第41話 謎への問い

 黒いSUVが、横田基地へ向けて国道を走る。やはり霧がない状態だと快適だ。ダークエルフのミアさんが、後部座席から身を乗り出して俺に聞く。

「ユウマ。状況を整理させてくれ。先ほどの関所のような場所にいた男二人は、ユウマの国の人間だな?」

「そう。日本の警察官。衛兵みたいな仕事をしている」

「うむ。それでユウマの奥方は、今から行くアメリカ国の人なのだな?」

「えーと……」

 どこから訂正しよう。奥方ではないのだが。今から行くところは米軍横田基地で、アメリカ合衆国ではないのだが。

 チラリとキャンディスさんを見ると、ニマニマしている。奥方と呼ばれて嬉しいらしい。

 俺は日本人特有のスキル『空気を読む』を発動し、後半のみ訂正することにした。

「そうだね。キャンディスさんはアメリカ人。正確にはお父さんがアメリカ人で、お母さんが日本人。キャンディスさん自身は、アメリカの国籍だからアメリカ人だよ」

「なるほど。奥方のご両親は国をまたいで愛を育まれたのだな」

 再びキャンディスさんの様子を見る。キャンディスさんのご機嫌は大変よろしくなっている。俺の選択は正解だった。

「今から行くところは、日本にあるアメリカ軍の基地だ。アメリカは、遠くにある。海をまたぐんだ」

「そうなのか? なぜ、アメリカ国の基地が日本国にあるのだ?」

「えーと。日本はアメリカと仲が良いんだ。同盟を組んでいる。それで、アメリカが日本の防衛に協力しているので、日本国内にアメリカの基地がある」

 俺の説明に納得してくれたのか、ダークエルフのミアさんはふんふんとうなずく。

「なるほど。理解した。だが、霧の中から救出するのはアメリカ国の人たちだけなのか? 日本国の人たちは、そのままなのか?」

「うっ……」

 俺は答えに詰まる。俺の気持ちとしては、国籍に関係なく霧の中から脱出させてあげたい。だが、日本政府の方針は、『検問を作って外部と遮断する』なのだ。病気の可能性とか理由を付けているけれど、臭いものに蓋をするということではないだろうか?

 俺は国別の事情をミアさんに話す。ミアさんは渋い顔をした。

「なるほど。ユウマの日本国政府は、脱出とは逆の方針なのか……」

 ミアさんが渋い顔をするのも当然だ。霧の中に住む日本人が魔石にされてしまうかもしれないのだ。住民を避難させない。かといって、霧の帝国と戦うわけではない。日本政府の対応は非常に中途半端なのだ。


「ミアさん。相談なのですが、霧の発生装置はないのでしょうか?」

「ん? どういうことだ?」

「この霧は、霧の帝国が発生させたのですよね? なら発生源を叩けば霧が解消するのではないかと考えたのです。そうすればH市の住人を救えます」

「ほう……」

 ミアさんが警戒心を含んだ声を出した。何か不味いことを聞いたかな?

 しばらくの沈黙。

 キャンディスさんも気になるらしく、運転しながらチラチラ横目で見ているのがわかる。

「ユウマの予想通り霧の発生装置は存在する。魔導具はわかるか?」

「魔法で動く機械? 道具?」

「その認識であっている。霧は魔導具が発生している。だが、霧を発生させる魔導具は、霧の帝国の防衛隊が守っている。防衛隊は二十人程度いる」

 二十人……。多いな……。遠隔攻撃は魔法の障壁で防がれてしまう。接近戦で一人や二人を倒しても、魔石になる粉を投げつけられたらアウトだ。

「発生装置の破壊は困難ってことか……」

「そうだ」

 俺は助手席のシートにズブズブと深く身を沈めた。脱出作戦でH市に住むアメリカ人を助けることは出来る。中には子供もいるだろう。魔石にならずに済むのだから、俺も嬉しい。

 だが、H市に住む多くの日本人は救えない。忸怩たる思いがある。

 俺の気持ちを察したのか、キャンディスさんが手を伸ばして俺の肩をさすった。俺はキャンディスさんの手に自分の手をのせ、ありがとうの気持ちを伝える。


 あっ――!

「なあ……、どうして霧の帝国のエルフたちは魔石にならないんだ?」

 考えてみれば当たり前のことだ。霧に触れた知的生命体は魔力を得て、エルフがまく粉に触れると魔石になってしまう。なら、なぜエルフは魔石にならないのか?

 俺は疑問をミアさんにぶつける。

「魔石になるのを防ぐ薬か何かがあるのか?」

「……」

 ミアさんは黙りこくった。俺は後部座席に向かって振り向く。

 ドワーフのガルフは眉根を寄せ空になったバーボンの瓶をジッと見ている。犬獣人のモーリーは、窓の外を見てる。二人とも俺と視線を合わせないようにして、答えないようにしているのがわかる。

 俺はミアさんに強い口調で確認した。

「魔石にならない薬があるんだろ?」

 長い沈黙の後、ミアさんが答えた。

「ある」

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