第32話 米軍横田基地

 俺とキャンディスさんの乗った黒いSUVは、横田基地へ向かった。

 横田基地は、東京にある在日米軍の基地だ。俺が住んでいるH市の北にある。空軍の司令部や補給部隊もいる基地で、米軍の輸送機が編隊を組んでH市の上をぐるぐる飛んで訓練しているのをよく見かける。H市の北側に行くと、横田基地に着陸する大型機がかなり低空を飛ぶ。手を伸ばせば届きそうだと錯覚するほど低空飛行をする飛行機もある。


 道は空いていた。T市から北西に三十分ほど走ると横田基地に到着した。基地のゲートで見張りをしている兵士に、キャンディスさんがIDを見せるとすぐに通してもらえた。それどころかキャンディスさんが進む先に米軍兵が立っていて進む方向を手信号で誘導するのだ。

 キャンディスさんが連絡をしておいたのだろうけど……。これは……。アメリカ側が、俺とキャンディスさんを重要視していると嫌でもわかった。


 兵士の誘導に沿って進むと滑走路に到着した。兵士が一機の大型輸送機へ向かって進めと合図している。輸送機はずんぐりしたシルエットをしている。映画で見たことがある機種だ。

「あれ、Cー130?」

「そう。新型のスーパーハーキュリーズね。あそこがゴールみたい」

 キャンディスさんが指をさした。スーパーハーキュリーズの格納庫が開いていて、兵士が腕を振って機内に誘導している。

 キャンディスさんは、兵士の誘導にそってゆっくりとSUVをスーパーハーキュリーズの機内に進めた。機内にも兵士がいて、誘導している。兵士が『ストップ』と手信号で合図をすると、キャンディスさんは車を停め大きく息を吐いた。

「お疲れ様。下りましょう」

「あ、ああ」

 輸送機の中なんて初めてだ。俺はおっかなびっくり車のドアを開けて足下を確かめながら歩いた。

 輸送機から俺とキャンディスさんが降りると、入れ替わりにツナギを着た作業員が輸送機に乗り込みSUVを固定する作業を始めた。

 どうやら、あのSUVごとアメリカに運ぶらしい。


 俺が輸送機の作業を見ていると、キャンディスさんは俺から離れて背広を着た人と話し始めた。

 輸送機の周りは人が多い。銃を持った兵士や背広を着た人。軍用車やSUVが輸送機の回りを取り囲んでいる。

 俺は所在なく横田基地の様子を眺めていた。すると、一人の男が俺に話しかけてきた。

「いやあ、どうも。私はキャンディスの上司だ。君はユウマだろ?」

「ええ。そうです」

「よろしく」

 男が右手を差し出したので、俺は握手に応じた。男は仕立ての良さそうな濃紺の背広を着て、赤いネクタイをしめている。かなり太った中年の白人で、丸い眼鏡をかけていた。話し方や表情は人なつっこい感じで、嫌な印象はない。

 だが、名乗らないなんて変な人だ。

 俺の気持ちが表情に出たのか、男は握手をしながらニヤッと笑った。

「ああ、君は一般人だから、私の名前や役職は知らない方が良い」

 CIAの偉いさんってことか!

 俺は男の手を握りながら、男の言い分に『納得した』と礼儀正しく返事をする。

「わかりました。キャンディスさんの上司だと分かれば十分です。キャンディスさんにはお世話になってます。助かってますよ」

「そりゃ良かった。力になれて光栄だよ。少し歩こう」


 上司さんは手を離すと、俺の腰をポンと叩いて歩き出した。俺も上司さんと並んで歩く。

 輸送機から少し離れたところで、上司さんがフレンドリーな感じで話し始めた。

「君のことはキャンディスから聞いているよ。今日のT市で出来事も先ほど報告を受けた。ああ、車と死体は我々が預からせてもらうが良いかな?」

「ええ。もちろんです」

 死体なんて、俺が持っていても扱いに困るだけだ。さっさと持っていてくれるなら大助かりだ。


「今回T市で起きたことは、アメリカ大使を通じて日本政府に報告をする。大使館職員がトラブルに巻き込まれて止む無く発砲したとね」

 上司さんは、『ピザの注文が遅れた』程度の軽さで、T市で俺たちが霧の帝国と戦ったことを語る。

(そんな軽いノリで良いの!?)

 俺は内心で驚く。

「それって大丈夫なんですか?」

「まっ、エルフや霧の帝国の話をするけど、日本政府がどう出るかわからないからね。問題が起きないように押し切るよ」

 上司さんは、悪ガキのような笑顔を見せた。なかなか話せそうな人物だ。俺は少々踏み込んだ質問をしてみた。

「日本政府は、霧の帝国に対して、どうするつもりなんでしょう?」

「うーん……」

「アメリカ政府は、キャンディスさんから報告を受けているから、事態の深刻さを把握されてますよね?」

 上司さんの雰囲気がキリッとしたものに変わった。

「もちろんだ。ロスでは被害者も出ているし、シールズが交戦をした。キャンディスから聞いていると思うが、H市にいるアメリカ人を脱出させる作戦も立てている」

「ええ。聞いてます。協力しますよ。ですから日本政府の情報を下さい」

「協力は非常にありがたい。だが、日本政府に関してはロクな情報がない。というよりもだな! 岸井総理を始め日本政府はナニを考えているのかわからないんだ! H市を封鎖などと!」

 上司さんが、両手を大きく空へ投げ出すジェスチャーをする。

 ああ、本当に日本政府はロクでもない対応をしているのだなとわかり、俺は落ち込む。

「H市のアメリカ人を脱出させる前に、大統領が岸井総理と話をするだろう。何かわかれば、君にも教えよう」

「よろしくお願いします」

「それでお願いなんだが、レジスタンスの連中が来たら、アメリカにつないでくれないか? 彼らにも協力をしてもらえると、非常に心強いんだ」

 レジスタンスか……。ダークエルフのミアさんたちは、どうしているのだろうか? アメリカに協力してくれるだろうか? 了解するかどうかわからないが、可能性はあるのではないだろうか? H市にいるアメリカ人を脱出させる――つまり人助けだ。人助けなら、ミアさんたちに話を持ちかけやすい。

 俺は上司さんにOKと返事をした。


 上司さんが足を止める。

「ところで、ユウマ。アメリカに来る気はないかい? もし、君が望むならアメリカの永住権をすぐに発行するよ」

「アメリカですか!?」

 アメリカの永住権……グリーンカードってヤツだな。聞いたことがある。審査が厳しくて、なかなかもらえないと聞く。

 俺が驚いて上司さんを見ていると、上司さんは楽しそうに言葉を続けた。

「好きな場所に住めるぞ! ロス、ニューヨーク、ああ、ハワイなんかどうだい? 暖かくてビーチがある。サーフィンを覚えたら楽しいぞ! それに日本に帰りやすいだろう?」

 ハワイか! 上司さんの言う通り素敵な生活が待っていそうだ。

 だが、ここまで熱心に誘ってくれる裏が怖い。親切そうだけど、この上司さんは世界最大のスパイ組織CIAの偉いさんなのだ。当然、何らかの打算でもって俺を誘っているのだろう。

 俺はニカッと営業スマイルを上司さんに返した。

「ありがとうございます。急なお誘いで戸惑っています。失礼かもしれませんが、考える時間を下さい」

「いや、良いんだよ。急な事態で君も戸惑っているだろう。アメリカに来たくなったら、いつでも言ってくれ。我々は歓迎するよ」

 上司さんはポンと俺の肩を叩いた。


 キャンディスさんがこちらに歩いてくる。

 上司さんは、ポケットに手を突っ込むと、車のキーを取り出した。乱暴にキャンディスさんへ放る。キャンディスさんは、右手でガシッとキーを受け取った。

「キャンディス。その車を使え」

「了解です」

 上司さんの指さす先には、黒いSUVがあった。今日乗っていた車と同じ車種だ。

 上司さんは、俺の方を向く。

「ユウマ。何か欲しい物はないかな? 我々でサポートできることがあれば、遠慮しないで言ってくれ」

 俺は遠慮しないで、今一番欲しい物を口にした。

「キャンディスさんが持っているのと同じ銃が欲しいです」

 上着の裾をまくって拳銃を上司さんに見せる。

「これ、五発しか撃てないんですよ」

 上司さんは俺の腰をのぞき込むようにして、俺の持つ拳銃を確認した。

 機動隊が持っていた拳銃だ。警察が持っていたのだから良い銃なのだろうけど、五発しか撃てない。霧の帝国と戦うには心許ないのだ。

「ああ、リボルバーか……。うん。分かった。手配しよう。では、元気でな」

 上司さんが手を差し出す。別れの握手だ。俺はグッと上司さんの手を握る。

「色々ありがとうございます」

「銃の件は内緒にしてくれよ!」

 上司さんは手を握りながら、悪戯小僧の笑みを見せた。


「行くわよ!」

 キャンディスさんが、黒いSUVの運転席で呼んでいる。俺は上司さんと別れ、黒いSUVの助手席に乗り込んだ。

「さて、ビールを飲みに帰りますか!」

「バッチリ積んであるわよ!」

 後部座席には、ビールがケースで置いてあった。


 俺とキャンディスさんの乗る黒いSUVが走り出し、滑走路の輸送機スーパーハーキュリーズも滑走路を走り出した。

 やがて輸送機は轟音を残して横田基地から飛び立った。

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