第18話 全米ライフル協会
――翌日、火曜日。
俺は今日も有給休暇で家にいる。
食料は足りているが、近所のコンビニから食料が消えた。恐らく近所の人が、コンビニから食料を持って行くので、品物がなくなってしまったのだろう。ちなみに、店員はいない。そりゃそうだ。近所の人が見れば、あのコンビニで店員が魔石にされたとわかる。外出自粛要請に加えて、魔石にされるかもと思えば、店員さんだって働きたくないだろう。
霧は、まだ晴れない。
最初期よりも薄くなっているが、自動車やバイクの運転は危険なレベルだ。自転車も危ないので、遠出は難しい。
そんな中、アメリカ大使館のキャンディスさんが、朝からやって来た。
「今日の差し入れは牛丼ですよ」
「ありがとうございます!」
牛丼の差し入れはマジで嬉しい! 霧のせいでお店まで食べに行けない。外食が出来ないから、牛丼は嬉しい差し入れだ。
時間は朝の九時。キャンディスさんも朝食はまだだったそうなので、二人で食卓につき牛丼をかきこむ。
旨い!
「美味しいです!」
「日本は食べ物が美味しいですよね! 日本勤務になって良かったですよ」
俺はふと気になってキャンディスさんの経歴について質問してみた。
「キャンディスさんは、何年目なんですか?」
「二年目です」
「ずっと日本でお仕事ですか?」
「いえ。一年目は研修でアメリカ本土にいました。研修が終ったら世界中を転々としましたよ」
「へー」
キャンディスさんの話によれば、二か月ごとにあちこち行かされたそうで、ヨーロッパ、中東、アフリカ、ロシア勤務もあったそうだ。
「真冬のロシアは二度とご免ですね」
「大変そうですね。それも研修の一環なんですか?」
「そうですね。OJTの一種です」
OJT――オン・ザ・ジョブ・トレーニング、実地訓練だ。研修にしても、世界中あちこち行かされるんじゃ落ち着かないだろう。大使館勤務って大変なんだな。
「普段、大使館では、どんなお仕事をされているんですか? パスポートやビザの申請処理とかですか?」
「あ、私、CIAなんですよ」
「えっ!?」
今、CIAって言わなかったか!? 言ったよな!? CIA!?
俺は箸を止めて、まじまじとキャンディスさんを見た。これは冗談だろうか?
キャンディスさんは、俺の視線を気にせず箸を動かし、牛丼を食べ終わった。
「ふう……美味しかったぁ! あ、コーヒーも買ってきましたよ。キャラメルマキアートです! あー、甘くて美味しい!」
「ありがとう……」
俺はしばらくあ然としたが、残りの牛丼をかきこみキャラメルマキアートに口をつけた。
「甘っ!」
「この甘々カスタマイズが良いの。脳には糖分が必要でしょ?」
「限度があるだろう!」
通常のキャラメルマキアートをさらに甘くしたらしい。糖分をとりすぎじゃないか?
ああ、そうか。こういうのを普段から飲んでるから、キャンディスさんの胸はアメリカンサイズなんだな。納得、納得。
キャンディスさんが、ジトッと俺を見る。
「ユウマ。何か失礼なことを考えてませんか?」
「いえ。なにも……。それよりCIAって、冗談ですよね?」
「本当ですよ」
「本当なんだ……」
「ユウマは誠実な人だから、正直に話した方が良いと思ったんですよ」
キャンディスさんは、あっさり正体を明かした。普通はCIAって内緒だよな……。
まあ、確かに後から『CIAでした』と言われるよりも、最初から『CIAです』って言ってもらった方が印象は良い……かな……。
俺はキャンディスさんを警戒しながら質問を投げる。
「キャンディスさんは、スパイなの?」
「違いますよ。情報分析や政府関係者と会って話すのが仕事です。映画みたいなスパイじゃないですよ。荒事は苦手です。まあ、一応訓練は受けているし、拳銃を持っていますよ」
キャンディスさんは、スーツのジャケットをちょっと開いて見せた。アメリカンサイズのワイルドな胸が嫌でも目に入る。胸の膨らみが目立つが、すぐ脇に拳銃のホルスターが見えた。
「えっ!? 本物ですか!?」
「本物ですよ。日本の警察に見つかったら不味いから内緒ですよ。ほら、悪いエルフがいるでしょう? いざとなったら拳銃を撃って時間稼ぎをして逃げろって上司に言われました」
「上司さんは、ワイルドですね……。でも、間違ってないです。エルフに会ったら、戦うより逃げた方が良いですよ。粉を浴びたら、即魔石ですから」
「私も魔石にされちゃうのは嫌ですね」
キャンディスさんは、淡々と応じた。
落ち着いている。これもCIAの訓練の賜物だろうか?
「銃を持てと命令したご上司は、どんな方ですか?」
「大統領です」
「えっ?」
「パーマー大統領です。ア・メ・リ・カ・大・統・領。大統領から、銃を持っていけって命令されたんですよ」
「はあ!?」
今日、二度目の衝撃! 大統領だって!?
俺は立ち上がりテーブルに身を乗り出す。
「キャンディスさんは、大統領の部下なの?」
「直ではないですよ。昨日、ビデオ会議で大統領とお話したんですよ。その時に、銃を携帯しろと言われました」
「大統領とビデオ会議!? そんな大事になってるの!?」
「なってますよ。ロスに霧が発生しましたよね? ロス市警の手に負えなければ、米軍が動きますよ。シールズが待機中です」
「シールズ!?」
シールズは、ネイビー・シールズ、アメリカ軍の特殊部隊だ。イギリスのSASと双璧。アメリカ同時多発テロの首謀者ウサマ・ビン・ラディンを仕留めた部隊だ。
俺は椅子に腰を下ろし、腕を組み考える。
アメリカは俺の想像を軽く超えた対応をしている。一方、日本政府の対応は鈍いと感じる。
アメリカ政府はCIAが動いてキャンディスさんを俺の下へ派遣した。日本政府からは何のコンタクトもないし、ニュースを見れば、官房長官が調査中と答えるばかりだ。
アメリカ政府の方が頼りになるのかな? 少なくともキャンディスさんを通じてつながりを持っておいた方が良いだろう。
「アメリカ政府は、ユウマを重要人物の一人だと考えています。色々な団体から接触あると思うので、アドバイザーが必要でしょう?」
「色々な団体?」
「例えばこれ」
キャンディスさんは、スマートフォンを操作して画面をこちらに向けた。動画が再生され、スーツを着た男性が何か話している。
「全米ライフル協会ですよ。ユウマの動画を見て、『銃を持ったヒーローがいれば、悪いエルフなど恐れる必要はない』と言い出したんです」
「銃を持ったヒーロー……、本当に言うんだ……」
全米ライフル協会といえば、日本のネットではネタ扱いだ。俺の動画が全米ライフル協会に影響を与える日が来るとは思わなかった。
「そのうち、ユウマにコンタクトがありますよ」
「えっ!? 全米ライフル協会から!?」
「ええ。『日本にも銃を持ったヒーローがいれば……』とか何とか言って」
「言いそうだな……」
ネタにして楽しむには良いけど、自分が巻き込まれるのは遠慮したい。
キャンディスさんが、ニッコリと笑った。
「ねっ! アドバイザーが必要でしょう?」
キャンディスさんの言う通り、今後どんな連中からコンタクトがあるかわからない。アドバイスしてくれる人は必要だ。
それにアメリカ大統領とのコネなんて、望んでも手に入るモノじゃない。キャンディスさんとの関係はキープしておいた方が良いだろう。
俺はキャンディスさんに丁寧に頭を下げた。
「はい。よろしくお願いいたします」
「お任せを。じゃあ、デザートのドーナッツを食べましょうか」
キャンディスさんは、紙袋の中から砂糖がタップリ掛かったドーナッツを取り出した。
俺をサポートしてくれるのはありがたいけど、この騒動が終るまでに俺がアメリカンサイズになってしまいそうだよ!
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