第三章 エルフの森

第14話 ある考え

「……で、その作戦と言うのは?」


 食堂に移動した一行は、各々席についてアランの方へ視線を向ける。

 相変わらず上座に腰掛けるヴィルヘルムの問い掛けに、アランは全員を見渡して答えた。


「題して、『武闘会大おとり作戦』だ!」

「なんだか凄く嫌なネーミングですね。大体内容も想像がつきます」


 テーブルを両手で叩いてそう声高に言ったアランに、ロゼはため息混じりの茶々を入れるが、彼の耳には届かない。

 アランはロゼの発言を聞かなかったことにして、作戦の概要を語り始めた。


「まず、武闘会に参加するのはどんな奴だ?」

「それは、腕に自身のある人達ですわよね?」

「それに付け加えるなら、腕に自身はあるけど稼ぎ口が無い人間。もしくは今の仕事よりもっと良い所に転職したいってのが多いでしょうね。

 後は、仕事も腕もある名誉欲の塊みたいな物好きもたまに」


 クリスティーナの言葉に、リーシャがそう付け足した。

 アランは大きく頷くと、人差し指を一本立て、「あと、もう一つある」と口にした。


「……魔王討伐時の英雄達、ですか。

 大きな戦功を挙げたのに、故郷で不遇を囲っている英雄達は大勢おりますからな」

「あぁ、ま、そう言うことだ」


 魔王討伐に参加した戦士達の中でも、特に各地の戦場で名を挙げた者達は戦後、『英雄』と呼ばれその名誉と栄光を一身に受けた。

 だが、その名誉や栄光を活かして社会に復帰できたのはごく一部。多くの英雄達はかえって、それに首を締め付けられている。


 魔王討伐後、各国は長きに渡る戦乱により荒廃した領地の復興に苦しんでいる。膨大な戦費を大商人からの融資で賄っていた国や貴族も少なくない。

 結果、その返済のため各地──特に地方の小国や小貴族領──では徴収される税が増え、未だに経済に大きな負の爪痕を残している。

 貴族も商人も農民も、あまつさえ傭兵団でさえ、誰もが皆平和ではあれども余裕の無い暮らしを強いられている今、英雄達に居場所はなかった。

 栄光を知り、戦場や凱旋式で蝶よ花よともてはやされた彼らは元のわびしい暮らしに戻ることを嫌がり、雇う側も、英雄を二束三文で働かせたとなれば外聞が悪い。

 そうなればいよいよ彼らに残された道は、冒険者になって夢をつかむか、盗賊に身を落とすかの二択だが、そのどちらも、英雄にとってはいばらの道だ。


 勇者ディアナの活躍以後、冒険者を志す者達が激増し、それにともない同業者組合たるギルドに加入するものが後を断たない。

 ギルドは加入者から組合費を徴収し、見返りに同業者同士で起きた問題の仲裁や、仕事の斡旋などを行っている。

 しかし加入者が爆発的に増えれば、当然事務処理に支障が出る。その為各都市のギルドはここ数年、新規加入者の人数を制限している。

 年に一度、ギルドの地方本部局に加入希望者を集めテストを受けさせ、合格者のみを加入させる仕組みだ。


「なまじ腕っぷしはありますからな。合格できれば、ギルドお墨付きの冒険者として上位者になることだって夢ではない」

「でも、落ちればその夢だって断たれる。英雄どもの中には文字の読めない奴も多い上、不合格者は五年の間は再受験出来ないからな。

 とは言え、未加入フリーランスの冒険者の扱いは浮浪者と変わらん。そこから盗賊なんかに身を落とす連中だって、大勢いる」


 事実アラン自身も、そう言った“英雄崩れ”の盗賊を、今まで何人も倒してきた。その中には当然、見知った顔の連中もいた。


「そうやって盗賊として始末される有望な人材を、王様は少しでも減らして掬い上げようとしてるって訳だ」

「つまり期間中、王都は英雄達で溢れかえる?」

「そう言うこと」


 ロゼの言葉に、アランは大きく頷いた。


「……英雄狩りが、その好機を逃すハズはありませんな」

「おまけに当日は会場に王侯貴族の方々も多くご来席なさりますわ。英雄狩りの彼女は、そちらも当然標的にするはずですわね」

「そんな中にアラン様を飛び込む、と。無鉄砲さは本当に、昔から変わりませんね。

 まるで幼い頃のディアナお嬢様を見ているようです」


 ヴィルヘルム、クリスティーナ、それからリーシャが口々にそう言ってアランを見る。

 そんな中、ロゼが不安げに口を開いた。


「でもお師様、絶対に来る確証は無いですよね?」

「確かに、会場は名だたる腕自慢がこれでもかと言うほど集結しておりますからな。

 『一頭の龍も群れた獅子には勝てない』とも言いますし、あえて静観する可能性も十分ありますぞ」


 アランに向けられた視線が一気に不安一色に染まる。

 だが、アランは「大丈夫だって」と胸を張り、笑みを浮かべてこう言った。


「俺に一つ、考えがある」



 *



 パッペンハイムを出て、三日程が経過した。

 一行を乗せた馬車は、聖都から王国、パッペンハイム領を含む諸侯連邦を貫いて、大陸極北まで続く西方街道の上を通っている。

 大きな街道には基本的に盗賊が大勢脇に控えている者だが、彼らとて公爵級の大貴族を襲うほど馬鹿ではないので、今のところ平和な旅だ。


「明日までには公領を抜けて、王国に入れますな」


 揺れる馬車の中、地図を見ながらヴィルヘルムがそう呟く。

 時刻はもう昼下がり。アランはふと、窓の外に目をやった。

 視線の先。青い麦の芽が出始めた畑の向こうに、大きな森が広がっている。ケルテノンの森だ。


「お師様。あれが有名な、エルフの集落がある森ですね」


 アランは「ああ、そうだ」と頷いた。


「森のちょっと奥に行ったところにあるんだけどな、かなりデカかったよ。飯も美味いし、いい人ばっかりだったし……」

「言い寄ってくる美人な女の子も居ましたしね?」


 横からそう言ってクスクス笑うリーシャに、アランはバツが悪そうな顔をしてそっぽを向いた。

 すかさずロゼが、クリスティーナと一緒になって追求する。この年頃の女の子は、こう言う話が大好きだ。


「え? お師様本当ですか!?」

「アラン様、どんな子だったんです!?」

「もう昔の話だよ。なぁ、ヴィリー?」

「え、え? あぁ、まぁ……ふふふ」


 突然話を振られたヴィルヘルムは当初、曖昧に微笑むだけだったが、ふと何かを思い付いたように「あっ」と声をあげると、こう言った。


「どうせなら、今から向かいますか? ついでにアラン殿の“考え”も実行できますしね」

「え?」

「良いんですか!?」

「良いですわね! 行きましょう行きましょう!」

「決まりのようですね、パペ公、アラン様」


 賑やかな馬車の中、アランは恨めしげにヴィルヘルムを睨みつけた。


「王都で覚悟しとけよお前」

「ははは……幾ら払えば?」

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