第9話 協力
TVは朝七時のニュースだ。俺がコンビニで撮影した動画が流れていた。コンビニの中、エルフが魔石になる粉を人に吹きかけると、一瞬で人が消えてしまう。今は知識があるので、魔石に変わったのだと理解出来る。
コンビニの事件と機動隊が消えた事件を思い出し、頭の中で記憶と感情がグルグルと回る。
ダメだ……。吐きそうだ……。
俺はトイレに駆け込み、先ほど食べた物を全て吐きだした。
リビングに戻る。TVの中では女性アナウンサーがフラットな話し方で事件を伝えている。
『この動画はインターネットに投稿された動画です。真偽は不明ですが、霧が発生しているH市では不審な事件が発生していると警察に通報が寄せられています』
『H市で霧は晴れつつありますが、不審人物がいないか十分に注意して下さい』
犬獣人モーリーが俺のことを心配しているのか、優しい目で俺を見て声を掛けてきた。
「大丈夫か?」
「ああ。すまない。思い出してしまって……」
「無理ないよ。僕も初めて見た時は、不気味で何が起っているかわからなかったよ。それで、コレは何と言ってるんだい?」
犬獣人モーリーはTVを指さす。
「俺が撮影した動画を紹介している。不審な人物に気をつけろと警告をしているんだ」
「動画? 撮影?」
「えっと。これを見てくれ」
俺はスマートフォンを取り出し、動画の説明を行う。
「僕を撮影して!」
「えっ!?」
犬獣人モーリーは立ち上がってピョコピョコ跳ね出した。こうして近くに立つと犬獣人モーリーは体が大きい。ニメートルはあるんじゃないだろうか?
「天井に頭をぶつけるなよ」
俺は笑顔で犬獣人モーリーの姿を撮影し、撮影した動画を見せてあげる。
「わっ! 僕が動いてる! 凄いぞ!」
大喜びだ。俺もホッコリした気分だ。先ほど事件を思い出して不安定になった気持ちが落ち着いてゆく。
TVのニュース画面が切り替わった。日本政府の官房長官が記者の質問を受けている。眼鏡をかけた真面目そうな官房長官が、頼りない雰囲気で質疑応答をしている。
『H市に広がった霧の原因はわかったのでしょうか?』
『現在、気象庁が調査中です』
『インターネットには、霧の中で不審な人物が人を襲っているという動画が拡散されていますが?』
『動画の真偽について確認中です』
『否定はしないんですね?』
『確認中です』
慎重な言い回しだが、官房長官は『動画がフェイクである』とは言わなかった。政府もおかしいと考え始めているのだろう。良い傾向だ。
画面が東京都庁に切り替わった。女性の都知事が紙を持って声明を出している。
『東京都はH市で発生した霧の中で、不審な事件が発生していると把握しております。警視庁に対し速やかに警備の強化を実施するように要請しました。警視庁は各方面の機動隊をH市へ移動させて警備実施を開始しました。H市の皆様は落ち着いて行動するようにお願いします。霧が晴れるまで外出は控えて下さい。事故防止の為、自動車の使用は控えて下さい』
良い傾向だが……。霧状のガスを吸った人は、魔石にされてしまう。果たして政府や都庁は、対応出来るのだろうか?
俺が不安のこもった目でTVを眺めていると、ダークエルフのミアさんがTVを指さし質問してきた。
「私たちは言葉がわからない。その板は、何と言ってるんだ?」
俺はミアさんに政府と都庁のコメントをかいつまんで伝えた。
「なるほど。軍が動いたのか……」
「いや、軍ではない。警察といって町の治安を維持する組織だ。その中でも機動隊というのは、訓練をして強い人たちの集まりだ」
俺はミアさんに警察組織について説明をする。どうやらミアさんの世界では、警察と軍は一体のようで、なかなか理解してもらえない。
「ふむ。衛兵のような組織か?」
「そうだ! 衛兵が近い。ただ、警察はあまり武装をしていないから、基本的に警棒で戦う」
「剣や槍は持っていないのか?」
「持ってない。この世界では、剣や槍で戦わないんだ」
「それでは霧の帝国の餌食だぞ。全員魔石にされて終わりだ」
ミアさんは呆れたとばかり首を横に振る。
「そのテレービという道具は情報伝達の道具なのだな? ならばユウマもテレービで警告を発してはどうか?」
「TVに俺が出演するのは無理だ。だが、ネットに動画をアップすることは出来る」
「ネット?」
「見ていてくれ」
三人がスマホをのぞき込む。俺はスマホを操作して、機動隊が消えた動画をネットの動画サイトにアップした。そして、『緊急! 拡散希望ご協力お願いします! H市で機動隊員さんたちが消されました。危険なので外出を控えて下さい! 報道機関は自由にこの動画を使って下さい』とコメントを入れた。
ダークエルフのミアさんが、興味深そうにつぶやく。
「この小さな板で、情報が伝達できるのか……」
「そうだ。必ずしも国中に届くわけじゃないが……。今の状況なら、みんな霧の情報が欲しい。だから、すぐに情報は拡散される」
「この動画が国中に知れ渡ると?」
「そうだ」
言っているそばから、再生数が爆上がりし出した。報道機関からの問い合わせも入って来たので、俺は『動画をTVで流して欲しい。警告を発してくれ』と返信をした。
スマホをのぞき込んでいたダークエルフのミアさんが、アゴに手をあてて考え始めた。
「ふむ……。なら、我々も協力しよう。我々レジスタンスからのメッセージを、その小さな板で撮影して広めてくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます