第17話 間話 キャンディス仁奈川と●人許可

 ――東京赤坂、米国大使館。午後三時。 米国ワシントン。深夜一時。


 東京赤坂にある米国大使館では、秘匿回線を使ったリモート会議が開かれていた。リモートの相手は、ワシントンのホワイトハウスである。

 米国大使館側は、CIA日本支局局長、CIA担当官キャンディス・仁奈川の二名。

 ホワイトハウス側は、パーマー大統領とCIA長官である。


 キャンディス仁奈川は、CIAに入局して二年目。ケースオフィサーとしては、初仕事になる。

 キャンディス仁奈川は緊張していた。

 新人ケースオフィサーの報告を直接大統領に行うなど、あり得ないことなのだ。ことの重大性を嫌でも突き付けられる。


「初めてくれ」

 ワシントンのCIA長官が短く事務的に指示を出し会議が始まった。キャンディス仁奈川は、佐藤悠真との接触について余計な装飾は省き事実だけを伝えた。

「なるほど。友好的なファーストコンタクトに成功したわけだ。良くやってくれた」

 ワシントンのCIA長官が、モニター越しにキャンディス仁奈川を労う。CIA長官は、続いて日本支局長と話をした。

「日本政府から何かリアクションは?」

「特にありません。抗議を受けた場合は、優秀な人材をヘッドハントしているという理由で押し通す予定です」

「うん。それで良い。しかし、日本の対応が遅いな……」

 ワシントンのCIA長官は、疑問に思った。これがイギリスであれば、MI5を経由してすぐに抗議が飛んでくるだろう。なのに日本政府はどうしたのだろうか?

 CIA長官の疑問に、日本支局長が答える。

「日本政府内部は、相当混乱しています。要人警護と霧が発生したH市周辺の警備に人員を割いています。ユウマ・サトウの警備に人が回せないようです」

「わからんな……。霧について具体的な情報を持っている世界で唯一の人物だぞ……。岸井総理大臣がリーダーシップを発揮しないのか?」

「そもそも日本にはリーダーシップがありません。文化の違いです」

 ワシントンのCIA長官は肩をすくめた。


 CIA日本支局長は、神経質そうに眼鏡をクイッと指で押しながら、日本政府の状況を報告する。

 この人は随分日本人化して来たなとキャンディス仁奈川は、日本支局長を見ていた。


 日本支局長の報告が一段落したところで、パーマー大統領が口を開いた。

「キャンディス。ユウマ・サトウの話は本当かな?」

 キャンディス仁奈川は、背筋を伸ばし、ハッキリと言い切った。

「二つの理由から事実と判断します」

「ん。続けてくれ」

「一つは、ユウマ・サトウの人柄です。日本人らしい誠実さと正直さを持つ青年です。嘘はつけない人物でしょう」

「もう一つは?」

「私は会話の最中に、言語を切り替えました。日本語、英語、フランス語、中国語、韓国語と切り替えて質問をしてみました。ユウマ・サトウは、何の違和感もない様子で全ての言葉に返事をしました。」

「ふむ……ユウマ・サトウが語学に堪能な可能性は?」


 大統領の質問にCIA日本支局長が、すかさず手元の資料を読み上げる。

「ユウマ・サトウは、平凡な大学を卒業しています。専攻は経済。外国語は英語とドイツ語を選択していますが、どちらも不得手なようで二回テストに落ちています」

 佐藤悠真が大学で選択した第二外国語はドイツ語だった。だが、男性名詞、女性名詞といった耳慣れない文法で苦手意識を持ってしまいドイツ語の単位を取得したのは三年生の時だった。

 たどたどしい旅行英語は話せるが、語学が得意とはとてもいえないレベルだ。

 答えは、ダークエルフのミアさんからもらった魔導具の指輪だ。指輪をつけたままにしていたので、佐藤悠真はキャンディス仁奈川の多言語質問にスラスラと何の違和感もなく答えてしまったのだ。


 だが、アメリカ側は佐藤悠真の事情を知らない。パーマー大統領は、真剣に考えた。

「ふむ……。では、キャンディスが色々な言葉で話しかければ、ユウマ・サトウは回答できないはずだな?」

「ええ。しかし、キャンディス担当官の質問にユウマ・サトウは的確に回答しています。今、映像を出します」


 モニターに隠し撮りした映像が映し出された。

 キャンディス仁奈川が佐藤悠真に色々な言葉で話しかけているが、佐藤悠真は、ごく普通に日本語で返事をしている。

 キャンディス仁奈川が情報を補足する。

「回答自体は日本語で行っていますが、私が多言語で行った質問に対して的確に答えを返しています。これは異常なことです」


 CIA日本支局長がビデオを停止して、大統領に訴える。

「パーマー大統領。日本では異常事態が起きています。霧の発生、エルフの出現、人間の魔石化、そして今回ご覧いただいたユウマ・サトウの異常性……。予算と人員の増強をお願いします!」

 CIA本部は日本よりも、中国でのインテリジェンス活動に予算と人員を多く投下していた。日本支局長は、東アジア情勢を理解しているので、これまで文句を言わずにいた。

 しかし、この度の異常事態で、CIA日本支局はフル回転をしているのだ。人も金もまったく足りたいなかった。それこそ、入局二年目で研修を終えOJTを終えたばかりのキャンディス仁奈川を実戦投入しなければならないところまで追い込まれていた。


 パーマー大統領は、CIA長官に目配せをしてうなずいた。CIA長官が、日本支局長に告げる。

「日本支局にすぐに人員を送る。西海岸からはダメだ。霧が発生している」

「どこの人間でも、日本語が話せなくても構いません。とにかく人手が足りないのです。あと、予算も」

「わかった。すぐに追加予算を送る。ああ、それからキャンディス担当官!」

「はい。長官!」

 CIA長官は、ブルドックのような恐ろしい顔で告げた。

「常に銃を携帯するように」

 キャンディス仁奈川は、眉根を寄せ返事をためらった。考えた後、確認の意味を込めて、ゆっくりとCIA長官に返事をした。

「……日本の法律では、銃の所持が禁じられていますが?」

「知っている。だが、現在君はCIA日本支局において最も重要な人物の一人だ。その……エルフがいるかもしれないのだろう? 銃で倒せなくても、逃げるための時間稼ぎ……牽制くらいにはなるだろう。銃を携帯しろ。これは命令だ」


 キャンディス仁奈川は、ゴクリとつばをのみ込んだ。

 銃器の取り扱い訓練は受けた。コンバットトレーニングも十分に受けた。成績は良かった。しかし、人に向けて発砲したことはない。

 キャンディス仁奈川が、モニター越しにパーマー大統領を見ると、パーマー大統領は真剣な目でゆっくりとうなずいた。

(これ、殺人許可だ……)

 入局二年目なのに、とんでもない鉄火場になってきたとキャンディス仁奈川は思い。気合いを入れ直す。いつかあるかもしれないと思っていた事態が、起るかもしれないことに恐れを感じながら、凛とした表情で歯切れ良く言葉を返した。

「承知しました」


 会議は終了し秘匿回線は切れた。

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