第15話 エルフの村

「到着致しました!」


 馬車が停車し、御者がそんな声と共に扉を開ける。胸がすくような、爽やかな木の香りが外から漂ってきた。

 しーんと音がするように感じられるほどの静けさの中、馬車を降り、最初に口を開いたのはロゼだった。


「うわぁ……!」


 感嘆の声を上げ、目の前に広がる光景に目を丸くするロゼ。その隣のクリスティーナも、口には出さないもののこの不思議な風景に目を奪われているようだ。


 天を貫く槍のごとく林立した無数のトウヒ。その木々の間に、まるで橋を架けるように数百の樹上家屋ツリーハウスが軒を連ねている。

 家屋の屋根はトウヒの枝葉で覆われ、上空の外敵からその姿をうまく隠している。

 一方の壁面や床底には小窓が設けられ、地上から来る敵を上から射掛けられる構造になっていた。

 よく見ると、その小窓からは中の住人がこちらの様子を伺っている。アランは敵意がないことを示すように斧槍を地面に置くと、そちらに向かって手を振った。


(ま、馬車の紋章を見ればわかるだろうがな)


 そんなことをしていると、いつの間にか集落の奥に入っていたらしい御者が、一人の老人を連れてきた。

 銀色の長い髪を後ろで一つに揺った、長い耳の老エルフ。鹿や猪の毛皮の外套を纏ったその体はすらりと高く、背や腰もしゃんと伸びている。

 顔や手のシワと、鳩尾みぞおち近くまで伸びた立派な髭がなければ、老人だとは誰も思わないだろう。


「おぉ、ケルティル殿。お久しぶりですな。事前連絡無しに来てしまって申し訳ない」

「ケルティル様、もう具合は大丈夫なのですか?」

「いえいえご領主様、それからお気になさらないで下さいませ。

 クリスティーナお嬢様も、お久しぶりでございます。お陰さまで、なんとか生きながらえております」


 ケルティルと呼ばれた老人は、ヴィルヘルムとクリスティーナにそう頭を垂れると、ゆっくりと顔を上げてアラン達の方へ目を向けた。

 

「アラン様、リーシャ殿。お久しゅうございます。最後にお会いしてから、もう十数年が経ちますな。そちらは、アラン様のお子様でしょうか?」


 二人はその言葉に苦笑した。


「ケルティル殿の感覚では、つい昨日のことと変わらんでしょう?

 こっちは俺の弟子のロゼです。ロゼ、この方が集落の長のケルティル殿だ」

「ロゼと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「ええ、ええ。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」


 ケルティルは朗らかに微笑みながら、ロゼとそう挨拶を交わす。十数年前と全く変わらぬ様子、姿だ。


「以前と全くお変わり無いようで安心しました」


 リーシャがそう声をかけると、ケルティルは少し顔を曇らせた。


「ええ、相も変わらず永い命を無益に浪費しております……と、言いたいところなのですが、少し前とは事情が変わってきておりましてな。

 立ち話もなんですので、どうぞ我が家にいらしてください。大したおもてなしも出来ませんが」


 一行はケルティルの案内で、彼の家へと向かった。

 その道中、誰ともすれ違うことなく。



 *



「皆様、この村へ来て、なにか気になることなどは御座いませんでしたか?」


 ケルティルの家へ入り一段落した頃、彼は一行にそう訪ねた。

 ヴィルヘルムはアランやリーシャと目を見合わせると、険しい表情を浮かべて小さく頷き口を開いた。


「村の中が、あまりに静かすぎるように感じますな。以前に来たときは、もう少し活気があったように思いましたが」


 ケルテノンの森のエルフは、他のエルフ達と違って人里との交流が盛んだ。

 森で採れた野草や薬草、獣の皮などを王国や公領の商人達に卸して金銭を得、自給できない分の生活物資を購入する生活を送っている。

 その為、以前の集落には常に数名の行商が滞在していちを開き、エルフ達と商品を取引していた。

 時期によっては行商の数が減ったり、滞在しない期間もあったが、そのときでも、少なくとも今のようにがらんとはしていなかったはずだ。


 ケルティルはヴィルヘルムの言葉にうんうんと頷くと、低い声で今までの間に何があったかを語り始めた。


 集落は、つい一年前まではこれまで通り商人との取引もあり、活気があった。だがその年の夏、突如森から鹿や猪が姿を消し始めたのだと言う。

 その頃から、森に通う行商人が、森の入り口辺りで大きな魔物を目にしたと口々に言い始め、次第に集落から離れていった。

 エルフ達の生活の基本は狩猟採集。鹿や猪が居なくなっては行商との取引はおろか、最低限の生活さえもままならない。

 エルフ達は氏族同士で話し合いを重ねた末、若い男達を森の調査に送り出すことに決めた。

 だが、森の奥へ入っていった男達は幾日経っても戻っては来ない。

 そうして半年が経った頃、集落の外れに家を構えていたエルフの老人が、森の浅いところで食い殺されているのが見つかった。

 季節は冬。

 人を襲うような獣は冬眠している時期にも関わらずこのような事態になり、村は一気に恐怖に包まれ、集落からは活気が消えた。

 今では集落の誰もが家にこもり、必要最低限以外の外出をしなくなってしまったそうだ。


「わしの娘婿も、森へ入っていった一団に参加していました……まだ、子どもも幼いのに……」


 ケルティルは震える声でそう語り終えると、静かに溜め息をついて窓の外に呆然と目をやった。


 いくら人里と交易をしているケルテノンのエルフと言えど、氏族によって意見も認識もまちまちだ。

 本来ならこのような重大な問題は、一刻も早く領主に通報するべきなのだが、それをよしとしない一派にやり込められてしまったのだろう。

 ヴィルヘルムもそれがわかっていて、その事にはあえて追及しなかった。


(哀れだな……)


 以前にあったときのこの老人は、もっと毅然としていた。だが今では、そのときの姿など見る影もないほどに弱りきってしまっている。

 アランがなにか言おうと口を開きかけたとき、家の扉が開け放たれ、外から一人の女が入ってきた。


「親父殿、今帰った。南の罠もボウズだったよ」


 サバサバとした印象をうける、男勝りなそんな声。アランは反射的にそちらの方を振り向くと、思わず固まってしまった。

 銀色の短髪を揺らす、引き締まった体躯をした、背の高い女エルフ。

 アランの存在に気づいた彼女の、そのヒスイのような瞳が、驚きと困惑に揺れ動いた。


「……アルティオ」


 長い沈黙の末、アランは喉の奥からそう、掠れた声を絞り出した。


 彼女の名はアルティオ。族長ケルティルの一人娘で、かつてアランと恋仲にあった人物だ。

 その背中には、まだ幼い子どもが背負われていた。

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