第23話 玉座の間

 王城の内部は外の喧騒とは打って変わって、耳が痛くなるほどにしんと静まり返っていた。


(城内にそもそも人が居ないのか?)


 案内役の近衛兵の後ろに続きながら、アランはそんなことを考えていた。


(ロゼ達、今頃たらふく美味いもん食ってんダロウなぁ……)


 アランは心の中でため息をつき、仲間達や愛弟子に思いを寄せた。


 王都に到着して早々、馬車は広大な城の敷地内に作られた別宮へ案内された。

 別宮は王都に来た貴人達が滞在する迎賓館だ。当然ヴィルヘルムや、形式上その御付きの者としてやって来た一行もここで寝泊まりすることになる。

 丁度到着した時刻が昼頃だったので、早速王国仕込みの豪華な昼食にありつけるだろうと胸を高鳴らせていたアランだったが、馬車から軽やかな足取りで飛び出した彼を待っていたのは国王からの使いの者達だった。


 ──国王陛下がアラン様をお呼びです。至急、玉座の間までご同行を


 三人の近衛兵に囲まれたアランは、がっくりと肩を落とした。

 国王シャルルマーニュは有能な為政者であるのは確かなのだが、相手の事情など知らぬ存ぜぬと言う態度で己の目的を遂げようとする理不尽さも持っている。

 幸いにもこの王、そう言ったを他国の使者や王侯貴族には決して見せることはなかったので、王国はなんとか今もその体裁を保てている。


 流石にアランと言えど、国王直々の呼び出しを無下に断ることは出来ない。

 そう言うわけなので、アランは涙を飲んで連れられるがままに王城に赴いたのだ。


「アラン様、着きましてございます」


 しばらく城の中を歩いていくと、一際大きな扉が姿を現した。

 騎士の国たる王国の精神を示すかのような武骨で重厚感のある扉。この奥に、玉座の間がある。

 近衛兵はアランに到着を告げると、さっと脇にはけて跪く。「この先はどうぞお二人でごゆっくり」と言うことらしい。

 アランは面倒くさそうにため息をつき、扉を押し開け中へ入った。


「来たな、アラン」


 アランが玉座の間に入った直後、だだっ広いその空間にそんな明るい声が響いた。

 数本の蝋燭ろうそくの灯りのみが照らす薄暗い玉座の間。アランは声のした正面奥、玉座の方に向かって言った。


「お久しゅうございます、シャルルマーニュ陛下。

 旧交を温めたいところではありますが、その前にまず陛下が私めをご召喚なさった訳をお聞かせ下さいませんか?」

「無駄話の嫌いなその性格は変わらんな。早速話そう。もっと近くへ」


 満足げにそう言って手招きする王に従い、アランはさっさと玉座のすぐ眼下まで歩んで片ひざをつき、顔を上げた。

 玉座に座る王は、うん、と一つ頷くと、口を開いた。


「昨夜、“血の川渡り”のクロードが殺された。英雄狩りによるものと見てまず間違いないだろう」


 アランは眉を動かした。

 クロード。魔王討伐戦の時に幾度か世話になったことのある王国騎士だ。面倒見の良い兄貴肌で、会うたびに何かと気に掛けてくれた。

 心身共に強い男だ。今のアランでも、十回戦えば四回は負ける自信がある。

 そんな男の死が信じられずに固まっていると、シャルルマーニュはまた言葉を続けた。


「そなたらが今置かれている状況も、思惑も、パッペンハイム公からの密書で粗方把握している。そなた、我や皇帝陛下、他の貴族や英雄どもをまとめて囮にしようとしているな?」

「ヴィリーはそこまで密書に書いていましたか」

「いや、奴が書いていたのはそなたが武闘会に参加すると言うことと、英雄狩りを狙っていることの二つのみ。……だが、我の予想は当たっていたらしいな」


 早口で、そうまくし立てるように言葉を並べるシャルルマーニュに、アランは心の中でため息をついた。

 王は、人の心が分かっていない。魔王討伐戦の折、そう愚痴をこぼす王国騎士を何人も見た。今ならその理由が、良く分かる。


「では、いかがなさいます? 俺を止めますか? それとも、不敬者として殺しますか?」


 冷静に、淡白に、だがほんの少し苛立ちを込めてそう言うアランに、シャルルマーニュはにやりと笑った。


「いや、良い。その胆力に免じて許そう。我ら囮は、そなたの手のひらの上で踊るだけよ。何か望みがあれば、なんだって申せ」


 一つ、そう言葉を区切ると、シャルルマーニュは途端に笑みを消して真顔になった。


「クロードはこの国のために良く尽くしてくれた。クロードだけではない、全ての英雄が、世のため、守るべき者のために戦ってくれた。

 アラン。我はそなたらのような戦働きは不得手だ。この手で死んでいった英雄達の仇を討つことも、生き残った英雄達を守ってやることもままならぬ。

 故に、頼む。“英雄狩り”を、倒してくれ」

「……御意のままに」


 アランは頭を垂れると、静かにそう口にした。

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