第27話 夜警

 ロゼの初戦と同じ日に行われたアランとクリスティーナの初戦は、開始からものの数分で決着がついた。

 どちらの試合も、開始の号令と同時に肉薄したアランやクリスティーナが終始主導権を握り、相手をこてんぱんに打ち負かしてしまったのだ。


「いやぁ……二人共、もう少し手心というか、加減出来なかったものですかね?」


 試合後、宿舎として貸し出されている館に帰ったところ、先に着いていたヴィルヘルムはそう呆れたように二人に言った。


「お言葉ですがお父様、いくら試合といえど手加減しては相手に失礼ではありませんこと?」

「そうそう。クリス様の言う通り!」

「いやいや、あんな戦い方されたらワガハイの立場が無いんですよ……今回の宴席には二人の対戦相手の故郷の領主もいるんでありますから」

「でも、英雄狩りを釣るにはド派手にやらなくちゃだろ?」


 アランはニヤリと笑ってそう返す。ヴィルヘルムは諦めたようにため息をついて肩を落とした。


「でしたら二人とも、今晩は“夜警”の方をよろしくお頼みします」

「「夜警?」」

「ヴィルヘルム様、どういうことですか?」


 ロゼの問いに、ヴィルヘルムは頷いて答えた。


「実は今回、招待された諸侯達が持ち回りで英雄狩り対策の夜警をすることになっておりましてな。その一番手がワガハイというわけです」

「ならお前もこいよ。大将だろ?」

「生憎事務仕事と貴族の寄り合いも“大将”の仕事なんでありますよ。それに、ディアナ殿の警護もあります。二人がいれば、何かあっても問題ないでしょう?」

「なら、私もついていきます」


 ロゼはそう言うと、アランとクリスティーナの隣に並んだ。



 *



「本当に良かったのか? 母上とリーシャのとこに居なくて」


 夜の王都は、昼間の喧騒とは見違えて静まり返っていた。王宮から夜間外出禁止令が出ているのが、その理由だろう。

 そのおかげか、路地や脇道はおろか今一行の歩いている大通りにすら、人影も、気配も感じられない。


「ええ、大丈夫です。一刻も早く英雄狩りを捕まえなくてはいけませんので。

 それに、魔族相手に魔術師無しで挑むのは危険でしょう?」


 そう言ってロゼは杖を片手に、周囲を警戒しながらアランとクリスティーナの半歩後ろを着いていく。


「確かに、それもそうですわね!」


 その姿に感心したように頷くクリスティーナを横目に、アランは苦々しげに頭をかいた。

 ロゼは、そうと明かされていないだけで勇者ディアナの実の娘。同胞達の仇討ちを続ける英雄狩りにとっては、どれだけ憎んでも足りない相手に違いない。

 そして、そう感じているのは、濡れ鴉の騎士団をはじめとする魔王軍残党の反乱魔族達にとっても同様だろう。


(“三羽烏”のルドヴィグが、王都の目と鼻の先のケルテノンの森にいたんだ。他の騎士連中が王都入りしていたって可笑しくはない)


 濡れ鴉の騎士団も、英雄狩りを追っている。三つ巴の殺し合いに、勇者の子であるロゼを巻き込むのは、あまりに危険に思えた。

 ロゼは、既に一流の魔術師たる実力を持っている。とはいえ、十歳の幼い少女に変わりはなく、また対人の実戦殺し合い経験もほとんど無い。

 そんなロゼを連れて歴戦の魔族達と会敵し、守りきれるかどうか、アランには分からなかった。


(俺が過保護すぎるのかね)


 あるいは、そうかもしれない。大切な人の子供だから、我が子のようにすら愛おしく思うときのある弟子だから、そのように思ってしまうのかもしれない。

 今はただ、ロゼの実力を信じるより他はなかった。


 沈黙に満ちた王都の中央通りを、三人は歩く。

 不意に、戦闘を歩いていたクリスティーナが険しい顔で立ち止まり、拳を構えた。


「お二人とも」


 クリスティーナに続いて立ち止まった二人も、各々得物を構えて頷いた。

 脇道や裏路地の暗闇に、無数の気配がうごめいている。


「囲まれましたね。お師様、どうします?」

「……やるしかねぇな」


 アランがそう口を開いた、瞬間だった。


「流石は龍血公の御息女、まさか早々に囲みが暴かれるとは思いも寄りませんでした」


 暗闇の中から、そんな低い声を響かせながら、一人の男が姿を見せた。

 高い背丈に、大きな角と後ろへ撫でつけられた黒い髪、鮮血のように赤い瞳を持った壮年の魔族だ。

 アランは眉間にシワを寄せた。


犬使いルドヴィグの次はお前か、“ともし火”。狙いは俺達の命か?」


 “灯し火”は、アランの言葉に、首を振って否定した。


「……黄昏に至る英雄達を守れ。それが、団長殿からのご下命です。ルドヴィグは己の欲に負けて貴方の命を狙ったようですが、我々はそのようなことしませんよ」

「なに?」

「詳しい話は、ここでは出来ません。英雄狩りの目があります。アラン様、クリスティーナ様。そして……ついでにそちらのお嬢様も、どうか我々にご同行願います」


 三人は一斉に臨戦態勢をとった。

 それ以上に、言葉はもういらなかった。


「それが、答えですか」


 落胆したように“灯し火”はため息をつくと、一向に向けて右手を伸ばして短く唱えた。



 ――エルクゥ・ア・フリエーレ発光魔術



 刹那、世界が白く激しい光に覆われた。

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