第24話 開会式
「と、言うわけで陛下から正式な許可が降りた。これで心置きなく釣りに専念できるって訳だ」
「はい。でもそれ開会式直前になって言うものじゃ無いですよね?」
アランの場違い極まりない発言に、ロゼは呆れたような深いため息をつく。
そんな二人の様子を、横のクリスティーナが微笑ましげに見つめていた。
三人が今立っているのは、活気と熱気に包まれた王都北部の円形闘技場。これから武闘会の開会式が始まるのだ。
場内に溢れかえる武闘会参加者達を、無数の観客達が歓声をあげながら見下ろしている。
観客席の一番見晴らしの良い場所、貴賓席に集まっているのは、国王から招待を受けた各国の王侯貴族達だ。
その貴賓席の真ん中に座っているのは、主催者の国王シャルルマーニュと、主賓の皇帝ヒルデブラント。そのすぐ左隣には、青い顔をしたヴィルヘルムの姿もあった。
リーシャとディアナの姿はない。事前にシャルルマーニュが気を利かせて王城の一室に二人を匿ってくれたのだ。
「本当にお前一人で大丈夫なのか?」
出発の直前、不安げにそう聞いたアランを、リーシャは鼻で笑って喉笛に氷柱の槍を突きつけた。
「これで安心ですか?」
「ああ。安心しすぎてチビりそうだ。
先生のこと、頼んだ」
「ええ、言われずとも。そちらこそ、ロゼお嬢様のことをよろしくお頼みします。それと、エリキシルも」
「おう」
そんなこんなあって、一行は今闘技場に立っている。
しばらくたって、熱気の冷めやらぬ会場に角笛の低い音が響き渡った。刹那、会場のざわめきが水を打ったように静まり返る。
貴賓席に目をやると、すっとシャルルマーニュが立ち上がり、一歩前に踏み出した所だった。
「始まるな」
「ですわね……」
アランの呟きに、クリスティーナが神妙な顔で頷いた。ロゼも、落ち着かぬ顔で辺りをきょろきょろと見渡している。
シャルルマーニュが口を開き、開会の宣言が会場全体に響き渡る。
それを皮切りに再び狂乱の声が満ちる中、アランは群衆の中に潜み、今も自分や英雄たちの命を狙っているであろう女魔族のことを思い、人混みをじっと見渡した。
(“英雄狩り”。お前は本当に、エリキシルを持っているのか……?)
お前は本当に、あの人の呪いを解く手がかりを持っているのか?
心の中で呟いた、誰も答えるはずのないその問いは、会場の熱気にかき消された。
開会宣言は間もなく終わり、武闘会の参加者達はめいめいに会場から外へ出ていく。
「お師様、私達も出ましょうか」
ロゼにそう促されて、一行は会場をあとにした。
第一回戦は明日から始まる。
アランは去り際に、もう一度会場を振り返った。
この何処かに、奴はいる。そんな確信めいたものが、アランの胸に宿っていた。
*
女は、熱狂に包みこまれた闘技場の観客席から、静かに会場に集まる参加者たちの姿を見下ろしていた。
武闘会は『戦士の部』と『魔術師の部』の二部に分かれて行われる。そのどちらにも、“英雄”が大勢参加している。
(まるで一網打尽にしてくれと言わんばかりだな)
眼の前に転がっている絶好の好機。だが、裏を返せば自身のことを“英雄狩り”と呼んで狙う者達からしても、絶好の機会だということだ。
会場には英雄以外にも無数の歴戦の勇士達が集っている。
数の暴力で押し切られれば、流石にこちらとしても厳しい戦いを強いられるのは明白だ。
(それに……)
それに、自分の命を狙っているのは他にもいる。
濡れ鴉の騎士団。各地で魔族反乱を頻発させている、かつての魔王八将が一人、『鴉羽候』“黒騎士”ミハウの率いる手勢だ。
もう五年近く奴らと鉾を交えているが、未だに考えていることが分からない。
英雄共に恨みを抱いているのは彼らとて同じはず。その上、かの忌まわしき悪魔の子ディアナを襲撃したのも、騎士団のはずだ。なのになぜ、英雄達を庇い立てするような真似をするのか……。
(考えても仕方のないことか)
理由が何であれ、邪魔立てするものは殺すのみ。たとえ相手が何であれ、それは変わらない。
(“魔族殺し”アラン)
女は、群衆の中に一人の男を見つけた。
忌まわしき人間の臭いと、慕わしい同胞の匂いを持つ、醜く憎い最大の仇敵。
養兄マリクを殺した、恨んでも恨みきれない怨敵を前に、不思議と胸が高ぶるのが分かった。
(お前だけは、必ず私の手で殺してやる)
開会式が終わり、会場をあとにするその男の背をじっと見て、女はそう心の中で呟いた。
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