第26話 試合の結末

 あっ、とクリスティーナが声を上げた。

 もうもうと立ち上る土煙の中に、ロゼが飛び込んだのだ。こうなってしまえば、もう外側からは中の様子はうかがえない。

 会場も騒然としている。

 そんな状況になっても、声すら上げずにじっと煙の向こうを見つめているアランに、クリスティーナは焦れったくなって声をかけた。


「ロゼ様、大丈夫でしょうか? いくらロゼ様といえど、相手は“百腕”のジャン。たった一人で魔王軍の南部遠征軍を食い止めた男ですわよ……」


 不安げなクリスティーナの問い掛けに、アランはようやく口を開いた。


「心配なさらずとも、大丈夫ですよ」

「何故?」

「この状況は、あいつが作ったものですから」


 え? と首を傾げるクリスティーナに、アランは小さく頷いた。


「腕と腕の隙間から、ロゼが氷の矢を飛ばしたのは見えましたか?」

「ええ、ジャン殿が土の壁で防いだのも含めてしっかりと見えましたわ。

 同時に腕を解いて土煙にしたのも、策略でしょうね。ロゼ様の視界を奪って体勢を立て直す為に」

「……多分ロゼは、全部込みで動いています」

「えっ?」


 クリスティーナが驚くのも無理はない。なにせアラン自身も驚いている。

 ジャンは歴戦の勇士だ。実際に魔王軍との戦闘で何度も死線をくぐり、その度に武功を上げた英雄だ。

 だからこそ、その経歴と実力に自信がある。ぽっと出の、たかだか十歳の子供に負ける訳はないと、心の何処かで思っている。

 そのうえ、これは試合だ。相手の命を取ってはならないと理解して、手を抜いた。それが、行動に出た。

 最初から声を掛けず、全力でロゼに魔術を放っていれば、或いは勝ち目はあっただろう。だが、そうしなかった。出来なかった。


(防戦に回れば、ジャンの勝ち目は無い)


 喉笛を正確に捉えたロゼの氷の矢には、ジャンも肝を冷やしただろう。

 咄嗟に首をかばい、その反動で集中が切れ、術が解けて砂煙となった。もっとも、術が解けたことを、ジャン自身は幸運と思っているだろうが。


(ロゼめ。最初から、奴を殺す気で挑んだな)


 殺す気で無ければ勝てないと思ったのだろうし、そもそも普段からそういう風に訓練しているのは自分自身なので、それを追々咎めるつもりはアランには一切無かった。

 ただ、なんの迷いも無く試合で相手の急所に殺傷魔術を撃ち込んだ愛弟子の胆力と、その後どう状況が運ぶかを読んでいるとしか思えない行動力に、ある種の恐怖を感じているのだ。


(先生、ルイの兄さん。あなたらの娘は、とんでもない術者になりますよ……)


 そう、心の中でアランが呟いた直後、立ち込めた煙の中から、天を貫かん勢いで巨大な樹氷の十字架が現れた。

 会場から凄まじいどよめきが響き渡る。

 十字架の中央に、手足を氷に取り込まれ磔になった、未だ何が起きたのか信じられぬ様子のジャンの姿があった。

 まさかの大番狂わせに会場が沸き立つ中、アランはさっと席を立つと、闘技場の入出場口へ降りていった。



 *



 アランが薄暗い出入場口に着くのと同時に、ロゼも闘技場から出てきた。


「お疲れさん。怪我無いか?」

「大丈夫です。お相手が手加減してくださいましたので」


 そう言って頷くロゼに、アランは思わず苦笑した。


「聖都防衛戦の立役者相手に無傷って、お前なぁ……」

「どうやらそうみたいですね。先ほどクロエ様に教えて頂きました」


 カツカツと、石畳を靴で打つ音が響く。ロゼはちらりと後ろを見ると、静かにアランの隣に並んだ。


「久しいな、小僧。息災だったか?」


 そんな乱暴な言葉を投げつけながら、闘技場の光の中から、クロエは腕組みをして現れた。

 歩く度に長い小麦色の髪がゆさゆさと揺れる。アランは渋い顔をして、答えた。


「ええ、いい師匠に恵まれたもんで。そちらさんこそ、お元気そうで何よりですな。その髪色、よく似合ってますよ。紺色の地毛よりよっぽどいいや」

「その可愛げのない口も相変わらずだな。あたしの魔法で花にしてやりゃちょっとはマシになるんじゃないか?」

「俺からは毒草しか生えないと思いますよ? それに口の方は『ロバの子はロバ』です」

「ラバがよく言ったもんだな」

「あんたがそうしたんでしょうが」


 二人の間に沈黙が走る。

 アランは傍らのロゼに目で頷いて、客席に戻るよう促した。

 意図を汲んでくれたロゼの、軽快な足音が遠ざかる中、アランは再び口を開いた。


「首尾の方は?」

「まずまずだ。細かいところはわからんが、少なくともやっこさんが王都の中にいるのは確かだね。他にも、気になる反応がちらほら。

 もちろん、あの子――ロゼちゃんと、ディアナ様の護衛も手抜かりはないよ。ロゼちゃんの方は私が直に、ディアナ様の方は弟子達が。当然、何を守ってるかは伝えちゃいない」

「……ありがとう。恩に着る」


 アランがそう言って頭を下げると、クロエは表情を曇らせた。


「あんたに恩なんて着せたつもりは無いね。こんなもん、罪滅ぼしにすらなりゃしないよ」

「別に、俺は気にしちゃいませんよ。……また来ます、それじゃ」


 アランはそう言い残すと、ロゼの後を追った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る