん。エルフです!」

 エルフの女性がささやき声を返す。

「可能なら交戦しないで、やり過ごしたい。君、道はわかるか?」

「こっちです! 足音を立てずについてきて下さい!」

 レジスタンスの三人は、コクリとうなずくと俺の後をついてきた。


 公園を抜け、マンション群へ入る。ここは六棟のマンションが建っていて、マンションとマンションの間は広くとられている。マンションの間は、通路だけでなく、管理人棟や物置、ちょっとした公園やベンチもあり、初めて入った人には少々わかりづらい配置になっている。

 俺とレジスタンスの三人は、マンションの間を駆け抜けた。途中でレジスタンスの一人、二足歩行する犬のような獣人が俺を追い抜き、何やらジェスチャーをした。

 マンションの階段だ。二階部分からマンション内に入れる。

 だが、高さがあるので俺は厳しい。

 犬型の獣人は、器用に立木をつたってマンションの二階に入った。続いてエルフの女性が入り、ハンマーを背中に背負ったドワーフも入った。俺も必死に立木をよじ登り、レジスタンスたちの手を借りて、何とかマンション二階の踊り場に滑り込んだ。

 すぐに足音が聞こえてきた。

 犬型の獣人が、太い指を使って『追っ手は五人』とジェスチャーする。エルフの女性が、口の前に指を立て『静かに!』と指示をする。

 俺は何とか荒い息を抑え、身動きをしないでいた。踊り場の壁に背中を預け、恐怖で叫びたい気持ちをグッと抑えた。踊り場の下を足音がゆっくり通過していく。

 俺は祈る。

(早く行け……早く行け……)

 どのくらい時間が経過したのかわからないが、足音が遠ざかっていく。エルフの女性が身振り手振りで移動したいと伝えてきた。

 俺が先頭に立ち、マンションの廊下を真っ直ぐ進む。廊下の反対側から、外へ出られた。

 周囲を警戒した犬型の獣人が、小声で報告する。

「大丈夫。離れていった。近くに気配はない」

 エルフの女性が犬型獣人の報告を受けると、俺に向き直った。

「どこか安全な場所はないだろうか? 安全な場所に移動して話がしたいのだが?」

「じゃあ、私の部屋へ行きましょう」

「案内を頼む」

「こっちです!」

 俺はレジスタンスの三人を連れて、来た道を戻る。

 先ほどマンションの踊り場に隠れていた時に、五人が通過したと犬型獣人が伝えてきた。それが、本当なら来た道を戻っても、あのエルフと兵士たちはいないはずだ。

 俺とレジスタンスの三人は、足音を立てないように気をつけながらも早足で移動した。

 マンション群から公園へ。公園からショッピングセンターを抜けて大通りへ。

 大通りを歩いていると、コンビニで入手した食料が満載のカゴが二つ、ビルの入り口に置いてあった。さっき逃げる時に、置きっぱなしにした食料だ。俺が持って行こうとすると、背中に大きなハンマーをくくりつけたドワーフが持ってくれた。


 さらに大通りを進むと機動隊の車両があり、機動隊員の服と盾が沢山転がっていた。

 俺は思わず足を止める。

 生き残りは一人もいない。あの屈強な機動隊員全員が、謎の粉で消されてしまったのだ。俺は、アスファルトの上に無造作に広がっている機動隊員の服の間をフラフラと歩いた。時に立ち止まり、時にしゃがみ込み、『どうしてこうなったのか?』、『声を上げた方が、良かったのか?』と思いながら、ゆっくり進んだ。


 目の前に革製のベルトとホルスターが落ちていた。

(これ……拳銃じゃないか……!?)

 拾い上げてみると、ホルスターの中に拳銃が一丁入っている。俺は拳銃に詳しくないが……、これはリボルバーという弾倉が回転するタイプの拳銃だとわかる。予備の弾の入った革製のケースもベルトについていた。

 俺は迷ったが拳銃を回収して行くことにした。悪いヤツが拾ったら不味いし、何より自分を守れる武器が欲しかった。

(落ち着いたら警察に連絡して、放置するのも不味いので保管していたと言おう……)

 異常な事態が起っているのだ。警察も理解してくれるだろう。

 俺は機動隊員の制服をチェックして、他に拳銃が落ちてないか確認した。どうやら拳銃は一丁だけのようだ。恐らく隊長さんだけが持っていたのだろう。

 拳銃を持って行くにしても、この惨状を記録しておいた方が良い。俺はスマホを取り出し、動画を撮影した。無人になった機動隊の車両。霧の中で不気味に光るヘッドライト。道路に落ちた制服。無機質な物なのに、ついさっきまで人が身につけていたと思うと、不思議とぬくもりを感じさせられてしまう。


 俺の肩をエルフの女性が叩いた。

「スマンが急ごう。犠牲者は気の毒だが、死を悼んでいる時間はない。早く安全な場所へ移動したいのだ……」

「ああ! そうだな! もう、すぐそこだ!」

 俺は、服だけになった機動隊員さんたちに両手を合わせて、その場を後にした。

 霧の中を慎重に移動して、無事にマンションにたどり着いた。


 霧は、まだ晴れていない。

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