第28話 “灯し火”

 辺りが白く激しい光に包まれる。

 アランは堪えきれず、とっさに目を逸らして視界が焼けるのを防いだ。

 そのとき生まれた一瞬の隙をついて、闇に潜んでいた無数の戦士たちが三人を囲うように肉薄した。

 ぼやけた視界に、月明かりを弾いた剣の刃が幾つも光る。

 背後でクリスティーナが体勢を立て直す気配を感じながら、アランも素早く腰をためて斧槍を構えた。その刹那、


プロテ・オ・リゴルク防御魔術!」


 ロゼの鋭い声が響き、一行と魔族達の間に防御結界の壁が現れた。

 勢いを殺しきれず振り下ろされた無数の剣が、カキンカキンと音を立てて弾かれる。

 魔族達の目に驚愕の色が浮かんだのも束の間、ロゼがまた素早く唱えた。


アル・ル・ドート製氷魔術


 追い打ちを警戒してすぐさま着地し距離を取った魔族達の足元が、みるみるうちに硬い氷に覆われていく。

 気がついたときには、彼らはつま先から肘の下まですっぽりと氷にとらわれ、身動きが取れなくなっていた。

 ただ一人、魔術の届く有効範囲の外側へ早々に飛び退いてしまった“灯し火”を除いて。


「ほう……まさかこれほどとは」


 必死の形相で氷の拘束を解こうともがく部下達の向こうで、“灯し火”は感心したようにそう呟いた。

 いくら人より精霊に近く、杖を使わずとも術を使える魔族といえど、手のひらが大気と触れていなければその体質も役に立たない。

 堅固な氷に足と手のひらを硬められた魔族達は、もはや戦力にはなり得なかった。


「感心している場合ですのッ!!」


 立ち止まり、あたりを眺めていた“灯し火”に、クリスティーナが肉薄した。

 地面を蹴った勢いで石畳は大きくえぐれ、凄まじい暴風が吹きすさんで建物の窓枠をガタガタ鳴らす。

 瞬く間に“灯し火”の眼前に躍り出たクリスティーナは、右の拳を突き出した。

 地鳴りのような低い音が腹の底を揺らしていく。

 “灯し火”は腕を十字に組んで、突き出された剛拳を受け止めた。


「おおっ……!」


 拳の勢いそのまま、数十歩分後ろに押し出された“灯し火”は、そんな唸り声と共に何とか踏み留まった。

 逃げ場を失った圧力が“灯し火”の両脇を抜けていき、背後の街路樹を叩き折る。

 拳を受け止めた両腕の骨が、家鳴りのようにぎりぎりと音を立ててきしむ。


「流石、お強い」

「まだ序の口ですわ!」


 直後、視界の端からクリスティーナの左拳が現れた。

 とっさに受け止めた拳を弾き、“灯し火”は直上に跳躍してもう一撃を回避する。

 こめかみからにじんだ冷や汗が、月明かりに輝いた。


(おいおい冗談じゃないぞ。聞いてたより数段強いじゃねぇか)


 “灯し火”は早々に、作戦の失敗を悟った。

 初手の不意打ちが決まれば、全て上手くいくはずだった。

 それがはまらずとも、部下達を囮にあの少女を捕えれば人質として一網打尽にできた筈。だが、


(まさか、あんなに堅牢な防御魔術を使いやがるとは)


 普通、防御魔術による結界は、物理的な圧力には弱いはずだった。

 少なくとも“灯し火”は今までの人生で、二十幾らにも及ぶ熟練した戦士の剣による一撃を防ぎ切った結界を見たことがなかった。


(あの小娘、一体……)


 そう、“灯し火”が思考を始めた瞬間、目の前に大きな影が迫り出した。


「考え事の時間は、後でたっぷりくれてやるよ!」


 月明かりの逆光で、アランの濃紺の髪が輝いている。

 側頭に、これまでの戦史上最も多くの魔族を戦場でほふった男の持つ、斧槍の石突が迫っていた。


「あぁ、そうさせて貰いましょう、“魔族殺し”アラン! エルクゥ・ア・フリエーレ発光魔術!!」


 あえて防御の体制を取らず、男はアランの鼻先に手のひらを突き出した。

 激しい光が、アランのすぐ目の前で花開く。

 アランの世界が、白く焼けた。

 大勢がぐらりと崩れるのが分かる。

 目の端に微かに写った“灯し火”は、冷や汗を流して笑っていた。

 渾身の力で振り抜いた石突は、どうやら空を切ったらしい。だが、この至近距離だ。向こうもタダでは済まないのは明白だった。


「お師様!!」


 体が地面に吸い込まれる。

 ロゼの叫び声が耳を突いたのとほぼ同時に、誰かが落ち行く体を受け止めた。

 少し遠くで、斧槍が落ちた音がする。

 “灯し火”が地面に降り立ったらしい音は、不思議と聞こえはしなかった。


「しくじった……」

「アラン様のせいではありませんわ。一撃で仕留められなかったのはわたくしです」


 駆け寄ってくるロゼの足音が聞こえる。

 悔しそうなクリスティーナの声が、耳元で響いた。

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