第六章 救出

第20話 栄養満点の朝メシ

 ――翌日、水曜日。


「ユウマ! おはよう! 今朝はハンバーガーですよ!」

 今朝もキャンディスさんがやって来た。すっかり馴染んでしまった。

 そして、キャンディスさんのお土産は、ハンバーガーだ。

 ついに来たか! アメリカ食の大本命ハンバーガー! 栄養満点の朝メシってヤツだ!


 キャンディスさんが、案内なしに食卓にドンと座り、店を広げ始めた。紙袋からアメリカンなヤツらが次々と現れる。

 まずは、ハンバーガー。ビッグサイズの憎い奴。朝のメニューじゃなくレギュラーメニューだ。当たり前にポテトはL。セットのMなんて軟弱なことは言わないのがアメリカ流だ。ドリンクは、コーラを決め打ち。ナゲットとアップルパイもデフォルトらしい。

「さあ、食べましょう! しっかり食べないと大きくなれないですよ!」

 キャンディスさんは、はむっ! とハンバーガーにかぶりついた。キャンディスさんは、既に十分大きいだろうと思いながらも、視線を胸やお尻に飛ばす無礼は控えた。

「ありがとう。いただきます」

 俺も席について、ポテトをつまむ。キャンディスさんが気を利かせて、ケチャップの入った袋をさっと差し出す。『どうよ!』と勝ち誇った笑顔だ。

「ありがとう」

 俺はポテトにケチャップをかけてからいただく。ポテトには、既に塩味がついていると思うのだが、ケチャップがないとメリケンは納得しないんだな。

 カロリー爆上げの朝食を平らげると、例のキャラメルマキアートが出てきた。キャンディスさんは、さらにカロリーを積み上げるらしい。


 キャンディスさんは、キャラメルマキアートに口をつけて、やっと満足したらしい。真面目な話をしだした。

「ユウマ。あの正義のエルフたちに会えないでしょうか? レジスタンスとコンタクトをとる方法はないですか?」

「ないですね……。俺も彼女たちを待っているのですが……」

 ダークエルフのミアさんたちは、ゲートを開いて違う世界に戻っていった。連絡方法があるのか、ないのかさえもしらない。

「ユウマもレジスタンスにコンタクトを取りたいの?」

「ええ。霧について話を聞きたいのです」

 俺が住むH市の霧は一向に晴れない。霧の濃さは薄くなったが、自動車の運転は危険なレベルだ。おかげで電車、バスは運休している。仕事に行けないし、食料の調達だって厳しい。


 昨日、近所のショッピングセンターの中にあるスーパーが夕方二時間だけオープンした。一家族五千円までと購入制限がつき、中にはクレームをつける人もいたが仕方のないことだ。外から物が入ってこないのだから、スーパー側としても今ある物でやりくりしなくちゃならない。

 本当は政府が何か援助をする場面なのだろうが、記者会見の官房長官は『調査中』と繰り返すばかりだ。正直、あてにならない。

 このままでは、H市が崩壊してしまう。


 俺がH市の状況を話すとキャンディスさんは、キャラメルマキアートを流し込みながら感心した声を出した。

「日本人は立派ですよ。暴動にならないだけマシです」

「まあ、そういう見方もあるけど………。ただ、限界は日に日に近づいていると思う。だから、霧を何とかしないと。ミアさんたちによれば、この霧はガスで霧の帝国がまき散らしたガスらしい。なら、ガスの発生装置があるんじゃないかと思う」

「なるほど……ガスの発生装置……。その可能性はありますね。じゃあ、ユウマはガスの発生装置を見つけて破壊したいの?」

「そう。でも、情報が足らなすぎる。ガスの発生装置だって俺の推測に過ぎない。だから、レジスタンスから情報をもらいたい」

 昨日のスーパーは静かな鉄火場だった。入場制限はかかっていたけれど、みんな食料品を確保しようと、スーパーに入るとダッシュでカートを押していた。目を血走らせて周囲を威嚇するように買い物している人も多かった。本当に困っているのだ。


「キャンディスさんの方は?」

「あー、実は……。ロスで犠牲者が出たんですよ」

「あっ……」

 俺は暗い気持ちになった。ロサンゼルスでも同じことが起ったのか……。人が魔石になる瞬間を思い出し、先ほど食べたバーガーを戻しそうになる。キャンディスさんの前なので必死に耐えた。

「ユウマ。大丈夫ですか?」

「うん……。ちょっと思い出しちゃって……」


 キャンディスさんは、口外するなと釘を刺してから、まだ公になっていない情報を明かしてくれた。

 ロサンゼルスで犠牲者が十人以上出たらしい。魔石になれば死体が残らないので、警察の処理としては行方不明者になるらしい。ただ、状況からして霧の帝国の先行偵察部隊にやられたのだろうと。

「霧の帝国の先行偵察部隊はどうなったの?」

「軍の特殊部隊が交戦して退けました」

「おお!」

 さすがはアメリカだ! 俺は思わず手を叩く。

「ユウマの情報が役立ちました。現場からユウマに礼を伝えて欲しいと」

「役に立ったなら何よりですよ!」

「今、シールズのチーム1が東京に向かっています。明日には横田基地に到着する予定です」

 横田基地は東京にある米軍基地だ。H市の北にあり車で一時間弱の距離にある。シールズといえば、よく映画に登場する米軍特殊部隊のネイビーシールズのことだろう。

「シールズ? ネイビーシールズですよね? 特殊部隊の?」

「そうです。H市には、アメリカ人が五十人います。脱出させる予定です」

 脱出作戦か……。アメリカは動きが速い。俺は羨ましく感じながらキャンディスさんの話を聞いていたが気になることもある。

「それって大丈夫なんですか? アメリカ軍の特殊部隊が日本国内で活動するのは、不味いんじゃ?」

「日本政府は黙認するそうです。脱出作戦だから軍事作戦ではなく、人道的な救出作戦だと米国大使館が押し切りました」

 なんだかなぁ……。いや、、まあ、アメリカが自国民を危険地域から脱出させたいのはもっともなことだし、俺個人としても霧の帝国のエルフが出没するかもしれないH市からは離れた方が良いとは思う。

 だが、日本国内で米軍特殊部隊が活動するのを黙認する日本政府は、どうかと思う。

「岸井総理が弱腰なのかな?」

「いえ。大使から聞いたんですけどね。日本政府は対応しきれないので、自分でやれることは自分でやってくれという感じらしいですよ。」

「なんだよ。それ……」

 俺は政府の内情を聞いてガッカリした。どうやらH市の状況は、改善されそうにないな。


「ユウマ。アメリカに国籍変更しませんか?」

「えっ!?」

 キャンディスさんが、予想外のことを言い出した。

「上の方からユウマに聞くように言われたんですよ。ユウマがアメリカ国籍を望むなら歓迎すると。政府アドバイザーの仕事を用意するそうです」

 俺はゴクリとつばを飲んだ。上の方から――つまりアメリカ大統領からのお誘いか! 非常に魅力的なオファーだ。


「あの――」

 俺がイエスと言おうとすると、スマートフォンが鳴った。メッセージアプリの通知だ。

 俺はキャンディスさんに断りを入れてスマホを手に取る。

 あっ……上手くいってない彼女からだ。メッセージが恐ろしいことを告げた。


『霧が出て来た。どうしよう?』

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