第32話 “魔族殺し”、“英雄狩り”
王都の市街地は、館の火災で大混乱に陥っていた。
多くの人々が火の手から逃れるために街の中心にある王宮に殺到する中、一行はロゼを先頭に、その流れとは全く別の方向へ歩いて行った。
「魔力の流れはこっちに向かって伸びています」
ロゼは大通りの脇にある細い路地を指さし立ち止まった。魔術師の彼女は、意識すれば魔力の流れが目に見える。
魔族は、他の人間達より体内の魔力が多い分、外に自然とにじみ出る量も多く、足跡を辿りやすい。
また、他の人間と違ってあふれる魔力の見た目に個人差が大きく出るので、別の魔族と間違えることも無かった。
段々と目の調子が戻ってきたアランにも、魔力の流れが見えている。
墨や暗影のように暗く黒い魔力の糸が、ゆらゆらと風に揺られながら路地裏の奥へ奥へと伸びていく。
その上、石畳の地面にはまだ乾いていない血痕もぽつぽつと見受けられた。間違いない、“英雄狩り”のものだ。
「お師様、どう思います?」
何がなんだかさっぱり分からないといった様子のクリスティーナに、魔力の流れや血痕のことを説明していると、不意にロゼが難しそうな顔でそう聞いた。
アランの顔も険しくなる。
「まぁ、十中八九罠だろうな。誘われてるのは間違いないだろう。人気のない方向なのが救いだな」
魔力の糸が伸びる方向には、王都を南北に貫く大河セルノの支流が流れている。
下町に住む下層民達から用水路の様な扱いを受けている小川で、夜半に近辺に近寄るものは少なく、その割に開けているので戦いには持って来いの場所だ。
それに、いざとなれば川に飛び込み逃げることも出来る。アランは眉間にシワを寄せた。
「
「アラン様も、そのおつもりでしょう?」
「ええ、まぁそうです」
「だと思いました。ねぇ? ロゼ様」
話題を振られたロゼは、苦笑を浮かべて頷いた。
「お師様は昔っからそういう人ですから。巻き込まれる身にもなってほしいものです」
「悪かったなそういう人で。また美味いもん食わせてやるから許してくれよ」
「なら母様が元気になってエリキシル探す必要がなくなったとしても、嫌がらずにちゃんと聖都に連れてってくださいよ?」
「おう。前向きに検討しといてやるよ」
そんな軽口を叩きながら、三人は路地裏に吸い込まれるように足を踏み入れた。
*
魔力の糸を追うにつれ、アランは胸の奥に懐かしい感覚が広がっていくのに気が付いた。
まるで同郷の古い友人と久しぶりに再会の約束を取り付けたときのような、緊張と喜びが交差する感覚……それは、この先に強敵が待ち構えていることを示していた。
(俺も、根っからの戦闘狂だな)
三人がかりで、しかもこちらの有利になるよう作戦まで練ったのに、それを幾度となくするりとすり抜け、逃れていった強者。
久しく出会わなかった、己を殺すかもしれない強敵との闘争に、アランの心は無意識のうちに昂っていた。
(戦場に長く身を置きすぎた。俺はもう、戻れないんだろうな)
こういう昂ぶりを感じる度に、アランは同時にそんな風に自分を冷静に見つめてもいる。
幼い頃からディアナ達と共に、『普通』から外れた日々を送ってきた。
『普通』に戻る機会は、人生のうちに幾度か訪れはしたが、アランは自らそれを蹴って今に至る。
引き返すには、今は少し遅すぎた。
(でも、せめてロゼだけは……)
愛する人の、愛する子だけは、しっかりと普通の日々に戻してやりたい。そのためにも、アランはエリキシルを手にして、ディアナを目覚めさせなくてはならないのだ。
視界が晴れ、開けた場所に一行は出る。
川のすぐそばに、一人の女魔族が立っていた。その腰には細い紐で括られた、赤い液体の入った小瓶が三つ、提げられていた。
「来たか、“魔族殺し”とその一行」
「あぁ、来てやったさ。“英雄狩り”」
二人はそうとだけ言葉をかわすと、それぞれ得物を手に、臨戦態勢を取った。
「クリス様は騎士団連中が来ないか辺りを見張ってて下さい。ロゼは俺の援護を頼む」
「分かりました」
「承知しましたわ」
クリスティーナが走り去り、ロゼが数歩下がって杖を構えるのを感じながら、アランは静かに腰を落として顎を引く。
緊張の糸が、二人の間に張り詰めていた。
殺し合いの、始まりだ。
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