第59話 決着!
キャンディスさんが銃を構えたまま、ゆっくりと前に出た。エルフの指揮官に厳しい声で呼びかける。
「私はキャンディス・仁奈川! 国を代表してあなたに勧告します。降伏しなさい!」
エルフの指揮官は、キャンディスさんが呼びかけた言葉が理解出来ることに、一瞬驚いた。だが、すぐに顔一杯に侮蔑が広がる。
「降伏? 寝ぼけているのか?」
エルフの指揮官は甲高い声だ。妙に癇に障る。耳元で金属を紙やすりでこすられるような不快感が俺を襲う。
キャンディスさんも俺と同じく嫌な気持ちなのだろう。固い声を出した。
「あなたは包囲されているわ。もう、逃げられない。抵抗すれば殺します」
「クッ……クフフフフ! ケモノ風情が何を調子に乗っている! 下等生物ごときに、我らエルフが膝を屈するわけがなかろう」
ケモノ、下等生物とエルフの指揮官は、俺たちを見下す。さすがに気分が悪い。キャンディスさんは粘る。
「もう一度言います。降伏しなさい! 周囲は我が国の兵士で囲まれています。あなたもそこに転がっている死体の仲間入りがしたいの?」
「勝ったつもりか? さすが下等生物! 知能がないな! たまたま不意打ちが功を奏しただけだ! 貴様らは全員魔石にする! 今のうちに貴様らの神に祈りでも捧げておけ!」
傲慢そのものだ。これ……交渉は無理じゃなかろうか? 俺は無線をオンにして小声でオーウェン長官に経過を説明することにした。
「オーウェン長官。ユウマです。キャンディスさんは降伏を呼びかけていますが、全くダメです。エルフの指揮官は、我々をケモノ、下等生物と呼んで見下しています。とても降伏を受け入れるとは思えません」
「そうか……無理か……。生け捕りはイケそうか?」
「イケそうかって……無理ですよ! エルフは隙があれば、魔石になる粉を使ってきます。油断できません――」
俺は無線の途中で言葉を切った。
エルフの指揮官は、キャンディスさんと話し合いを打ち切り何か呪文を唱え始めた。
ダークエルフのミアさんが叫ぶ。
「援軍を呼ぶ気だ! ゲートを開こうとしている!」
ミアさんの叫びと同時にモーリーが矢を放ち、ガルフが手に持った大斧を投擲した。だが、エルフは魔法障壁を張ったままだった。矢も大斧も魔法障壁に弾かれてしまう。
ミアさんに振り向いたキャンディスさんは、一瞬だけ反応が遅れた。すぐ手に持った拳銃を発砲した。
周囲を固めていた各チームの兵士も銃を撃つ。
「クソッ! あの男! 複数の魔法を同時に使えるのか!」
ミアさんが苦悶する。
俺は額から汗が滴るのを感じた。エルフの指揮官が異世界につながるゲートを開いて、ゲートからエルフの援軍が駆けつけてくる……。非常に不味い状況だと分かる。
どうにかあのエルフを倒せないだろうか? 俺は焦りながらも、状況を観察し考えていた。
(複数の魔法を同時に使う……か……)
それなら俺の発勁も複数使えないだろうか? 俺は意識を集中して魔力を練り上げ、右手と左手別々に魔力を流し込んでみた。
(イケそうだな!)
俺は歩き出し、キャンディスさんの横で一度止まる。
「キャンディスさん。俺が突っ込む! 低く入るから、どこかで銃撃を止めてくれ」
キャンディスさんは銃を撃つのを止めて俺を見た。驚いて目を見張っている。
「突っ込むって……どうするの?」
「思いついたことがある。身体強化して一気に行く!」
キャンディスさんは、ちょっと考えていたが、俺が突っ込むしか打つ手がないとわかったのだろう。覚悟を決めた顔になった。
「わかった」
キャンディスさは、無線を使った。
「全員聞いて! これからユウマが突っ込むから! タイミングを合わせて銃撃を止めるわ! アルファチームリーダー、よろしい?」
「了解だ!」
俺は体内の魔力を練り上げて突撃に備える。体に力がみなぎり感覚が鋭さを増す。集中力が高まったところで、俺はキャンディスさんに声を掛けた。
「行くよ!」
「わかった!」
俺は前に倒れ込みながら倉庫の床を蹴った。低い前傾姿勢で一気にエルフへ距離を詰める。極限まで高まった集中力は、俺をスローモーションの世界へ連れて行ってくれた。
空気を鋭く切り裂く音。俺の頭の上を、銃弾が通過していく音だ。
続いてキャンディスさんの声が聞こえた。
「ストップ!」
銃撃が止んだ。俺の視界にはエルフ指揮官の足が見えた。急制動をかけ踏ん張る。
魔力のこもった左手をエルフが展開した魔法障壁にスッと添え左手の魔力を開放!
「ハッ!」
俺の魔力と魔法障壁の魔力がぶつかり合った。光の粒子が飛び散り、魔法障壁が消えた。
エルフの指揮官が顔色を変える。
「なっ!?」
スローモーションの世界で、俺は落ち着いていた。エルフの指揮官は右手を腰に伸ばした。魔石になる粉だ!
俺は指揮官の狙いを見抜いた。俺は左手でエルフ指揮官の右手を抑え、自分の右手をエルフ指揮官の腹に当てた。
「とった!」
右手をグッと押し出すと同時に、右手にこもった魔力を前方に開放する。俺の魔力は衝撃波となってエルフを襲う。エルフの指揮官は『くの字』になり悶絶する。アバラ骨が折れる鈍い音がした。
「グハッ!」
エルフの指揮官が口から血を吐き出した。俺が手を離すと、エルフの指揮官は床に倒れた。
「ふう……」
俺は息を吐いた。意識が通常状態に戻って行く。魔力を使い無理な動きをしたせいか、クラクラする。今にも倒れそうだ。
俺はアルファチームがエルフの指揮官をロープで縛り上げるのをボンヤリ見ていた。
「ユウマ! 大丈夫!」
キャンディスさんが俺に駆け寄り抱きついた。良い匂いがする。これはご褒美だな。俺は倒れそうになりながら、そんなことを考えていた。
エルフの指揮官は生きていた。米軍特殊部隊シールズに縛り上げられ連行されて行く。
「下等生物ども! 調子に乗るな! 私は何もしゃべらない! 捕虜にしたところで、貴様らは何も出来ないのだ!」
捕まっても態度は変わらないんだ。何てヤツだ!
俺を支えていたキャンディスさんが、エルフの指揮官に冷たく告げた。
「あなたの意思など関係ないわ。自白剤という薬があるの。自白剤を打たれると、何でも話してしまう」
「ウソをつけ! そんな薬があるものか!」
「あるのよ。それで……自白剤を打たれ続けると気が狂うの。もちろん、法律で禁止されているけれど、あなたたちはやり過ぎた。手荒い尋問なんて生ぬるい方法はとらないわ」
「……」
エルフの指揮官は、キャンディスさんの話を信じたようだ。顔色を悪くしている。
「や……止めろ!」
「あなたに人道上の配慮なんて一切しない。自白剤で一切合切話してもらうから。あなたの意思は関係ないの」
「き……貴様! 私を誰だと思っているのだ!」
「じゃあね! グッバイ!」
エルフの指揮官は、わめきチラシながら連れて行かれた。
――ああ、終った。
俺はキャンディスさんをギュッと抱いた。
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