第19話 間話 シールズ ロサンゼルス市街戦

 ――アメリカ。ロサンゼルス。


 ついにアメリカでもエルフの犠牲者が出た。

 霧の発生をうけて、カリフォルニア州政府と連邦政府は、霧が発生したエリアの住民に外出自粛を要請した。


 これ幸いと仕事を休み家族と自宅でゴロゴロする人が多かった。

 カリフォルニアでケーブルTVとネット動画配信サービスの視聴率が爆上がりした。みんな映画を見たり、ドラマを見たり、霧が出てないエリアのスポーツ中継を見たりと霧による休みをエンジョイした。


 そしてTVといえばピザである。

 デリバリーピザには注文が殺到した。霧のためバイクや車は使えないので、徒歩でピザを配達したのだ。配達をするのは、低所得のギグワーカーだった。

 運の悪いギグワーカーがエルフと遭遇し魔石にされた。

『ピザの配達に出たきりスタッフが戻って来ない』

 911にピザ店の店主から通報があり、オペレーターはすぐに店を閉めて帰宅するようにピザ店の店主に促したが、通報の最中に店主の悲鳴が聞こえた。

 店主は店に押し入ったエルフの先行偵察部隊に魔石にされてしまったのだ。


 こうして不審な事件が続き、ついには連絡のつかない警察官――魔石にされてしまった警察官が出た。ロス市警の手にはとても負えないと判断したカリフォルニア州知事は、大統領に事態の解決を依頼した。

 大統領は付近にいた特殊部隊シールズに活動開始を命じた。



 ロサンゼルス市街で軍用無線が飛び交う。

『こちらプリンス51。現地に向かって移動中』

『プリンス51。対象は北に向かった。ドローンによる追跡を行う。モニターの表示に従って移動しろ』

『プリンス51。了解』

 コールサイン『プリンス51』は、特殊部隊シールズの車両である黒いSUVだ。見た目はごく普通のSUVだが、防弾仕様の上、沢山の情報器機を搭載している。

 無線やGPSはもちろん。サーモグラフィーもついている。

 ドライバーは濃密な霧の中を、サーモグラフィーが表示される画面とGPS画面を頼りに、歩く程度の速度でSUVプリンス51を走らせていた。


 サーモグラフィー画面に人らしき姿が映った。助手席に座る隊長が、すぐ司令部に無線を送る。

『こちらプリンス51。サーモグラフィーに反応あり。一名がこちらに接近中』

『プリンス51。対象は現在地から2ブロック先だ。民間人の可能性あり。注意されたし』

『プリンス51。了解』

 SUVプリンス51は、注意して進んだ。後部座席のシールズ隊員二名が、窓を開け銃を構える。

 助手席に座る隊長は、サーモグラフィー画面を見ながらつぶやく。

「こりゃピザ屋だな……」

 隊長のつぶやきに、緊張をしていたドライバーが反応する。

「なぜです? 隊長」

「体の真ん中の熱反応が高い。アツアツのピザだろう」

「賭けますか?」

「ああ、仕事終わりのビールでどうだ?」

「のりましょう!」


 やがて車のヘッドライトに人が映し出された。隊長の言った通りピザのデリバリーだ。若いアジア人の男が両手にピザを大事そうに持って慎重に歩いていた。霧の中から現れた黒いSUVと車に乗る異形の隊員に、ピザデリバリーは驚く。

「うわっ!」

 ピザデリバリーの驚いた理由は二つ。

 一つは濃い霧の中から黒いSUVがニュウっと現れたから。

 もう一つの理由は、SUVに乗車しているシールズ隊員全員が、白い防護服を着用しているからだ。


 防護服は化学戦装備で、有毒ガスから隊員たちを守る。全身を白い防護服でカバーし、ゴーグルとガスマスクを装備した四人が、銃を持っている姿を見て、驚かない者はいないだろう。

 日本からの情報、つまり佐藤悠真の動画によれば、霧は知的生命体内部に作用し体内に魔力を生成する効果があるという。そしてエルフが持つ粉を浴びると、魔力を得た人間は即時に魔石になり、命と人の姿を奪われる。

『――であれば、霧に触れなければ良いのではないか?』

 そんな風に考えた軍部の誰かさんのおかげで、本作戦に参加するシールズ隊員の装備は化学戦装備と決定した。

『動きづらい!』

『暑い!』

 と隊員たちからは、甚だ不評であったが……。


「早く帰宅して下さい! この辺りは危険です!」

 賭に負けた黒いSUVプリンス51のドライバーは、ピザデリバリーに怒り混じりの警告を発し、そのまま車を進ませた。


『こちらプリンス51。ピザのデリバリーだった。近所のピザ屋に店を閉めるように警告を頼む』

『了解した。FBIに要請する。ドローンは対象を追尾中。ドローンのサーモグラフィーカメラによれば、対象は四人』

 対象が四人と聞いて、車内に緊張が増した。

 同数での交戦になる。近くにいる別の隊が駆けつけてくれるはずだ。それまで敵を引きつける……と隊長は瞬時に判断する。

『対象は四人だな。了解した』

『霧の影響でサーモグラフィーの精度が下がっている。他にも敵がいる可能性に留意されたし』

『プリンス51。了解』


 黒いSUVプリンス51は、ロス市街をゆっくりと進む。

 二ブロック進んだところで、ドライバーは車を停めた。

「すぐ前にいます!」

 濃い霧で前が見えない。だが、サーモグラフィーカメラは、前方に熱源が四つあることをとらえていた。

「全員降車! ゴーグルをサーモグラフィーモードに切り替えろ!」

 隊長がすぐ命令を発し、特殊部隊シールズの隊員四名が黒いSUVから素早く下りる。前方に銃を向け戦闘態勢をとった。


 隊長は無線で本部へ告げる。

『こちらエコー01。サーモグラフィーカメラが対象を捉えた。プリンス51を停車。戦闘態勢をとった』

『エコー01。プリンス51を停車、了解。対象は視認できるか?』

『いや、濃い霧で見えない。銃の先ほどの視界しかない。サーモグラフィーモードで行動中』

『エコー01。ドローンのサーモグラフィーカメラが、エコー01から04を認識した。前方に対象がいる。発砲は許可されている。繰り返す。発砲は許可されている』

『エコー01。発砲許可。了解』


 エコー01――隊長は、霧の中へ向かって大声を張り上げた。

「両手を上げろ! 地面に膝をつけ!」

 ここは米国内、ロサンゼルスである。特殊部隊シールズが米国民を傷つけるわけにはいかない。そんな思いから、隊長は警告を発した。

 隊長に続いてエコー02――ドライバーも警告を発する。

「聞こえただろう! 両手を上げろ! 地面に膝をつけ! こちらは銃を持っている!」

 四人のゴーグルには、サーモグラフィーでとらえた映像が映し出されていた。前方に四つ熱源があり、熱源は人の形をかたどっている。

 四つの熱源は、隊長の呼びかけに反応して振り向いたようだが、両手を上げることも、地面に膝をつくこともない。

(ジャンキーか?)

 エコー02――ドライバーは、麻薬中毒者がうろついている可能性を考えて、銃を構えながら、自国民を撃つリスクに不安を感じた。

 その不安はすぐに消える。

 ゴーグルのサーモグラフィーは、スタスタと四人の特殊部隊員に近づいてくる熱源を映し出した。

 エコー02が、グッと奥歯をかみしめる。

(足取りがしっかりしている……ジャンキーじゃない! 敵! 噂のエルフってヤツか!)


 熱源四つがこちらに近づいていくるのを、サーモグラフィーで認識した隊長は、迷わず発砲を命じた。

「撃て!」

 特殊部隊シールズ四人の持つアサルトライフルMK13が一斉に火を噴いた。パッ! パッ! パッ! と空気を切る発射音が三連で響いた。

 エコー01――隊長はゾッとした。弾丸は敵に命中したはずだが、ゴーグルに映し出されるサーモグラフィーがとらえた敵は倒れない。こちらへの前進は止まったが、四つの熱源は立ったままなのだ。

 隊長はすぐに本部へ無線を飛ばし、援護を要請した。

『こちらエコー01! 敵に発砲するも足止め程度の効果しかない。援護を要請』

『エコー01。状況了解した。エコー11が、東から接近中』

『エコー01。了解』

 エコー01は、無線を切る。味方がすぐに来る。気持ちを強くした隊長は銃撃を継続した。四人のMK13が、間断なく銃弾をまき散らす。エコー01は、弾切れになるとMK13を下ろし、腰のベルトからGlock19を抜くとすぐに引き金を引いた。


 無線に仲間の声が響く。

『こちらエコー11。東側の路地から射撃を開始』

『エコー01。了解』

 東側の路地から射撃が始まり、敵は十字砲火にさらされている。

 エコー01は、MK13の弾倉を素早く交換し、敵に向けて構えた。

(何だ!? これは!?)

 エコー01のゴーグルは、敵の熱源を表示していた。四人の敵が立っているが、周囲に花火のように熱源が発生しては消えている。エコー01は、事前のブリーフィングでCIAから伝えられた情報を思い出した。

(まさか……! 魔法障壁ってヤツか!)

 エコー01の額にじんわりと汗が浮かぶ。エコー01は叫ぶ。

「撃て! 敵を休ませるな!」

 エコー01のチームとエコー11のチームが、激しい銃撃を敵に浴びせた。


 無線から声が流れた。

『エコー01。エコー11。射撃を中止して、現在位置にて警戒態勢をとれ。射撃を中止せよ。射撃の熱が充満して、ドローンのサーモグラフィーカメラが、熱源をとらえられない』

『エコー01。了解。現在位置にて警戒態勢をとる』

『エコー11。了解。警戒態勢をとる』

 エコー01は、02、03、04に射撃を中止させる。すぐにSUVから予備の弾倉を補充し、前方を警戒する。


 しばらくすると、エコー01のゴーグルから熱源が消えていた。

『こちらエコー01。熱源が消えた』

『エコー01。ドローンも熱源をロスト。熱源がいた地点を目視出来るか?』

『やってみる。エコー11。こちらエコー01。前進する。発砲するな』

『エコー11。了解』

 エコー01は、エコー02を連れて、慎重に進んだ。

「隊長この辺りのはずですが……」

「死体がないな……。逃げられたか? 周囲には?」

「いえ。サーモグラフィーに反応ありません」

「クソッ!」


 エコー01は、すぐに本部へ向けて無線を飛ばした。

『こちらエコー01。対象をロスト』

『エコー01。ロストなのか? 倒したのではないのか? 死体をよく探せ』

『探したが死体はない。サーモグラフィーにも熱源が感知されない。ロストと判断する』

 しばらくして本部から返信が来た。

『こちらのドローンも対象をロストした。今、FBIが付近の監視カメラに写ってないか探している。だが、霧が濃いせいで望み薄だ。一旦、戻れ』

 エコー01は、ガスマスクの中で深くため息をついた。防護服、ゴーグル、ガスマスクは、自分たちを守るために必要な装備だと理解しているが、戦闘でかいた汗を蒸らす。不快でたまらなかった。

『エコー01。了解』

 エコー01は、待機場所に戻らなくてはならない。



 エコー01たちが戦っていた相手は、霧の帝国のエルフたちだった。エルフたちは、四人組の先行偵察部隊だったが、あまりの抵抗の激しさに異世界へのゲートを開き撤退したのだった。

 魔法の障壁で銃撃を防ぎ怪我人はいない。しかし、ロサンゼルスは住民の抵抗が激しい場所であると、先行偵察部隊の隊長は霧の帝国に報告した。

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